86 : ありふれた友情 - 02 -
オリアナは渡り廊下を歩いていた。
両隣と後ろに、団子のように友人を巻き付けながらである。
「ちょっと……やめてよ……死ぬほど恥ずかしい……」
顔を真っ赤にさせたオリアナが、ぷるぷると震えて言う。
右腕にエッダ、左腕にハイデマリーがしがみつき、首にはコンスタンツェがしがみついていた。更に、アズラクの真似だとでも言うかのようにルシアンが護衛のようにいきり立ち、周囲を睨み付けている。
周りの生徒は、オリアナに話しかけようとしても話しかけられない。カイとヤナ、そしてアズラクは、後ろからこの団子についてきていた。
「ほんとに止めて……死ぬ……もう死ぬから……」
何事かと、通り過ぎる生徒がオリアナをじろじろと見ていく。オリアナを守ってくれているつもりなのかもしれないが、羞恥で今すぐ死んでしまいそうだった。
「死んではいけませんわ。オリアナ。死ぬ前に、一筆お書きになって。はい、私オリアナ・エルシャは友人代表として、コンスタンツェ・ベルツをヴィンセント・タンザインの恋人候補として推薦します……」
「えー! コンスタンツェだけずるい! なら私にも書いて! フェルベイラさん宛てに書いて!」
「書きません。私オリアナ・エルシャは、コンスタンツェにもエッダにも、誰にも書きませんっ!」
こんなに注目されている状態で、大きな声で騒いで、オリアナは両手で顔を覆ってしまいたかった。だが両腕にぶら下がっているエッダとハイデマリーのせいで全く腕さえ動かせない。
団子状態が恥ずかしくてうっうっと涙をこぼしながら、オリアナはなんとなく上を見上げた。
まさか、二階の廊下の窓から、ヴィンセントがこちらを見下ろしているなんて思いもせずに。
「うっ……ああ……」
この状態を見られたことに、底知れぬ羞恥がオリアナを遅う。口を戦慄かせ、一歩後退したオリアナを感じ取ったエッダが、俊敏な動作で上を見上げ、顔に喜色を浮かべた。
「あっ! タンザインさん!」
「えっ!? どこ、どこ!?」
「やめてっ、そんな、サーカスの見世物じゃないんだから、失礼だって! 本当にやめて」
エッダとハイデマリーを制したオリアナが、再び上を見ると、そこにはもうヴィンセントはいなかった。
「ほらもうっ……! 完全に引かれたじゃん!!」
「なんで?! オリアナを守る超いい友人ズじゃん!」
「ちぇ。窓くらい開けてくれりゃいいのによ。お前無視されてんじゃん。何が友達だよ、こんにゃろ」
オリアナは目を細めてルシアンを見た。誰のせいで引かれたと思ってるんだとひっぱたいてやりたくなる。
「オリアナを生け贄に捧げる代わりに、女子の一人ぐらい紹介してもらおうと思ってたのによー。いけ好かないイケメンだな」
「黙れ童貞。童貞はすぐに、男がモテるのは顔のせいにする」
「見苦しいよね。童貞ってものは」
「まぁまぁ。しょうがないじゃないですか。タンザインさんの周りのレベルの女子と、知り合いさえすればどうにかなると思ってる童貞くんなんですもの」
「お前らなぁ!」
ハイデマリー、エッダ、コンスタンツェが容赦なくルシアンを言葉の棘で刺していく。
「あーあ。大体、ルシアンが馬鹿みたいに騒いでるから、どっか行かれちゃったんじゃん」
「女子がちょっとこっちを見てただけで、俺に気があるのかもって思っちゃう童貞のせいでさあ」
「女子にボール拾ってもらっただけで、付き合えるって思っちゃう童貞だもんね」
「女子に魔法紙貸した時、指が触っちゃっただけで夜おかず――」
「わあああ! もう止めてください……!」
姦し三人組によって、ルシアンが瀕死の重体を負う。
(人を釣り餌のように使おうとするから)
消し炭になったルシアンを見ているオリアナの右腕を、エッダがぐいっと引っ張った。
「オリアナ! オリアナ、来た!」
「ええ?」
エッダが見ている方向に顔を向けると、ヴィンセントがこちらに向かって歩いてきていた。先ほどすぐにいなくなったのは、下に降りようとしていたのか。
「やぁ、オリアナ。随分と賑やかだな」
ヴィンセントが目を細めて笑う。笑みを向けられたオリアナ――と、オリアナにしがみついていた団子アンド、ルシアンがピシリと固まった。
団子達はゆるゆるとオリアナから離れ、すすす、とオリアナの背後に隠れた。先ほどあれほどいきり立っていたルシアンでさえ、列の最後尾に回っている。
(……え。こんだけ騒いでおいて、本人目の前にすると隠れるの??)
背後に四人を従え、縦一列の芋虫が出来上がる。パーティーリーダーになったオリアナは、ちらっと後ろを見る。
しかし後ろの四人は、「さっさと前を向いてヴィンセント・タンザインの相手をしろ」とばかりに、しっしと手を振ってオリアナを追いやった。自分勝手な友人達である。
「……こんにちは、ヴィンセント。騒がしくってすみません」
「楽しそうで何よりだ」
微笑みながらヴィンセントが近付いてくると、先ほどのはしゃぎようが嘘のように、パーティーメンバーらは大慌てで逃げ出した。渡り廊下の柱の裏に隠れ、こちらをじっと見ている。
「……僕は、何かしたか?」
「いや、ははは……ははは……」
オリアナは申し訳なさで笑うしか無かった。
(ヴィンセントが友達をほしがってたのって、こういうのが重なってたんじゃ……)
ヴィンセントが笑顔で近付いてくるだけで、同胞らは緊張し、慌てて逃げ出してしまう。孤独なヴィンセントをかわいそうと思う反面、彼女らの気持ちも、オリアナにはわかってしまうのだ。
(私も……ヴィンセントが友達を欲しがってるって知るまでは、逃げる側の立場だったもんな……)
なんと言っても、名前を呼んで挨拶をされただけで逃げ出していた。
(それほどに、遠く感じていた――ただの、同級生なのに)
今では、あの孤高のヴィンセント・タンザインがやけに淋しげな月のように見えるのだから、不思議なものである。
「……人間に姿を見られると消えてしまう、妖精だとでも思っていただければ……」
「妖精……。それは、えらく可愛らしいな」
ヴィンセントが柱に目をやる。
「やあ。姿を見せてはくれないのか?」
柱に隠れていた妖精四人がバタバタと倒れていった。魅力の集中砲火を食らったのだろう。
四人を半眼でねめつけたオリアナは、ヴィンセントに向き直すと苦笑した。
「友達なんです」
「ああ、知っている。いつも楽しそうだと思っていた」
(……え、知ってるの? 仲間に入れてほしかったとか? 何それ可愛い。きゅんとする)
オリアナは驚愕した。あのヴィンセント・タンザインに対して、可愛くてきゅんとする日が来るとは思っていなかった。
「……みんな、気のいい子達なんです。よければ、紹介しても?」
「ありがとう。実はそれを当てにして、ミゲルも置いて慌てて来たんだ」
(ええええ……本当にそうだった……可愛いかよ……)
オリアナはきゅんきゅんしたが、決して表には出さず、笑顔を貼り付けて友人達をヴィンセントに紹介した。遅れてやってきたミゲルにも、同様にクラスメイトを紹介する。
エッダ、ハイデマリー、コンスタンツェは、借りてきた猫のように、はわはわと挨拶を交わした。コンスタンツェなんか、自分の名前さえ噛んでいた。
ヴィンセントを「いけ好かないイケメン」と言っていたルシアンなど、猫を三百匹ほど頭に被っているような殊勝な態度だった。一部始終を暴露してやりたかった。
ヴィンセントとミゲルを前にしても、ヤナとアズラクが悠然と挨拶を済ませたのは予想の範囲内だったが、カイまで堂々としていたのには驚いた。
「君も商家の出なのか」
「ええ。タンザインさんとフェルベイラさんと知り合えて、とても嬉しいです。これからどうぞ、仲良くしてください」
いつもは反抗的な態度で、面倒臭そうにばかりしているカイが、ヴィンセントらに愛想良く振る舞う姿を見て一同がひゅっと息を呑む。
オリアナ達を振り返り、笑顔で無言の圧力を与えてきたカイから、そっと視線を逸らした。
裏表が半端ない態度ではあるが、カイの心中は嫌と言うほどわかる。
商家に生まれた者として、できる限り貴族とは繋がっていたいものだ。特に男子であれば、将来家を継ぐのは自分である。未来のためにも、この縁は大事にしておきたいだろう。
渡り廊下の横の中庭で、少し話をした後、それぞれ授業に向かうためにヴィンセント達と分かれた。
エッダ達はヴィンセントとミゲルの後ろ姿が見えなくなったのを確認すると、きゃいきゃいと騒ぎ出す。
「見た? タンザインさんとフェルベイラさん……すごかった!」
「二人の周りだけ、なんかキラキラしてなかった??」
「ちょっといい匂いしたよな……」
「握手していただきましたわ……私、今日はもう手を洗いません……!」
先ほどまでもじもじしていた姦し娘アンド、ルシアンが本領を取り戻す。
その様子をヤナと並んで見ていたオリアナに、カイが近付いてくる。
「君も、だってさ」
「え? 何が?」
「俺の家が商家だって言った時の、タンザインさん。脈あるんじゃない?」
(それは単純に、私と元々知り合いだったからでは……?)
ぱちぱちと瞬きをしてカイを見る。どうやらカイにはそれ以上に映ったようだ。
「珍しいね。コンスタンツェならともかく、カイがそんなこと言うなんて」
「コンスタンツェの恋愛脳が移ったのかもね」
鼻で笑うカイに笑いかけながら、オリアナは次の教室へと向かった。








