桜の下で-十八-
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翌日。朝起きた時、真司の体はまるで鉛のように重く怠かった。
「風邪を引いているのかな?」と思ったが、風邪というわけではないらしい。体が重いだけで熱は無く、熱はいつもと変わらない平熱だったからだ。
(何でこんなにも体が重いんだろう……)
そう考えても仕方がない。ただ言えることは、それでも学校に行かなければいけないということだった。
幸いなのは、今日の授業に体育が無いことだけ。なので、真司は授業の殆どを机に突っ伏している状態で過ごしていた。
他の生徒や先生からにしたら寝ているように見えるだろうが、真司はちゃんと起きている。ただ体を起こすのが辛いだけだった。
そんなこんなで授業を過ごしているうちに、あっという間にお昼休みになっていた。
真司は相変わらずピクリとも動かす机に突っ伏している。動きたくても体が重くて中々動けないのだ。
すると、そんな真司を心配して海と遥が声を掛けてきた。
「……宮前、大丈夫か?」
「真司、体調悪いんか?」
真司は頑張って体を起こし心配してくれた二人に向かって笑いかけるが、どうもぎこちない笑みになる。
「だ、大丈夫……ちょっと、体が重くて……」
「風邪か?」
「あ、風邪じゃないんだ。でも、なんだか朝からずっとこんな調子なんだ……」
「そうなん? でも、なんや顔色悪そうに見えるで?」
真司の机に顎を置き心配そうな眼差しで見る海。まるで飼い犬がご主人を心配しているようにも見える。耳は垂れ尻尾は元気が無くタランとなり「クゥ〜ン……」と、か弱そうに鳴いている—―—そんな姿が真司の頭の中で浮かんだ。
思わず頭を撫でたくなるが、ここで撫でたら海は恐らく怒るだろう。真司は撫でたい衝動を抑え苦笑した。
「宮前、お前、保健室に行って来い」
「本当に大丈夫だよ」
「いいや、行って来い。これはクラスの委員長である俺の命令や」
遥に凄まれ思わず身が引き「うっ……」となる真司。真司は短い溜め息を吐くと、腕で体を支えるように机に手を付いて椅子から立ち上がる。
「本当に大丈夫なんだけど……委員長の命令じゃ行くしかないよね……」
「おう! 俺も今回だけは遥に賛成や! 保健室に行くべきやな!」
「俺が着いて行ってやるよ」
遥は「ほら」と、言いながら真司の体を支える。自分一人でも大丈夫なはずなのに、どうやら一人でも立ち上がるのがやっとらしい。一歩足を踏み出した瞬間、膝に力が入らず倒れそうになった。
これに関しては、自分の体なのに真司自身もかなり驚いていた。
「あ、あれ……? おかしいな。……大丈夫かと思ったのに」
「無理すんな」
「あわ、あわわっ! 大丈夫か真司!? お、俺も保健室着いて行く!」
慌てて遥と反対側に行き真司を支える海。海と遥は、倒れそうになる真司を支えながら保健室へと向かった。
保健室は一階の所にあり階段を下りた右側には四つの部屋がある。階段の方から個人相談やカウンセラーをやってくれる心の教室があり、第1支援学級教室・保健準備室、そして、真司達が向かっている保健室がある。
真司は階段を下りると遥と海に謝った。
「二人共、ごめんね。折角のお昼休みなのに僕なんかに付き合わせちゃ—―」
「阿保」
「いたっ!」
真司は遥に頭を叩かれた。海は、まさか遥が真司を叩くとは思わず口を開け唖然となっている。
「うぅ……何気に痛い」
「当たり前や。痛くしたからな。いいか、宮前。俺らに謝る必要無いし、自分なんかって言うな。自分を卑下にしたらあかん」
遥の言葉に海も慌てて返事をする。
「そ、そうだぞ、真司!」
「謝るのは、本当に必要になった時だけや。謝罪は自分の弱さの表れでもあるからな」
「そ、そうだ! そうだ! 俺らは好きで真司の側におるんや、謝る必要ない!」
真司は遥と海の言葉にポカンとした顔になる。
あやかし商店街での妖怪達、そして、ここでは遥や海が真司のことを心配してくれてる———以前の真司の人間関係や周りの環境では無かった事が、この堺市に来てから起きている。内心遥や海の言葉に戸惑っていたが、真司はそれが嬉しかった。
こうやって誰かが心配して怒ってくれる事、気遣ってくれることが嬉しかったのだ。
真司は遥に叩かれた頭を手で押さえる。
「あはは」
嬉しさのあまり自然と笑い声が出る。それを側で見ていた遥はフッと笑みを浮かべていた。
海だけは、どうして遥も真司も笑っているのかわからず、首を傾げていたのだった。
そして保健室に着くと、真司か海達と別れベッドに行き、保健室で休ませてもらうことにした。
勿論、保健室の先生の許可は取っている。
真司はベッドに入ると目を瞑る。体が重いせいなのか、それとも少し疲れているせいなのか、目を瞑ると真司の意識はスーッと闇の中へと沈んで行った。
眠る真司は夢を見た。それは真司には記憶の無い夢……けれど、どこか現実味のある、昔に体験したような夢だった。
「時成、それは何だ?」
美しい彼女が言った。
靄がかかっていて彼女の顔まではわからないはずなのに、夢の中の真司は彼女が『美しい人』だという事だけは不思議とわかった。
そんな彼女は、真司のことを『時成』と呼ぶ。
「これかい? これは貝合わせだよ」
「貝合わせ?」
言葉が自分の意思とは反対に勝手に出る。でも、この時の真司にとっては、何故だかそれが不思議とは思わなかった。
「これはこうやって貝殻に貝を探し合わせて遊ぶんだよ」
「ふーん」
試しに真司が貝を数個合わせてみると、その貝を彼女に手渡す。彼女の口ぶりからすると興味なさそうにしているが、手渡された貝を見る彼女の目は興味津々な表情をしていた。
真司は、そんな彼女の姿を見て「素直じゃないなぁ」と思い苦笑すると、金箔が散りばめられている紅い箱を開けた。
その中には貝合わせ用の貝殻がいくつも入っていた。
その箱の中の貝殻を全部取り出し適当並べる。
「折角だし、遊んでみようか」
「わ、私はいい……。そんなのに興味がないからな……!」
手に持っていた貝を床に置き、そっぽを向く彼女に真司はクスリと笑い苦笑いを浮かべた。
「まぁまぁ、そう言わずに。……ほら、こうやって合わせていくだけだし。はい、次は——の番だよ」
「え?」
次は自分の番だと言われ、彼女は真司も目を合わす。そんな彼女を急かすように真司は「ほらほら、早くしないと」と、彼女に言った。
「わわっ! まっ、待て待て!」
勿論、これは態と彼女を急かしている。だって、こうでもしないと彼女はやらないだろうからだ。
本当は興味があるのに、本当はもっと知りたいのに、彼女は素直じゃないからいつも真司が彼女の背中を押してあげている。これで少しでも彼女が人間に興味を抱き、優しい心を持ってくれると思うと真司も嬉しかった。
真司に急かされ彼女は貝を合わせていく。だが、中々貝が合わないからなのか、彼女は次第に貝合わせに夢中になっていた。
心なしか、その表情は楽しげに見える。そんな彼女を見て、真司は微笑ましく思い、又、彼女のことを愛おしいと思った。
だが、この気持ちは彼女には秘密だ。
(いつか想いを伝えよう。それまでは、この些細な日常を彼女と一緒に楽しもう……)
すると、やっと貝殻が合わさったのだろう。彼女は蔓延の笑みで真司に合わさった貝殻を見せた。
「時成、これだ! ふふっ、やっと貝が合ったぞ。さぁ、次は時成の番だ!!」
「こういうのは実は得意でね。さてさて、——は、私に勝てるかな?」
少し挑発気味に言うと、案の定、彼女はその挑発にまんまと乗りかかった。
彼女は着物の袖を腕まくり、やる気満々だ。
「ふんっ! その吠え面も今だけだ! 絶対ぎゃふんと言わせてやるからな!」
あまりにもスンナリと罠にハマり思わず笑ってしまいたくなるが、ここで笑ってしまったら折角罠にハマったのに逃してしまう。だから真司は笑わないようにし、彼女と貝合わせをして遊んだ。
次々と貝を合わせていく真司の姿を見て、彼女は驚いたり悔しそうな顔をする。そして自分の番が来ると一生懸命な顔をしたり、合わさった貝に喜んだり。
真司は、コロコロと変わる彼女の表情が全然飽きなかった。
(こんな日がいつまでも続くといいなぁ)
何気なく空を見上げると雀が数羽飛んでいた。
雲は穏やかな風に乗り、ゆっくりと動いている。耳を澄ませば子供の笑い声も聞こえて来る。
些細な日常、ささやかな時間、時の流れを真司は肌で感じていた。
「今日も、とても良い日だ」




