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71 : 死に戻りの魔法学校生活 - 02 -


「ストーカーか」

「そこまでは……。父の弟子で、私も面識のある方なんですが、度々面会を申請してきたり、休日に街に出ると、いつの間にかついて来てたりして……」

「ストーカーだな」


 オリアナは押し黙った。言い方で誘導してしまったかもしれないが、はっきりとヴィンセントがストーカーだと言ってくれたことに、嬉しさを感じていた。父の弟子の厚意を否定する、自分の心のやましさに悩まずに済むからだ。


 オリアナをつけ回しているストーカーは、オリアナの父の弟子でリスティドという男だった。


 彼は野心溢れる情熱家で、幼い頃に才覚を見いだされ、オリアナの父から手ほどきを受けていた。

 もう少しすれば、父の片腕とまで呼ばれるようになるだろう。リスティドは、二十代前半。将来オリアナと結婚し、エルシャ家を継ぐつもりでいる。


 はっきりと言われたことは無いが、彼がそのつもりなのは、周囲の空気もあり、幼い頃からなんとなく理解していた。


 オリアナも、一代で財を築き上げた父の助けになりたかったため、不服とまで思うことは無かった。

 母がいない分オリアナを愛す父を、オリアナも心から愛していたし、幼い頃から何度か顔を合わせたことがあるリスティドのことも、別段嫌いでは無かったからだ。


 彼が変わってしまったのは、一年前からだ。


 それまで、年に数度会うか会わないか――と言った程度だったのに、突然何かにつけてオリアナに会いに来るようになった。

 すぐに行動はエスカレートしていき、今では家族として面会を求めるほどにまでなっている。


(この間は体を触られそうになった)


 リスティドは巧妙で、父の前では男の顔を見せない。常に一番弟子としての、好青年な顔しか見せないリスティドのことを、父は大変信用していた。


 そのため、父にリスティドのことは言えなかった。男親に男性との問題を言うのが恥ずかしかったし、気にしすぎだと言われてしまうのは怖かった。


(前はなんとか逃げたけど、絶対怒ってた。……もう、一人で会うのが怖い)


 先生を通しての正式な面会依頼のため、オリアナの独断で断ることも出来ない。更に難儀なことに、度重なる面会申請に、オリアナが教師からあまり良く思われなくなってきている。


 教師とリスティドの板挟みになったオリアナは、いつも皮を剥かれたライチのような無防備さで、面会室に行かなければならなかった。


(出来ればパパに知られず、穏便に済ませたい)


 何故こんなことになったのか。

 ぎゅむ、と唇を噛むと、隣を歩くヴィンセントが足を止めた。


「それ、癖だな」

「え?」

「唇が切れてしまう。大丈夫。僕がどうにでもしてあげるから、噛むのはおやめ」


 思いがけないほど優しい声と、じっと唇を見つめられたことに驚いて、オリアナは大慌てでぱかりと口を開いた。

 噛んでいません。どうですか、と成果を見せる犬のように従順に。


 ヴィンセントは柔らかく笑って頷くと、歩を進めた。慌ててついて行く。これではどちらが用事があるのか、わかったものでは無い。


「そんな危険な男に一人で会いに行かず、誰かを連れて行こうと思ったのは正解だ」


 頼っても良かったのだと言われ、オリアナは心底ほっとした。


 一人で会いに行くのが怖かったオリアナは、誰か男子生徒についてきて貰おうと考え、生徒を探した。誰かしら他人がいれば、リスティドも冷静さを取り戻すのではないかと期待したのだ。

 当然のことながら、そんな危ない男に、他の女生徒を引き合わせるわけにはいかない。


 先生から面会者の連絡を受けたオリアナは、すぐに男友達を探し始めた。しかし今日は実ノ日(にちよう)である。あらかたの生徒が出かけているか、寮に引きこもっている。


 最初に思い浮かんだのは、ルームメイトであり友人のヤナの護衛、アズラクだった。彼に頼もうかとも思ったのだが、ヤナは隣国の王女である。学校内での立場は平等だが、リスティドを絡めれば、いやでも学校外の立場になる。

 隣国の王女の護衛を、巻き込んでいい問題とは思えず、尻込みした。


 仲良くしているクラスメイトの男子は、あいにく二人とも出かけていた。その頃には、とうに面会の開始時間は過ぎていて、オリアナは極限に焦っていた。待たせすぎると先生にも怒られるし、リスティドが激高するかもしれない。


 怯えながら、もう誰でもいいから人の良さそうな人を……と校内を探していた結果、ヴィンセントに声をかけてしまったのだ。


「本当に、ありがとうございます。心強いです」

「ああ――。面会室が見えてきたな」


 学校外からやってきた人間との、面会場所は決まっている。

 本校舎にある、職員室のすぐ隣の面会室を目にした途端、オリアナは表情を硬くした。


『大丈夫。君のことは僕が一番よくわかっているよ』

『僕と君が仲良くなるのを、お父上も望んでいるはずだ。わかるだろう?』

『君もそろそろ僕の気持ちを考えてくれてもいいと思うな』


 表面上は、さして暴力的でも威圧的でもない。だが、何を言ってもオリアナの主張は届かない。オリアナを子ども扱いし、自分の望む道筋に導こうとするリスティドと話をするのは、自分をちっぽけな物のように感じて、苦しくてしょうが無い。


 オリアナの意思は、リスティドにとって最初から無いも同じだ。彼は自分が話したいことを話すために、ここに来ている。リスティドと会っている時のオリアナは、いつもの快活さを失う。


 意識して大きな呼吸を繰り返した。

 気持ちが負けていてはいけないと思う時点でもう、オリアナはリスティドを敵だと思っているのだと気付いた。


 幼い頃、自分によくしてくれた年長者を厭うのは、オリアナにとって気持ちのいいことでは無かった。


 むっすりとしたオリアナを見たヴィンセントが、静かに告げる。


「面会室には僕だけが入る。君は廊下で待っていて欲しい」

「え……?」


 オリアナは驚いて顔を上げた。


「僕を連れて来たせいで、彼が逆上する可能性もある」


 血の気が引いたオリアナが、ブンブンと首を横に振った。


「まさか、暴力までは……」

「万が一ということがある」

「だとしたら、なおさらついて行きます。タンザインさんが殴られるなんて、あってはならないことです。その場合は私が殴られます」


 咄嗟に言いつのったオリアナに、ヴィンセントはにこりと笑った。


「馬鹿げたことは、言わない方が身のためだ」


 ぴえっ、と悲鳴を上げたオリアナの背が、真っ直ぐに伸びる。


 先ほどまでの温和なヴィンセントとは違う。表情はにこやかだが、その口調には確かな苛立ちが滲んでいる。


「君を盾にするような卑怯者だと思わないで欲しい。それに、殴ることはあっても、殴られることは無い」


「いえいえいえいえいえ。殴るのも問題です。そんなことになったら、タンザインさんの評判に傷が……」


 なんと言っても、眉目秀麗、品行方正、温厚篤実、成績優秀な公爵家のご嫡男様だ。首席入学の後、これまでの定期試験の全てで、一位を取り続けているという噂まで聞いた。校内で暴力事件を起こしたとなれば、どれほどの損害を被るかわからない。


 考え足らずだったかもしれないが、彼にそこまでの責任を負ってもらおうなんて、オリアナは思ってもいなかった。もちろん、ヴィンセントにはそこまでする義理はない。


(やっぱり自分でどうにかすべきだった……)


 先ほどヴィンセントに「誰かを連れて行こうと思ったのは正解だ」と言われ、すっかり喜んでしまっていたオリアナだったが、自分の決断を悔やみ始めていた。そこまで人に迷惑をかけるとわかっていれば、少しの気持ち悪さや、居心地の悪い空間ぐらい、我慢するべきだった。


「では一つ、僕の頼みを聞いてくれないか?」


「へ?」


(あの次期紫竜公爵が? 商人の娘なんかに、何を頼まなければならないことが?)


 びっくりしたオリアナの顔を見て、ヴィンセントは一度くすりと笑う。その目があまりに温かくて、オリアナは更にぽかんとした。


「うまく君のストーカーを追い返せたら、僕のことはヴィンセントと呼んでほしい」


 あまりにも予想しなかった頼み(・・)に、オリアナは口を開けたまま、首を思いっきり曲げた。


「え、ええ……そんなことでよろしければ、もちろん」


「よし」


「よし??」


「大丈夫。安心して待っていて欲しい」


 そう言うやいなや、ヴィンセントはオリアナを置いて面会室へと入っていった。




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死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから (※ただし好感度はゼロ)
書籍情報はこちらから(イラスト:秋鹿ユギリ先生)


コミカライズ情報はこちらから(漫画:白川蟻ん先生)
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