41 レンディアの作戦
使節団の代表らしき貴族の男性の号令を受け、ユリウスたちは一斉に地を蹴り跳び上がった。
この中で魔道士でないのはライラだけなので、ライラだけはユリウスに抱えられた状態で運河を渡り――オルーヴァとの国境を越えた。
(だ、大丈夫! 皆、勝算があるって言っていた……!)
対岸はひどい有様だった。
先ほどまでは、ライラが抱きしめていた男の子が暴発しただけだったが、衝撃であの建物が破壊されたようで、あちこちから炎の渦や砂埃を巻き上げる竜巻など、でたらめな魔法が炸裂していた。
(建物にいた子たちも、暴発を起こしている……!)
「ライラ、子どもたちの人数は!?」
「五人! 建物の中に四人、こっちに一人でした!」
「全員、四人一組で子どもたちを鎮圧させよ! そしてライラ嬢に託せ!」
号令が飛び、さっと魔道士たちが散らばる。地上では黒ローブ集団が子どもたちの魔法に対抗しているが、明らかに押されているようだ。
元々オルーヴァは、レンディアほど魔道士の育成が進んでいない。使える者は使い、使えない者や失敗した者を切り捨てるやり方は、その場しのぎの戦力を作ることはできても、精鋭を育てることには向いていないのだ。
だからオルーヴァは、「兵器」を使う方法を採った。
「兵器」となる子どもを隣国に放り込み、暴発させる。そこで子どもが死ねば、オルーヴァが送り込んだという証拠も残らないから――
だがここには、「兵器」の存在を知る生き証人がいる。
そして彼の腕の中には、魔力を無効化し魔力過多を落ち着けさせられる体質持ちの女がいる。
突如、うねる紅蓮の炎が巻き上がった。
ライラは悲鳴を上げそうになったが、ユリウスの隣を飛んでいた魔道士の放った風によって炎はまき散らされ、赤い屑となって夜の荒れ地に散っていく。
(そ、そうだ。魔道軍の人は、十五年前に――ユリウス様を保護したことがある)
「兵器」だったユリウスを生かして保護できたレンディアは、きちんと教訓を受け継いでいる。
炎をかき分け、風を鎮め、砂地に座り込んで号泣する少年に急接近し――
ユリウスの右手の一振りで、子どもが衝撃を受けたようにくらりとする。すかさず別の魔道士が地面まで急降下して子どもを抱き上げると空中にとんぼ返りし、ライラが差し出した腕に渡した。
とたん、子どもはびくっと身を震わせて、涙でぐしゃぐしゃになった目でライラを見上げる。
「マ、マ……?」
「そうよ、ママよ。さっき……助けてくれたよね? 本当に……ありがとう」
先ほどこの子は、魔力の暴発を起こした――がその際、ライラだけを吹っ飛ばして川の方に押しやってくれたのだ。
あの川を越えればきっとライラが助かる、そう判断した彼の決断が、今に繋がっているのだ。
子どもをぎゅうっと胸に抱くと、ユリウスが眠りの魔法を掛けた。くたりとした男の子を魔道士に託し、崩壊した建物の方へ飛ぶ。
途中、呆然と空を見上げる黒ローブ集団の姿が見え、例の代表らしき男性が笑う声が聞こえた。
「見よ、オルーヴァの魔道士! どうやらユリウス・バルトシェク殿が、急な事故で困っているそなたらのために、救援に来てくださったようだぞ!」
そう、これがユリウスたちの作戦。
偶然近くを通りがかった使節団が、困っている様子のオルーヴァ魔道士たちを助けに行ってあげた。両国とも無意味に国境を侵したわけではなくむしろ、レンディアが敵国オルーヴァに恩義を与えたことになる。
次々に子どもたちの魔力が払われ、ライラの腕の中で落ち着く。
「ユリウス様、最後の子です!」
「ああ!」
半壊した部屋の隅で丸くなっていた女の子の体がふわりと浮き、ライラの腕の中に収まる。
「もう大丈夫。ほら、ママが来たわよ」
ライラが優しい声で言うと、女の子はライラを見、そしてそのライラを抱きしめるユリウスを見、目を瞬かせた。
「ママ……パパ……?」
ぽかんとして呟いた少女はすぐにユリウスの魔法で眠りに落ち、
「……いや、それは違うと思う」
ユリウスはぼそっと呟いたのだった。
ミアシス地方の大河周辺で起きた争乱は少々オルーヴァの大地を抉ったものの、レンディア側にはほとんど損害のないまま終わった。
レンディア国王の命令を受けてミアシス周辺の調査に来ていた使節団は、偶然対岸で魔法の暴発が起きているのを目撃した。そして、偶然使節団に加わっていたユリウス・バルトシェクらの善意により救出に向かい、オルーヴァ側は被害を最低限に抑えて事を収めることができたのだった。
魔力の暴発が起きた原因は不明とされ、おそらく魔道の実験か何かの失敗ではないかと使節団代表は報告した。それを受けてオルーヴァ王は、自国の魔道士の勝手な行動により迷惑を掛けたことをレンディア王に謝罪し、機転を利かせた使節団への謝礼も兼ねて賠償金の支払いを提案した。
だが、レンディア王はこれを却下した。代わりに、「同じような事故の再発防止に努めること」を条件に、今回の件を終わらせるよう告げたのだ。
オルーヴァ王はこれに応じ、国境沿いでよく分からない実験をしていた者たちを処罰すると宣言した。
なお事故の際、救出に向かったユリウス・バルトシェクがうっかり数名の魔道士を吹っ飛ばして負傷させたりしたとのことだったが、オルーヴァ王がこれについて咎めることはなかったという。
一般市民に知らされたのは、この程度のことだった。
そのため、実際は両国王間でかなりの睨みあいがあって、これは実質オルーヴァにとっての敗北宣言であったこと。そしてオルーヴァ出身の子ども五人がひっそりと国境を越え、王都の魔道研究所に引き取られたことなどを知る者は、ほとんどいなかった。




