桜の下で-十六-
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菖蒲は真司の手を握り、濃い霧の中を進む。真司のもう片方の手には、硝子の鈴があり、鈴は真っ直ぐと光を指している。
「この光の場所に行けば戻れるんですよね?」
「うむ。私を信じよ」
「はい」
菖蒲がニコッと微笑み真司も微笑み返す。もう、先程の恐怖や怯えは無い。
(菖蒲さんがいるだけで、こんなにも自分の心が変わるなんて……)
「――やっぱり、凄いや」
「ん? 何か言ったかえ?」
「あ、いえ! なんでもありません!」
思ったことがどうやら口に出していたらしい。真司は慌てて苦笑するが、菖蒲にはそれが嘘だとバレているのだろうか? 菖蒲は袖口を口元に当てクスクスと笑っていた。
「わ、笑わないでくださいよ……」
「あぁ、すまんすまん。何だか、お前さんといると安心してね」
「…………」
菖蒲と同じ気持ちで真司は心なしか嬉しい気持ちになる。自然と笑みがこぼれた瞬間、目の前の景色が蜃気楼みたいにボヤーとなり始めた。
真司は何が起こったのかわからず足を止めるが、菖蒲はそんな真司の手を引っぱり歩き続けた。
「菖蒲さん、大丈夫なんですか!?」
「うむ。問題あらへんよ」
景色がゆらりと揺れる。やがて、蜃気楼の奥から風景も見え始めた。
その風景は真司も馴染みのある風景――自分のもう一つの家でもあり、大事な人達が待っている家だった。
「あ!」
「ふふっ。な? 言ったやろう? 問題あらへんと」
「無事、帰れたんですね」
「うむ。やれやれ、ものの数分の出来事のはずやのにねぇ……なんだか、何日もいたような感覚じゃ」
「ですね……」
真司と菖蒲はお互いに苦笑し合うと、その蜃気楼に向かって歩き続けた。
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その頃、二人を待ち続ける白雪達は各々心配そうな顔で襖の先をジッと見ている。だが、中の様子を見ても濃い霧に包まれているため中は全然見えなかった。
「真司お兄ちゃん、大丈夫だよね?」
「信じましょう」
「……きっと……帰って来る……」
お雪が白雪の手をギュッと握ると、白雪は微笑みを浮かべてお雪を安心させるように言った。
星も帰ってくると信じてはいるが、やはり不安はあるのかルナを胸に抱いていた。
ルナはそんな星を元気づけるように「にゃー」と、鳴きながら星の頬をペロリと舐める。
そんな時だった。
「ええい、やめい!!」
さっきから黙っていた多治速比売命がバンッとテーブルを叩いたのだ。
白雪達は驚いて一斉に多治速比売命の方を振り向く。
「そんな辛気臭い顔で菖蒲や童子達を迎えてどうする! もっと普通にせい! 菖蒲達が大変な時こそ、我らが笑顔で迎えなければならぬじゃろうが! それが我らのここでの役目、役割じゃ!」
白雪達に喝を入れる多治速比売命。
口を開けポカンとする白雪達は多治速比売命の言葉で我に返り、白雪達はお互いに顔を合わせると小さく頷いた。
「……良いこと、言うね……」
「うん!」
「流石、神様です。ふふっ」
白雪達はそれぞれ手を握り合い大切な人達の帰りを待つ。
お雪の顔には、もう不安な表情も消えている。いつもの花のような可愛らしい笑顔で白雪や多治速比売命、星を見ると、またジッと襖の奥を見たのだった。
その時、襖の奥から人影が現れた。
その影は次第にハッキリとその姿を現し、お雪は「あ!」と声を出した。
そう。菖蒲と真司が霧の中から帰って来たのだ。
「ただいま」
「た、ただいま帰りました」
真司達が白雪達にそう言うと、お雪が白雪の手を離し、いつもの如く真司に飛びつくように抱きついた。
「真司お兄ちゃん!
「……お兄ちゃん」
星もお雪の後に続き、そっと近づき真司にギュッと抱きつく。白雪はそんな二人を見てニコリと微笑むと「二人とも、おかえりなさい」と、言った。
多治速比売命も菖蒲に近づき、菖蒲の頭のてっぺんから足の爪先まで見るとコクリと頷いた。
「うむ。怪我も無く帰って来たようじゃな」
やはり多治速比売命も不安な気持ちがあったのか、菖蒲達に怪我が無いことを確認するとホッと安堵の息を吐き、多治速比売命はまるで愛娘達を見守るかのように優しい笑みで微笑んでいたのだった。




