54 : 舞踏会に舞う夜の葉 - 02 -
メイクを終えたヤナとオリアナは、女子寮を出た。
女子寮の外には、用意を終えた女生徒達がたむろっていた。他の女子寮で用意を終えた友達と合流している。
ほとんどの生徒が手に小さな手鏡を持ち、自分や友人を映し、くまなく全身のチェックしていた。
今日は誰も彼もが皆、ヒロインになる日だ。
少女達の顔には――多少の不安の色はあれど――隠しきれない喜びが浮き上がっている。
今日は舞踏会の準備のため、休校日となっている。オリアナが時計を見ると、三時を少し過ぎた頃だった。
舞踏会の開催は午後四時から、十時まで。
アマネセル国の一般的な舞踏会はもっと遅くから遅くまで賑わっているものだが、学生のためのパーティーなので、妥当な時間だろう。
開催時間まで、もうしばらくある。オリアナはこれから何処かで時間を潰す相談をしようと、ヤナを見た。
日の光に照らされたヤナは、美しかった。
学生服を着ているヤナも美しかったが、ドレスを着たヤナは比較にならない美しさだった。
何種類もの薄いオーガンジーを重ねたドレスは、スレンダーなヤナの体を扇情的に魅せるデザインだった。
ともすれば、棒きれに布がくっついているように見えるドレスだったが、ヤナには完璧に似合っていた。
ヤナのために作られたドレスは、その皺ひとつをとっても、ヤナを極上に飾っている。ドレスにちりばめられたビジューはキラキラと星のように輝いていた。耳に付けている大ぶりなピアスが、異国の雰囲気を多分に伝える。
今はショールで隠されている背中には、レース模様のように編まれたビジューが広がっていた。彼女の背を覆い隠すのはビジューのみで、同性のオリアナでもその色気に目眩がしそうだった。
そして、そんなに難しいドレスを完全に着こなすヤナを、遠くも感じる。
気後れのひとつも感じさせず、自然体のまま着こなすヤナに、ここがヤナのホームなのだと、嫌でも実感させられる。
「いやだわオリアナ。その熱視線で、私のドレスにも穴を開ける気?」
ヤナの微笑に、オリアナは正気に戻った。
「ごめん……お昼でも、砂漠の星って綺麗なんだなって思ってた」
「ふふ、丸わかりだったわ。そんなのじゃ、男を手玉に取れないわよ。まあ、私は手玉に取られちゃったようだけど」
手袋をしたオリアナの腕を取ったヤナが、顔をすりすりとくっつけてきた。可愛い仕草に、きゅんとする。
女性の大胆な衣装にも表れているが、エテ・カリマ国では男性の心を射止めることを、最上級の功績として考えられる。男性のみが富を引き継ぐエテ・カリマ国において、それは当然のことなのかもしれない。
そんな中、王女にだけ許された”試練”はやはり異質だ。女の身でありながら男を選ぶ試練は、王の娘にのみ許された極上の贅沢なのだろう。
にわかに周りがざわめきだした。
何事だろうと辺りを見ると、どうやら用意が終わった男子生徒達が、パートナーのお迎えに来始めているようだった。
いつもはアイロンもかけていないよれよれのシャツを着ている男子生徒達が、パリッと糊をきかせたシャツを着て、磨き抜かれた靴を履いている姿を見るのは、名状しがたい感慨があった。
目当ての女生徒を見つけた男子生徒らは、ほっとした顔をして女生徒のもとに向かう。
ペアの女生徒の用意がまだ終わっていない男子生徒らは、居心地悪そうにそわそわとしながら、ベンチや木の根に腰を下ろした。
甘酸っぱい光景である。なんなら二度目の人生でちょっと図太くなったオリアナちゃんが、「相手の女生徒、呼んできてあげようか??」なんて言っちゃいたくなるぐらいに甘酸っぱい。
なんとも言えない表情をして木陰に座る男子生徒を見ていると、ざわめきが大きくなった。悲鳴のようなものまで聞こえ、驚いてそちらを見る。
「うあああっ……あああ……あああ……!!」
オリアナは両手を合わせた。そのままずるずるとしゃがみ込みそうになるオリアナを、慌てて引き上げたのは、一足飛びでやってきたヴィンセントだった。
「どうした。何があった」
「ヴィ……ああああ……!!」
何があったでは無い。大変なことが起きてしまった。
「がっごいいい……!!」
いっそ神々しいまでに格好よかった。至近距離にあるヴィンセントの姿をまともに見られる気がしない。
ヴィンセントは呆れたように手を離した。力が抜けていたオリアナは、ずるっと落ち、その場にしゃがみ込む。
「今すぐここに、画家を呼ぼう……一生残しておかないと……アマネセルの国損になるっ……」
地面に手をついたまま泣き崩れるオリアナを、ヴィンセントは冷めた目で見ている。
そんな表情でさえ、ヴィンセントは格好良かった。いや、そんな表情だからこそ、貴族然とした姿にマッチして、最高に格好良かった。








