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89 : ありふれた友情 - 05 -


 ヴィンセントが半歩、オリアナの前を歩く。見上げると、耳にかかる髪に汗が滴っていた。夕日が反射し、キラキラと光っている。


 借りたままのタオルを近づけると、オリアナの気配を感じたのか、ヴィンセントが立ち止まった。無言のまま、オリアナが手を伸ばす。少し身をかがめたヴィンセントは、オリアナが拭き上げるまで、微動だにせずにじっとしていた。


(こういうの、嫌じゃないのかなとか、私の匂いに居心地が悪くなったりしないのかなとか……そういったことも、全然予測もつかない)


 オリアナはヴィンセントから離れると、口を開いた。


「さっきの実験って、何をしてたんですか?」

「ん? ああ。畑を耕すための魔法道具を開発している」

「えっ!? 凄い!」


 思いもがけない言葉にオリアナは目を見開いた。


 生徒が魔法道具を開発しているなんて、聞いたことが無かった。

 魔法陣部などでは、部活内で陣の研究や開発もしているようだが、魔法道具は陣以外の様々な分野の専門的な知識が必要になる。魔法を習い始めたひよっこ魔法使いが、手を出せる分野では無い。


「ちょっとしたハインツ先生の手伝いのつもりだったんだが、やってみると面白くてね。商品化は難しくとも、校内で生徒が使う分くらいなら、問題のないところまで完成させたい」


「それで、この間もハインツ先生と話してたんですね。すごいなあ」


 感嘆の息を吐き、オリアナはヴィンセントをじっと見つめた。


「もうそんな目標を持っているなんて……正直、無茶苦茶びっくりしました。私はただただ、毎日を楽しく生きてただけで……」


 目標なんて、考えたこともなかった。誰かの役に立とうとしたり、何かのために行動したり、そんなのはもっとずっと先の話だと思っていた。


 将来は好きな人か、父の決めた人と結婚し、どこかの屋敷の女主人になるくらいの感覚しか持っていなかったオリアナは、感動とも言える視線でヴィンセントを見た。


「それが、オリアナのいいところだろう。――僕はそんな君と友達になりたかったんだから」


「なるほど。ポジティブ大事ですね。でも、私ももうちょっとくらい、勉強頑張ろうかな」


 社交辞令をさらりと流す。だが、後半は少しだけ本気だった。ヴィンセントの熱に当てられたのだ。

 ヴィンセントが酷く驚いた顔をした。オリアナは大慌てで手をバタバタと振る。


「いやいや、私がちょっと頑張った程度じゃ、なんも変わんないって事はよくわかっているんですけど――!」


「そんなことは無い」


「えっ」

 今度はオリアナが驚く番だった。


「君は真摯に努力することが出来る――人だと思う。君の努力を、結果は絶対に裏切らない」


 思いがけず真剣な表情で言われ、オリアナは胸がむずむずとした。居心地が悪いような、嬉しいような、変な心地だった。


「……ヴィンセントがそう信じてくれるなら、頑張ってみることにします。邪魔しないので、また一緒に自習室、行ってもいいですか?」


「ああ、もちろん」


「せめて、言われた陣がすぐに思い出せるぐらいにはなりたいですね。ずっと一位をとり続けてるヴィンセントとは、比べものにもなりませんけど」


 今日ヴィンセントのために陣を描いている途中、何度か指定された陣を思い出せないことがあった。そのたびに、申し訳なさと恥ずかしさでインクが滲んだものだ。


「……僕が一位をとり続けているのは、ただの悪あがきだ」


 前を向いたヴィンセントが自嘲するように言った。凜とした横顔からは、ほんのりと拒絶の匂いを感じた。


(この話題は触れない方がよかったのかも)


 友達になりたてって、少し難しい。

 どんな話題が嫌がるかもわからないから、手探り状態だ。相手を傷つけるのは申し訳無いし、不愉快にさせるのは、こちらも結構なダメージを負う。


(でも、そのぐらい、いいかな)


 手に持ったままのタオルを、鼻先に持って行ってみた。ヴィンセントのぎょっとした顔を見て、オリアナはへにゃっと笑った。


(ちょっとぐらい、苦労してあげてもいいや。このシダーウッドの香りが、気に入ったから)





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死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから (※ただし好感度はゼロ)
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