見えなくても-十六-
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そして、翌日。
香夜乃と連絡先を交換した真司は、また香夜乃と約束をして公園で会う約束をしていた。
公園には小学生達が滑り台で遊んだり、ブランコに乗ったりしてとても賑やかである。
「杉浦さん、お待たせしました」
「こんにちは、宮前君」
「よぉ、坊主」
「チチチッ」
真司が挨拶をすると香夜乃の傍にいた送り狼と香夜乃の肩の上にちょこんと乗っている夜雀が真司に挨拶を返す。
真司達はベンチに座ると、真司はあれから香夜乃がどうしたのかを香夜乃に尋ねた。
「杉浦さん、あれからどうですか? と言っても、まだ一日しか経っていないですけど」
苦笑する真司に香夜乃がクスリと笑う。
「あれからは家に帰って、この子達のことを家族に紹介しようと思ったんだけどーー」
「人間に姿を見せることはできるが、見せたところで普通に驚くだろう? だから遠慮した」
香夜乃の変わりに送り狼が説明すると、香夜乃は苦笑いを浮かべながら「そういうことなの」と真司に言った。
真司は、改めて送り狼と夜雀の姿を見る。
送り狼は犬とは違い体も大きく、見た目は正に狼の姿をしている。そして、普通の狼とは違い変わった色をした目とその鋭い爪は確かに人間には驚くだろうと思ったのだった。
夜雀もフォルム自体は雀と何ら変わらないが目も羽も闇のように真っ黒だ。初めてその姿を見た人は、恐らく二度見するだろう。
(菖蒲さんみたいに人の姿に化けることができればよかったんだけど……)
そうは思っても妖怪にも個体差があるのは事実。
人の姿に化けることができる妖怪がいれば、その反対に出来ない妖怪もいる。そして、人の姿になれなくても普段の姿を見せることもできる妖怪もいる。
〝妖怪〟にも、できることとできないことがあるのだ。
そんな〝妖怪〟についての事を考えていると、送り狼が気恥しそうに顔を背け「だが……まぁ、なんだ……名前はつけてもらった」と言った。
真司は首を傾げる。
「名前?」
「そうなの。名前を聞くと「名前は無い」って言うからね、送り狼と夜雀に名前をつけたのよ」
手を合わせ嬉しそうに言う香夜乃に真司は興味深そうに「へぇー」と返事をする。
すると、香夜乃は先ず送り狼の方を向いた。
「送り狼は、目がとても綺麗な薄紫色で藤の花みたいだから〝紫〟に〝藤〟と書いて『紫藤』。そして、夜雀は私にもう一度色をくれたから〝彩り〟の漢字を取って『彩』」
「紫藤と彩……うん、凄く素敵です!」
真司の『素敵』という言葉に香夜乃は嬉しそうに笑みをこぼすと「ありがとう」と真司に言った。
「まぁ、悪くねぇ名前だな」
「チチチッ♪」
素直じゃない送り狼と素直に喜ぶ夜雀。
真司と香夜乃はそんな一匹と一羽が可愛く思えクスクスと笑ったのだった。
真司は思い出したように香夜乃の方を向く。
「そういえば、目の方はどうですか?」
「そうねぇ……ぼんやりと見えるようになってからは、逆に見えないように振る舞うのが大変かな」
苦笑いを浮かべながら香夜乃が話を続ける。
「家族にこのことを言ってないからね。でも、もし言ったら大騒ぎしちゃうかも。病院に行って検査もするだろうし、本当のことを言っても信じてもらえなさそうだし。……宮前君もいつもこんな思いをしているの?」
唐突な香夜乃の質問に真司は少し戸惑う。
「あ、えっと……そう、ですね。見えるからこそ、なるべく目を合わせないようにしてきましたし……誰かと関わることも止めるようになりました」
真司は手を弄りながら話を続ける。
「言っても皆には見えないから信じてくれなくて……遠巻きにされて……いつからか自分の殻に籠るようになったんです」
「……今は、どう?」
首を傾げる香夜乃に真司は俯いていた顔を上げて香夜乃と目を合わす。
「今も見えるのに見えないふりをしたり、友達にこのことを言えなかったりしますが……でも、殻に閉じこもることは無くなりました。今はまだ変わらないものもありますけど、変われたものもあるんです」
真司は香夜乃から目を離し前を見る。そこには何も無い風景だが、真司の目には尊敬する人の姿が写っていた。
「菖蒲さんに会わなければ、きっと僕は以前と変わらなかったと思います。……ううん、きっと昔よりも人との交流や繋がりを絶っていたかもしれません。でも、菖蒲さんと出会って……この目についての捉え方が変わったんです」
「捉え方?」
真司は、また香夜乃と目を合しコクリと頷く。
「人じゃないモノが見えるこの目が、僕は嫌で嫌で仕方がなかったんです。でも、見える力が強くなって色んな妖怪と接しているうちに、この目も悪くないなって最近思い始めたんです」
少し笑みを浮かべる真司を見て香夜乃はクスリと笑い「そっか」と言った。
「私も宮前君みたいに思えるかな。まだ妖怪は紫藤と彩しか会ったことが無いから」
真司は香夜乃の言葉に「あれ?」と言いながら首を傾げる。
「杉浦さん、ここに来る前に学校の前を通りませんでした?」
「え? 通ったけど……」
『それがどうしたの?』と言うような表情で首を傾げると真司はそこにいた人物のことを香夜乃に説明した。
その人物というのが桜の木に住まう妖怪――雛菊のことである。
真司は雛菊のことを香夜乃に話すと香夜乃は「え!?」と声を出して驚いた。
「あの人、妖怪だったの!? ……どこかの親御さんかお姉さんで、すごく綺麗な人だなぁとは思ってたけど……あの人が妖怪だったなんて……」
ポカンと口を開け驚く香夜乃はハッとなり紫藤を見る。
「紫藤、知っていたでしょう!?」
「当たり前だ」
紫藤の返事に香夜乃が不貞腐れると、紫藤は当然というような目で香夜乃と目を合わすと寝ていた体をゆっくりと起こし面倒くさげに話し出した。
「あのな、見た目は綺麗な女の妖怪でもそいつの本心がわからねぇだろ。変に話しかけて、もしお前に危険が及んだらどうすんだ。それに、周りにもお前以外の人間もいただろうが……全く……ちっとは危機感とか色々持てっての」
「うっ……」
紫藤に注意され香夜乃はシュンと落ち込むと彩が香夜乃を励ますように「チチチッ、チチチッ」と鳴いた。
香夜乃はその彩の鳴き声に苦笑しながら「うん、わかってるよ」と答える。
「おっ、おい彩! 俺は別に心配してるとかそういうんじゃねぇぞ!」
長年一緒にいる紫藤だからこそ彩の言葉も通じるのだろう。真司には彩が何を行ったのかわからないが、そっぽを向く紫藤とクスクスと笑い合う香夜乃に楽しそうに羽を羽ばたかせる彩を見て、何となくなにを話しているのかは想像がついたのだった。
「紫藤は怒ってるわけじゃないよ。心配して言っているんだよ」
きっと、そんなことを言っているに違いないと真司は思っていた。
真司も香夜乃達につられてクスリと笑う。
すると、香夜乃が何かを思い出したかのように「あ」と声を出した。
「そういえば、菖蒲さんが紫藤に使った液体ってなんだったのか知ってる?」
「あぁ、あれですか? 僕も気になってあの後菖蒲さんに聞いたんですけど、あれは神社の手水舎の水らしいです。なんでも、水には罪を穢れを洗い流すというのがあるらしくて飲ませたらしいです」
「え、あれって飲んでも大丈夫なの?」
香夜乃の質問に真司は苦笑しながら話を続ける。
「僕もそれ思ったんで菖蒲さんに聞いたんです。そしたら「本来は飲む物では無いが、まぁ、送り狼やしねぇ。腹を壊す恐れも無いから大丈夫じゃろ」と……あはは……」
「あ、あはは……」
真司の話を聞いて香夜乃も苦笑すると香夜乃は菖蒲について更に質問をした。
「菖蒲さんって、一体何者なの? 人ではないっていうのはわかったけど……」
「あー……えっと……」
真司は頬を小さく掻くと気まずそうに目を逸らしあらぬ方向を見る。
「その……神様、らしいです」
「えっ!?」
自分でも驚くぐらいの声量が出たのか香夜乃は慌てて自分の口を手で塞ぐ。すると、紫藤が「マジかよ……」と目を見開きながら呟いた。
「でも、姉御は九尾の狐だぞ? 九尾の狐と言えば、国一つ混乱に貶める事もできるという力を持つ大妖怪……まさか、姉御が神って……」
「僕も神様になった経緯とかはわかりませんが、そこの多治速比売神社の稲荷社を管理する神様らしいです」
「えぇぇ!? その神社って本当に直ぐそこじゃない!」
「で、ですね……あはは……」
香夜乃は「わっ、私、あそこの神社に何度もお参りしたことあるの! まさか、その神社の神様だったなんて! 嘘、私、神様に会っちゃった!」と興奮気味に紫藤と真司を交互に見て言った。
あまりの興奮に真司は押され気味で苦笑いを浮かべ、紫藤は「落ち着け、香夜乃」と香夜乃を制する。
二・三度深呼吸をし何とか落ち着く香夜乃。
そして、気分が落ち着くと今度はどこかボーッとした表情で「……神様って、本当にいたんだ」と呟いたのだった。
「にしても、大妖怪が神ねぇ……時代ってぇのは、本当にあっという間に変わるもんなんだな。俺達が普通に街を歩いたり、人間の前に出ていた頃は有り得ない話なのになぁ」
しみじみとしながら遊ぶ子供たちを見て紫藤は話しを続ける。
「気づいたら妖怪も人間に化けて人間と同じように生活するやつらも現れるし、老後のようにまったりと自由に過ごすやつらもいるし……いつからこうなっちまったんだろうな、俺らはさ」
「紫藤は……こういうの嫌?」
香夜乃の質問に紫藤は香夜乃と目を合わせると、地面に体を付けて横になる。
「別に嫌じゃねーよ。ふぁ〜あ……」
横になり手足を伸ばしグググと伸びをする紫藤に香夜乃はフッと笑みをこぼす。
「そっか。よかった、ふふっ」
香夜乃達の温かい空気に真司もつられて笑みをこぼす。
真司は思う。時代が変わると何かが変わることもある……だが、それは決して悪いことばかりじゃないと。
『変わらないもの』
『変わるもの』
『変わろうとするもの』
それらはどんな形であれ確かに存在する。
何かに対して変わることは、最初は動揺したり不安を抱いたりするだろう。だが、それを受け入れ乗り越えなければならない時もある。
真司は、今はもうこの目については受け入れた。まだ会ったことない妖怪に関しては少し臆したりもするが、それも少しずつ慣れて行っている。
受け入れることは中々容易ではないものの、一歩、また一歩と変わることに臆すること無く進んでいた。
これからも真司の周囲で『変化』は訪れるだろう。
真司自身にも変化が来るだろう。
楽しそうに笑う香夜乃の隣で真司は前を向き自分の掌をジッと見つめる。
(紫藤が杉浦さんに飛びかかろうとした時、菖蒲さんから貰ったこの数珠とは別に何か……別の力が出てきたような……あれは一体……)
そう思った真司は、今度は菖蒲のことを考えた。
菖蒲が元の狐の姿に戻った時、菖蒲は真司に怖かったかを質問した。
その時の菖蒲の表情は不安げで真司は「怖くない」と言うつもりだったが、タイミングが悪く送り狼の一件が終わってからも結局は言えずにいたのだった。
真司はそれにたいして後悔の念を抱いていた。
(あの時、やっぱり言えばよかった……菖蒲さん、どう思ったのかな……)
今もまだ中々言うタイミングが合わず、言えず仕舞いになってしまった真司。
なにも言えなかった真司に菖蒲がどう思っているのか気になっていた。
まるでその時の会話を無かったかのように振る舞う菖蒲。いつも変わらない菖蒲に真司は申し訳ない気持ちになり、自分の行動力の無さに微かに憤慨も感じていたのだった。




