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93 : 君と僕と―― - 04 -


 最近出来た友人に感化され、少しばかり勉強を頑張って見たところで、すぐさま大きな結果など出るはずも無い。


 だが、全体的にいつもより少しだけいい定期試験の結果を握りしめ、オリアナは大きな息を吐き出した。


「ヤナはどうだった?」

「悪くは無いわ。良くも無いけど」

「アズラクは?」

「いつも最善は尽くしている」

「あはっ」


 アズラクの言い方に笑う。自分は護衛だと割り切って、アズラクは端からヤナと同じ点数を取れる程度しか勉強していない。元々勉強が好きでは無いのだろうが、やる気を出せばきっと特待クラスを狙えるはずだと、クイーシー先生に言われているのを聞いたことがある。


 試験明けのクラスの空気は様々だ。

 ホッとしている者。あっけらかんとしている者。そして――絶望している者。


「……じゃあ、補講は三人だけかな。頑張ってね。エッダ、コンスタンツェ、ルシアン」


 ”第二クラス絶望している者代表”の三人は、仲良く机に突っ伏している。この三人の周りだけ、まるで今から土葬が始まりそうな暗雲とした空気だった。


「こんなはずでは、こんなはずではっ……!」

 涙目でブルブルと震えながら、コンスタンツェが試験結果をちらりと見ては、また机に突っ伏す。


「無理……なんで私、こんなに馬鹿なの……? 試験前ちゃんと勉強してるのにっ……!」

「試験前しか勉強しないからだろ」

 エッダの嘆きにカイが突っ込む。


「痛い! 今日もカイの正論が痛い!」

「ちょっと! こっち重傷者なんですけど! これ以上傷つけないでもらえませんか?!」

 正論がぶち刺さったルシアンとエッダが、いつもは喧嘩ばかりしているのに、こんな時ばかりは手に手を取り合って慰め合っている。


「どうでもいいけど、あんまこんなん続くと留年するんじゃないの?」


 ルシアンの指から抜き取った試験結果を見ながら、カイが呆れを滲ませて言った。


 ラーゲン魔法学校では、一度の試験で赤点が四つ以上あると、再テストを受ける義務が生じる。その再テストでも点数が振るわなかった場合、クラス降下、もしくは留年となる。


「留年っ……?! それだけはやばい。俺、家に帰れなくなる……親の面子がっ……!」

「待って、私も……私もやばい……。馬鹿で留年は流石にやばい……。パパに化学の実験材料にされちゃう……」

「私も、父様に八つ裂きにされてしまいますぅ……長期休み、帰りたくないですっ……!」


 領主の息子と、科学者の娘、騎士の娘が悲壮な声をあげる。


「うわっ、本当に四つ以上あるじゃない」


 ハイデマリーがカイの肩から、ルシアンの試験結果を覗き込む。カイは見やすいように、ハイデマリーの方に紙を差し出した。


「もしかして全員? あんた達、馬鹿なの? あ、そっか。馬鹿なのか」

「ハイデマリーのばーかばーか!」

「正真正銘の馬鹿に言われるとは思わなかったわぁ」

「酷いですわっ! ちょっと点数がいいからって言って!」

「コンスタンツェの倍はあるわよ。いや割と、マジで」


 全員の試験結果を見たハイデマリーが、顔を青くして言った。


「……仕方無い。教えてあげるから、マジで死ぬ気、出しなさいよ」

 いつもクラス順位五番内のハイデマリーが渋々言うと、三人は目を輝かせた。


「ハ、ハイデマリー!」

「さすが私の見込んだ女!」

「俺、惚れるかも……」

「それだけは止めろ」


 涙目でハイデマリーを見るルシアンを一刀両断にした彼女の隣で、カイが帰り支度を始めた。


「カイ~お前も教えてくれよ~」

 同じく、クラス順位五番内常連のカイを、ルシアンが呼び止める。


「俺は知らないよ。自分のケツぐらい自分で拭きな」

「この薄情もんー!」

「黙れ馬鹿。ハイデマリー、どうしても手が足りなくなったら呼んでいいから」

「ありがとうカイ。オリアナ達はどうする?」


「教えられるほど頭良くないし、今日は止めとく」

「私も遠慮するわ。生徒がそれ以上増えると困るでしょう?」

 ヤナが遠慮するということは、もちろんアズラクも遠慮するということである。ハイデマリーはにかっと笑って頷く。


「りょーかい。んじゃまた明日ね。ほらっ、教科書開きな! 馬鹿三人っ!」

「うっ、何も言えない」

「真実とは時に残酷ですわ……」


 しょぼしょぼと泣きながら、四人は教科書とテストの答案用紙を机に出す。

 四人に別れを告げ、オリアナ達は廊下に出た。


「今回点数良かったじゃ無い。タンザインさんとのお勉強の成果?」

「さすがに試験前に、第二の分際で特待の生徒の時間使えないよ」


 一緒に勉強とは言っても、特待クラスと第二クラスでは随分と勉強内容にも開きがある。

 一方的に教えてもらう立場を、お友達という称号を盾に突き進むのは、さすがに平時のみにしたかった。


 それに、ラーゲン魔法学校の生徒達は未だ、ヴィンセントが平民と一緒に居る姿に慣れておらず、二人が並んで勉強しているだけで人だかりが出来る。

 集中したいだろう時期に注目され、勉強に支障が出てもいけないと思い、オリアナは遠慮していた。


「ヴィンセントの勉強の邪魔したくないんだよね」


 ヴィンセントは、これまでオリアナが見たことが無いほど真剣に、勉強に打ち込んでいる人だった。


 ほんの少し――ヴィンセントに感化され、そして認められた気がしたからと言って、邪魔していい時間では無いだろう。


『君は真摯に努力することが出来る――人だと思う。君の努力を、結果は絶対に裏切らない』


 あんな風に、人に言われたのは初めてだった。

 思えばオリアナは、特に努力をしたことが無かった。父の有り余る財力のおかげで、特別苦労なく過ごせていたし、学校に入ってからもそこそこに楽しんでいた。


 そこそこが悪いとは思っていない。おかげで友人には恵まれているし、日々を楽しく過ごしている。


(ただ、焦った)


 同じ年の男子が、真っ直ぐに先を見つめ、どんどんと前に進んで行く姿を真横で見たからだ。

 眩しくて、少しだけ―― 一緒に歩きたいと思ってしまった。


(そういえば、一位をとり続けるのは悪あがきだって、笑ってたな)


 触れられたく無さそうだったが、悪あがきだけで三年間一位をとり続けられるとは思えなかった。


(理由も、その内教えてくれるかな)


 悪あがきの意味を聞けなかったのも、勉強の邪魔をしたくなかったのも、どちらも同じ理由だ。


(負担になりたくないんじゃなくて……多分、私の事を負担に思われたく無かったんだよな)


 ちょっと浅ましい自分を、オリアナは心の中で笑ってやった。




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死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから (※ただし好感度はゼロ)
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