夢の続き
2021年6月25日に、オーバーラップノベルスfより2巻刊行&コミックガルドにてコミカライズ連載開始です
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ふと、ライラはまどろみから目覚めた。
(……あれ? 私、いつの間に寝ていたんだろう?)
身を起こしたライラは、辺りを見回す。
ここは、自分が普段ユリウスと一緒に使っている寝室だ。それはすぐに分かるのだが、なぜか頭の中がぼうっとしているし、部屋の細部がぼやけてうまく見えない。
室内は、ほんのり明るい。まだ日中のようだ。
(……なんだか、変な気持ち。ユリウス様は……どこだろう?)
ルームシューズを履いて、寝室を出る。
その先の廊下もどこかぼんやりとしていて、体の感覚が曖昧な気がする。
ふわふわな気持ちのままライラは階段を下り、そこでヴェルネリと遭遇した。
「あ、ヴェルネ――」
「ライラ様、お加減はもうよろしいのですか?」
「え?」
いきなり問われて、ライラは首を捻り――そういえば、自分は体調が優れなくて部屋で休んでいた気がしてきた。
「ええ、もうよくなったわ」
「それはよかったです。***様と****様がずっと、ライラ様に会いたいと駄々をこねてらっしゃいましたよ」
今、ヴェルネリは誰かの名前を口にしたようだ。
だがそれがはっきりとした音声になることはなくて、曖昧な感じでライラの耳に届く。
(……今のって?)
ぽかんとするライラを見てどう思ったのか、ヴェルネリは手を打った。
「ああ、そうです。ユリウス様がお待ちですから、体調がよろしいのでしたら部屋に――」
「ライラ!」
ヴェルネリと被せるように、愛しい人の声が降ってきた。
今ライラが降りてきた階段を見上げればそこには、急いで降りてくるユリウスの姿が。
(……あら? ユリウス様、少し雰囲気が変わってらっしゃる……?)
とてつもなく大きな変化があるわけではないが、なんだか少し年を取ったように見えるし、髪も短めだ。
いつの間に切ったのだろうと思い――そういえば、ちょっと前からユリウスは髪を短くするようになった気がしてきた。
いつの間にかヴェルネリは姿を消し、ぼんやりとした廊下にライラとユリウスだけが残された。
髪が短いユリウスはライラの肩にそっと手を載せると、心配そうに顔を覗き込んできた。
「体調は、よくなった?」
「はい、おかげさまで」
「よかった。ああ、さっきまで***たちがライラを探していたんだけど、ヘルカが連れて出てくれたよ。今、三人で庭で遊んでいる」
「***と、****……」
「うん。二人とも、お母様が元気になるまでいい子で待っている、って言っていたよ」
おかあさま、とライラは呟き――そういえば、***と****とは、わが子の名前なのだという気がしてきた。
ユリウスは微笑み、ライラの下腹にそっと触れた。
いつの間にかそこはふっくら膨れていて、ユリウスの骨張った手が愛おしそうにドレスの布地を撫でている。
「次は、男の子かな、女の子かな。また、この屋敷が賑やかになるね」
ユリウスのその言葉で、やっとライラは気づいた。
(……ああ、そうなのね。これは、夢なんだ)
だからずっとぼんやりしているし、色々なことが「そんな気がしてきた」で片づけられる。試しにこっそり手の甲を抓ってみたが、痛くない。
夢の中のライラは、変わらずユリウスやヴェルネリ、ヘルカと一緒に暮らしていて……子どもが二人いる。そして近いうちに、三人目の子どもを産む予定のようだ。
(なんて……なんて幸せな夢なんだろう……)
感動に浸るライラを見て、ユリウスはライラの肩に触れていた手をそっと手首にずらした。
「調子がいいのなら、外に出ようか。***と****が、お母様を待っているよ」
「そうですね。……でも私だけじゃなくて、お父様――ユリウス様のことも待っているはずです」
するりと、そんな言葉が出てくる。
振り返ったユリウスは驚きに目を丸くして……そして、幸せそうに頬を緩ませた。
「そうだね。じゃあ、行こう」
「はい。……あっ」
ユリウスについていこうと思ったのに、するり、と彼の手から自分の手が離れてしまう。
「ライラ?」
ユリウスが不思議そうに振り返ってくるが――ライラは、気づいた。
周りの風景が滲んで、別の音が聞こえてくる。
目覚める時間が来たようだ。
(もう少し、この夢に浸っていたかったけれど……)
「ユリウス様」
少し離れたところで、ライラの愛する夫が立っている。
玄関のドアが開き、子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
今はここで手を離してしまったけれど、大丈夫。
この夢は――ここでは、終わらないから。
「……もうちょっと、待っていてくれますか」
薄れゆく意識の中でライラが言うと、ユリウスの声がはっきり聞こえた。
「うん、待っているよ。……ゆっくりおいで、ライラ――」
ライラははっと、目を覚ました。
今、ライラは寝室のベッドに寝ていた。部屋はまだ薄暗くて、カーテンの隙間から漏れる光も微かなものだ。朝まで、もう少し時間がありそうだ。
隣を見ると、すやすや眠る夫の姿が。髪はいつも通り長くて、二十代半ばの顔つきをしている。
(……さっきのはやっぱり、夢だったのね)
そっと手を伸ばして、ユリウスの麦穂色の髪に触れる。
もう片方の手はそろそろと下ろして、自分のぺたんこの腹部にあてがった。
少し年を重ねたユリウスと、大きなお腹を抱えた自分。そして、元気に育った子どもたち。
あれは夢だけれど、ただの幻ではない。
きっと、近い将来歩むことになる夢。
夢の中のユリウスには追いつけなかったけれど、彼は言ってくれたではないか。待っているから、ゆっくりおいで、と。
「……ライラ?」
ライラが起きている気配を察したのか、ユリウスがとろんと目を開いた。
起こしてしまって申し訳ない、と思い身を縮めたライラだが、寝ぼけているらしいユリウスはぱちぱちとまばたきすると、ライラの体に腕を回してきた。
「……ライラ? 魔力、ここに、何か……」
「ユリウス様……?」
「この辺に、もうひとつの……ううん、気のせい、かな。うん。きの、せい……」
ライラの腰や背中、腹をすりすり撫でながらユリウスはなにやらぶつぶつと言っていた。
だが次第にその声も聞こえなくなり、やがてすうすうという寝息が聞こえてきた。
(……寝言なのかな?)
むにゃむにゃ喋るので、ライラもうまくは聞き取れなかった。
それに、ライラもまだ眠い。ヴェルネリたちが起こしに来るまで、二度寝したい。
「……おやすみなさい、ユリウス様」
囁き、ライラは目を閉ざした。
ライラが見た、幸せな夢。
その夢の続きは、きっと、遠くない未来に描けるはずだ。




