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58 : 舞踏会に舞う夜の葉 - 06 -


 何事かと、オリアナとヴィンセントもそちらを見た。


 何が――いや、誰が原因かはすぐにわかった。


 生徒達が、まるでいきり立っているユニコーンを避けるかのごとく、道を作っていく。


 その中心には、一人の見目の良い男性がいた。

 男性はしばし視線をさ迷わせた後、迷うこと無くこちらに向かってくる。


 明らかに、生徒では無い。大股で歩く男性は、男子にはまだ持ち得ない自信と色気を伴って、会場を闊歩する。


 会場中に疑念が渦巻いているのを感じた。オリアナを含めた誰もが、「誰?」と思っているに違いない。


 ここにいるほとんどの生徒が注目している、堂々とした足取りの男性が誰なのか、オリアナには思いつかなかった。手を掴んだままのヴィンセントを見る。


「あの人、誰だろうね? 楽団の人かな」

「……あれは」


 ヴィンセントが訝しげな顔をして呟く。その声色は、心底驚いているようだった。


 オリアナ達の背後から、悲鳴が上がる。


「――ハインツ先生……?」


 それは、ヴィンセントと踊る予定の女子生徒からこぼれた声だった。あまりにも会場がしんとしていたため、多少離れていてもオリアナのもとにまで届いた。


「お前が来いって言ったんだろ」


 男性の喉から出た声は、確かにこの五年間――オリアナにとっては、更にプラス五年間――で、聞き慣れた声だった。


(え?! ハインツ先生?! あの!? あのハインツ先生?!)


 オリアナは目を見開いて男性を見た。この男性の髪の毛をぼさぼさにし、髭をつけ、目の下にクマを足し、煙草を咥えさせ、よれよれの服を着せ、猫背にすれば――ハインツ先生に見えないことも無いかもしれない。


 もの凄く曖昧にしか、想像が出来なかった。それほどに、あまりにも想像からかけ離れた姿だったのだ。

 日頃のハインツから、十も二十も若く見える。


 ハインツ先生が、オリアナらの横を通り過ぎ、壁際に立っていた女生徒のもとまで辿り着く。


「遅れたな。すまん。会場の準備が終わらなくてな」


「な、なんてことですの……」


 女生徒が呆然と呟く。周りにいた女友達は手と手を取り合い、飛び跳ねながら大きな悲鳴をあげる。


「ハインツ先生?! まじで!?」

「髭剃ったらそんなかっこよくなるの?! 詐欺じゃないですか!?」

「え、先生いくつだったの?? もしかして、私達とそんな年変わらない??」


「せっかく可愛いかっこしてんだから、もちっと大人しくしてような」


 きゃあきゃあと騒ぐ第二クラスの女生徒達の頭をぽんぽんと叩いたハインツ先生は、大層な罪作りだ。

 顔をほんのりと赤くして、頭を叩かれた女生徒らはぽかーんとハインツ先生を見上げる。


 ハインツ先生はペアの女生徒を振り返ると、しれっと聞いた。


「一曲目には間に合ったか?」


「ま、間に合いましたけど?!」


 逆ギレ気味に女生徒が言う。どうやら混乱は中々溶けないようだ。オリアナは助け船を出すために足を踏み出した。


「ハインツ先生。もしよろしければ、私と一曲目、ご一緒してくださいませんか?」


「エルシャ……? ああ、そうか。一曲目(・・・)がタンザインか」


 しゃしゃり出てきたオリアナと、横にいるヴィンセントを見て、ハインツ先生は頷いた。


「そうなんです。ヴィンセントがいない間、誰にも声をかけられないかもと不安で」


「いや。踊る必要が無いなら――まあ、いいか。乗りかかった船だ」


 ハインツはオリアナの誘いを断ろうとして、止めた。

 そしてオリアナのもとまでやってくると、手を差し出した。オリアナは恭しく、指先を乗せる。


「それに虫除けに徹して、次期紫竜公爵閣下に恩を売っとくのも悪くない」


 耳元で囁かれた声に、オリアナはぎょっとした。ほんのりと煙草の匂いがする、色気のある重低音だ。


(なんて隠し球持ってるんだ、この教師……!)


 オリアナはついうっかりときめきそうになった心臓を叱責しながら、ホールの真ん中にエスコートされていった。






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死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから (※ただし好感度はゼロ)
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