55 : 舞踏会に舞う夜の葉 - 03 -
学生服の時も洗練された美しい男性だったが、正装に身を包んだヴィンセントはまるで別格だった。ここが学校では無く、王城の庭園だと錯覚しそうなほどの気品がある。
淡く輝くヴィンセントの金髪は、いつもより丁寧に後ろに撫でつけられている。前髪の半分は整えられ、残りは額が見えるように毛先を整えていた。
いつもは真っ直ぐと伸びている前髪も、毛先に緩いカールが加わっている。コテを使ったアレンジは、ミゲルによるものだろう。オリアナはミゲルに最上級の感謝を捧げた。
豪華な刺繍が施された腰よりも長いコートは、ヴィンセントの体に沿うように仕立てられている。ヴィンセントが動く度にぴったりと体を包んでいるジレに皺が寄り、うっすらと腹部の筋肉の張りを感じさせる。すらりとした足はいつもより長く見え、ジレとコートの飾りボタンは、オリアナの靴とそっくりな色合いをしている。
ウイング・カラーから伸びるクラバットは目が冴えるような青だった。オリアナとペアが決まってから、用意したのだろう。オリアナの目と同じ色をしていた。
「オーリアナ、化粧が崩れるぞ」
「そうだった」
かけられた声にすぐに涙を引っ込めたオリアナは立ち上がると、バッグからハンカチを取り出す。メイクが落ちないように慎重に目尻ににじんだ涙を拭き取った。その様子を、半ば唖然としてヴィンセントが見守る。
立ち上がり、裾についた芝生を叩くと、にっこりと笑いながら、ヴィンセントと共に来たミゲルを見上げた。先ほど、化粧の心配をしてくれたのも、もちろんミゲルだ。
ミゲルは元々ペアを組んでいた子に丁寧に断りを入れた後、婚約者となったヤナにペアを申し込み直している。ヤナはそれを受け、二人はパートナーとして舞踏会に出席することになっていた。
「ミゲルも格好いいよ。最高の二人が来たね」
いつもはボサボサと適当に結んでいるだけの長髪は、後れ毛一つ無いほど綺麗にまとめている。
伝統的な衣装を身につけているヴィンセントと違い、ミゲルはかなり遊び心が満載の衣装だった。
普通の舞踏会と違い、大人の目がない魔法学校の舞踏会だからこそ、洒落者のミゲルは目一杯遊んだのかもしれない。
ワインのように濃い赤色のズボンは、普段のミゲルの雰囲気にも、クラシックなミゲルの雰囲気にもあっていた。真っ白のコートとジレは奇抜で、いかにもという印象を与えた。
そして更に奇抜だったのは、襟元を飾る付け襟だった。ズボンと揃いのワイン色の立襟は、細かい模様がみっちりと刺繍されている。そして、独特な結び方をされた飾り紐から伸びる房飾りには、天然石が揺れていた。
異国風の立襟は、急遽決まったペアのために選ばれたのだろうが、今日のミゲルの衣装と全く違和感なくまとまっていた。
「ありがとう。オリアナもいっぱい可愛いな」
「そうでしょうとも。えっへへ。えっへん」
胸を張ると、オリアナの肩に何かがかけられた。後ろを向けば、不服そうな顔をしたヴィンセントが、自分のグレーの上着を脱いで、かけてくれたところだった。
「えっ、彼シャツ? 彼シャツしていいの??」
「着ているんだ」
「はーい!」
にこにことしてオリアナはヴィンセントの上着に袖を通した。自分の腕よりも袖が長いヴィンセントの上着をぶらぶらと振った後、にんまりとした顔を隠すために、口元に手をやる。
「えへっへへ」
上機嫌なオリアナに反して、ヴィンセントはあまり機嫌がよさそうでは無かった。
「肩が出過ぎじゃないか? 膝も出そうじゃないか」
「びっくりした。ヴィンセント、うちのパパでももうそんな時代錯誤なこと言わないのに」
新進気鋭の商人と、何百年も続く歴史を持つ公爵家の嫡男を同じ土台に上げるほうがおかしいのかもしれない。
わざとらしく驚くオリアナの後ろで、ミゲルがペアであるヤナの事を褒めているのがうっすらと聞こえた。
「可愛いでしょ? マトロンがいない隙に、見せびらかして来いってパパに言われてるの。社交界で流行らせたいんだって」
「膝が出ている……」
「出してるんだもん。可愛いでしょ?」
くるんと回ってみせたが、ヴィンセントは難しい顔をしたままだ。
「膝が出ている……」
「出してるんだってば」
ヴィンセントが壊れた。
そもそも、制服のスカートだって、このぐらいの丈である。オリアナは足をひょいと上げた。ヴィンセントが慌てて足を下げさせようと、オリアナに着せていたコートを引っ張って、ボタンを留めようとする。
「やだ、駄目駄目! 皺になっちゃう」
「なら、足は上げないでくれ」
「なんでそんなにびっくりしてるの? 見慣れてるでしょ?」
「初めて見たに決まっている」
「ドレスじゃ無くて、スカートの丈」
「女子の制服はみんな似たような長さだから気にしていなかったが……ドレスなんだぞ? 普通は隠れてるものだろう?」
「そうですね……?」
そこに何の違いがあるのか、オリアナにはさっぱりわからなかった。
オリアナは自分のドレスを見下ろした。
織り目の美しい生地で作られたオリアナのドレスは、非常にシンプルだった。
ドレスにある飾りらしい飾りは、スカートの裾にあしらわれている刺繍くらいで、あとは美しく自然に流れるドレープや、立体的に縫われた胸元が、なんとも鮮明にオリアナの魅力を引き出していた。
膝丈のスカート丈以外は、非常に伝統的な洗練されたデザインだ。
胸元には、ネックレスの類いはなにも無い。輝くようなオリアナのデコルテに勝る宝飾品が見つからなかったのだ。
ヴィンセントの視線が、足からまとめ上げた髪に移っていることにオリアナは気付いた。指先で触れると、視線の先にはイリスの花をかたどった髪飾りがある。
足を見られても平気だったのに、ボンッと頬が赤くなる。
このドレスの色も、髪飾りも、どちらもヴィンセントを意識して選んだものだったからだ。
(でも男子だし、花には疎いはず。はず……)
ドレスの色は、紫にも見えるが、ピンクと言い張ればピンクである。
ボタンを留めるのを諦めたヴィンセントが、オリアナの髪飾りに触れる。彼から触れてくるのはとても珍しいことだ。息を吸う度に、オリアナの胸が盛り上がる。
(何と言われても、からかわれても大丈夫。ヴィンセントは関係ないのだと、これは自分の好みで選んだだけなんだって、言い逃れてやる。さぁ、どんと来い)
絶対に認めたりしない。と多少気合いを入れて臨む。
自分から好意を伝えることに抵抗はないが、意図しない好意が滲み出ることには、人並みの羞恥を覚えるようだ。
ヴィンセントは触れる髪飾りを見て、ドレスを見ると、オリアナの顔を見た。
「よく似合ってる」
「……!」
オリアナはまたふらついた。再び、ヴィンセントが腰を抱いて支える。
(ず、ずるい……)
つっこまれないとは、思っていなかった。
ヴィンセントは当然、知っているのだ。オリアナが誰を意識してこのドレスを選んだのか、何を思ってこの花の飾りを作ってもらったのかを。
そして、つっこんだりからかったりする必要が無いほどに、オリアナが、彼の色を身に纏うことを、当然と受け止めてくれている。
ヴィンセントが、オリアナが彼の隣に立つ事を認めている。
その事実が、オリアナにとって掛け替えのない褒め言葉だった。
抱き留められていたオリアナは、顔を上げた。オリアナの腰を抱いていたヴィンセントは、髪型や服装のおかげでいつもと少し違って、いつも以上にドキドキする。
「……っえへへ。上出来ですか?」
「上出来です」
ヴィンセントが腰から手を離し、腕を差し出した。オリアナは上機嫌でヴィンセントの腕に、自分の手を差し入れた。








