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75 : 死に戻りの魔法学校生活 - 06 -


「早速ではありますが、御用向きを承りましょう」


 五歳の子どもに向けるにはそぐわない、真剣な声だった。きっと、身分を正直に告げたヴィンセントの心意気を買ってくれたのだろう。


 ヴィンセントが彼を信用していなければ、名前を隠して依頼することも出来た。


(だが、オリアナの父親を信じてみたかった)


 そして彼は、ヴィンセントが信じるに値する男であろうとしてくれるはずだ。

 公爵家との繋がりは、商人にとって喉から手が出るほど欲しいに違いない。


「ご内密にお願いしたいことが。ビーゼル家をご存じですか?」


「ヴィンセント様の、ご親類筋と記憶しております」


「ええ。この五日間で、ビーゼル家に出入りした商人……または、ビーゼル家が取り引きを持ちかけた商人を探し出し、とある品を確保して頂きたい」


 エルシャ殿は表情を崩さずに話を聞いている。


 三巡目の今、まだその事実を知るものは公爵家にはいないが、二度目の人生を過ごすヴィンセントは知っていた。


 ビーゼル家は、公爵邸から宝飾品を盗み出し、売り払っている。


 主犯はシャロンの母で、実行犯に選ばれたのは――まだ幼いシャロンだった。


 母の言いつけ通りに、シャロンは宝飾品が入ったケースを持って帰った。どう指示を受け、彼女が何を感じていたのかまで、ヴィンセントは把握していない。幼いシャロンは、ヴィンセントの母から宝飾品を借りたつもりでいたという。


 シャロンが堂々と持ち帰ったアクセサリーは、その日のうちに彼女の母によって内密に売り払われた。


 宝物庫で溢れんばかりに保管されている装飾品の、二つや三つ、無くなっても数年は気付かなかったに違いない。その内問題が露呈しても、保管を任されていた使用人の内の誰かが、咎を受けることになるだけだ。


 売り払ってしまえば、家捜しされたところでしらを切り通せる。罪は全て、公爵家の使用人にかぶせればいい――シャロンの母はそう考えた。


 しかし、そうはならなかった。


 シャロンが盗んだ品の中には、ヴィンセントの母が一等大事にしていた、祖母から贈られたネックレスが含まれていたからだ。


 ヴィンセントの母は没落寸前の男爵家の娘で、ろくな持参金さえ用意できなかった。父と結婚後も社交界での風当たりは強く、結婚当初はよく自室で泣いていたらしい。そんな時、決まって慰めたのは当時の公爵夫人――ヴィンセントの祖母だった。


 祖母に慰められ、諭され、導かれ、母は少しずつ公爵家の一員として迎えられるようになっていった。自分に居場所を作ってくれた前公爵夫人を、母は敬愛している。


 そんな祖母から譲り渡されたネックレスを、母は大事にしていた。だからこそ、いつかは娘になるシャロンに見せたのだ。


 二巡目では、大人が話し合った結果、シャロンには何の咎も課さないことに決まった。


 これは、子どもの罪では無く、大人の罪だと判断したのだ。


 状況を慮ったタンザイン家は事件を公にはしなかったが、当然ヴィンセントとシャロンの婚約は破棄された。

 事情が事情なため、一連の出来事が公表されることは無かった。


 ビーゼル家でどのように説明されたのかはわからないが、その後シャロンは、ヴィンセントとほどほどの距離を保つようになっていた。

 周囲に醜聞の匂いを嗅ぎつけられないよう、親戚としての適度な距離を、シャロンはひどく意識していた。


 だからこそ、二巡目で必要以上に近付いてきたシャロンには、戸惑いを覚えた。しかし、誰に対しても寛容なヴィンセントが、淑女であるシャロンを手ひどく拒否すれば、痛い腹をこれでもかと探られる。

 結局あの時のヴィンセントはいつも通り、鷹揚に接するしかなかった。


 祖母の大事なネックレスだったのに、二巡目では事件の発覚が遅れた。それはしばしば、母個人がネックレスを管理していたからだ。


 使用人達は公爵夫人の寝室にあると思っていたし、公爵夫人は無事に宝物庫の中で眠っていると信じていた。


 だからこそ、ネックレスが紛失していた事に気付くまで一週間、その後、ビーゼル家に盗まれたと判明するまでに二週間の時間が、二巡目では必要だった。


 一つのネックレスを闇に葬り去るには、十分な時間だ。


「無粋でしょうが、お力をお貸し頂いた暁には、些少ながら礼はするつもりです」


 貴族は身内の醜聞をことさらに嫌うため、事件は公にされなかった。

 事件が起きてもいないのに、捜索することなど出来るはずも無い。タンザイン家は、ビーゼル家によって売り払われた宝石を、すぐに追跡することが出来なかった。


 貴族には、面子という、金よりも大事なものがある。

 胡散臭いと決めつけている探偵や私立警察を頼る不名誉と、先祖代々の宝を無くす不名誉なら、貴族は当然後者を選ぶ。


「品物を確保した後はどのようにお考えで?」


「その後は、子どもの出る幕ではありませんから。どうぞ大人同士、相応しい場所で話し合いを」


 ヴィンセントは幼い顔を器用に歪めて、悠然と微笑んだ。


「どうか私が、他でもない貴方を選んだ事実をお含み置きください。公爵はきっと、貴方に感謝するでしょう」


 事は秘密裏に運ばれ、表沙汰になることは無い。

 だが、確実に公爵に恩を売れる。父はつかみ所が無い男だが、妻を心から愛していることだけは、紛れようも無い事実だった。


 父だけは最後まで、醜聞を恐れる親戚らに隠れて、ネックレスを捜索していた。だが、正しい力が及ばない闇の世界に、公爵家の光は強すぎる。父は結局最後まで、祖母のネックレスを見つけ出すことは出来なかった。


 そんなネックレスを取り返せば、父はどれほど喜ぶだろうか。公爵家の晩餐会に呼ばれる可能性だって出てくる。


「ヴィンセント様のお心を苛んでいる問題が、品物である以上、商人の私でもお役に立てることがあるでしょう」


 イエスの言葉に、ヴィンセントは膝から崩れ落ちそうなほど安堵した。こんな子どもが持ってきた話を真剣に聞いてくれるかどうか、不安で仕方が無かった。それに、紫竜公爵家との縁に魅力を感じないほどの大物が、エルシャ家とすでに繋がっている可能性もあった。


 本当に一か八かの賭けだったが、行動しなければ決して結果は生まれない。これは、そういう類いの賭けだった。


「私を頼ってきてくださって、とても嬉しく思いますよ」


 差し出されたエルシャ殿の手を、ヴィンセントは握り返した。

 エルシャ殿も小柄とはいえ、大人の手のひらに、五歳のヴィンセントの手は小さすぎる。


 しかし、エルシャ殿はぎゅっと握りしめてくれた。

 まるで二人が対等であることを、ヴィンセントに伝えようとしてくれるように。







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死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから (※ただし好感度はゼロ)
書籍情報はこちらから(イラスト:秋鹿ユギリ先生)


コミカライズ情報はこちらから(漫画:白川蟻ん先生)
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