31 婚約者と共に②
「僕も、自分にはデザインのセンスはないと思っていたんだ。実際、君を婚約者として迎えることになった頃は、どんなものを贈ればいいのかちっとも分からなくて、ヴェルネリにも呆れられていたくらいだ。でも……仕立屋を呼んだ時は、全然違った」
ユリウスがライラの顔の両側で垂らした髪の房を手に取り、ヘルカが丹念に手入れしたその手触りを楽しむかのように軽く弄ぶ。
「色見本やドレスのカタログを見せられたけれど……すっと、頭の中でイメージが湧いたんだ。ライラにはこの色が似合う。このデザインだときっと、とても可愛らしい。それと……あまり肌を見せないものの方が、僕が嬉しいとか」
「あら……」
「だって、君のきれいな肌を見る男は僕だけでいいはずだろう。……君が笑ってドレスを着ている姿を想像すると、あっという間に案が固まった。ヴェルネリの助言もほとんど入れないまま注文したんだけど……こんなに素敵に着こなしてくれるなんて」
一瞬ユリウスの指先がライラの頬を掠め、そこがオーブンで熱された天板に当たったかのようにかあっと熱くなる。
ユリウスは、ライラのことを考えるとすぐにドレスの案が決められたという。
「……私も、です」
「ライラ」
「私も、あなたならどんな服が似合うだろうかと考えて……決めたのです。だから、私が思っていた以上に素敵なあなたを見られて……その、嬉しいです」
もじもじしつつ言うと、ふふっと笑う声がした。ユリウスの指先がのど元を滑り、ペンダントに触れる。
「……これ、何色に見えた?」
「えっと、黄色……ですか?」
「そんなところ。じゃあ、僕のリボンとこの留め金の色は?」
「紫……ですね」
そういえば、ヴェルネリに紫色を入れてはどうかと提案されたのだ。
ライラはもっと濃い色がいいと思ったのだが、ヴェルネリはライラの目をじっと見て、もっと薄い色を――
(あっ、まさか)
「これ、ユリウス様の目の色……?」
「そう。そして、僕ののど元と首筋にあるのは、君の目の色。お互いの目や髪の色をアクセサリーに入れると仲よくなれるって、ヴェルネリに教えてもらったんだ」
ヴェルネリよくやった、と今頃扉の向こうにいるだろうむっつり魔道士に心の中で拍手を送っておく。
ライラの胸元には、ユリウスの色が。
ユリウスののど元と首筋には、ライラの色が。
(……嬉しい)
「……ありがとうございます、ユリウス様」
「僕の方こそ、ありがとう。一緒に夜会を楽しもうね」
「……はい!」
リスト将軍の邸宅は、バルトシェク家本邸からほど近い場所にあった。
馬車にヘルカを待たせ、ライラはユリウスの手を取って下車する。周りには同じように将軍に招かれた貴族や魔道士たちがおり、ライラはユリウスの腕に掴まる手に力を込める。
(……大丈夫)
ユリウスを見上げると、ライラの視線に気付いた彼が目線を落とし、ふわりと微笑んだ。大丈夫、と彼の瞳に囁かれ、ライラは頷いて前を向く。
五百人規模を招けるというだけあり、玄関ホールを抜けた先の大広間は反対側がうまく見えないほどの広さだった。
ユリウス曰く、リスト将軍はたまにこの大広間で魔法の披露をしたり模擬試合をしたりするそうだ。それならば、この広さも納得である。
「ユリウス・バルトシェク様並びに、ライラ・キルッカ様、ご到着です」
身内だけのパーティーだった前回と違い、今回は大勢の招待客がいるため、入り口で招待状を見せた。
その都度使用人が入室者の名を呼ぶので、ユリウスの名を聞いた者たちがざわめき、何百対もの目がライラたちに向けられるのを感じる。
それらの目はバルトシェク家の者たちと違い、穏やかなものだけではない。
ユリウスの見目に驚く者、うっとりする者、訝しげにする者――隣にいるライラを、睨んでくる者。
(大丈夫、俯いたりしない)
ライラは堂々と胸を張り、ユリウスの側にいればいい。ライラには美貌も財力もないかもしれないが、それをおくびにも出さず強がることも、社交界で生き残る術の一つなのだ。
大柄な体躯を持つリスト将軍に挨拶をしたら、挨拶回りの始まりだ。
基本的なことはユリウスが全て済ませてくれるので、ライラは彼の隣でその都度自己紹介し、問われたことだけに答えればいい。のだが。
(いやー……予想はしていたけれど、婚約者持ちだろうと何だろうと、貴族のお嬢様はたくましいな!)
数ヶ月前は「亡霊魔道士」と呼ばれ、名家の養子でありながら陰口を叩かれていたユリウス。
彼が見違えるほど美しい貴公子になった途端、色とりどりのドレスを纏う令嬢たちが押し寄せてきたのだ。
彼女らがユリウスに向けるのは、明らかな好意の眼差し。彼女らの中の一体何人が、かつての彼を陰で笑い者にしていなかったのだろうか。
「ねえ、ユリウス様。もしよろしかったらこの後、わたくしたちとお話ししません?」
「もちろん婚約者様もご一緒に。お二人のなれそめを是非、伺いたくて」
甘い声で囁きながら寄ってくる令嬢たち。誰も彼も例に漏れず立派な胸を持っていて、数名は明らかに、彼女らよりずっと貧相なライラの体を見てくすくす笑っている。
令嬢たちは、とてもきれいだし教養も深い。外で活動してきたライラより肌が白いし、おそらく魔道士としての素質も持っている。
淑女としての能力だって、所詮上流階級平民のライラでは足下にも及ばないほどだろう。現にライラは、裁縫や楽器などはできるが、ダンスはてんでだめなのだ。
(……でも、くじけない。ユリウス様を困らせたり、しない)
ライラが嫌がれば、ユリウスは女性たちを素っ気なく拒絶するだろう。それでこの場は凌げられても、今後の彼の行動に支障を来すかもしれない。
他人の足手まといになるのは、嫌だ。
無力で非力なりに、しゃんと背筋を伸ばして立っていたい。
「ですって、ユリウス様。素敵なご提案ですが、いかがなさいますか?」
ライラが小声で問うと、ユリウスは考える素振りを見せた後、ライラに微笑みを向けた。
「せっかくだけど、僕はライラ以外の女性と一緒にいるつもりはないから。……悪いけれどお嬢さんたち。僕は可憐な婚約者だけを側に置いておきたいので、遠慮させていただきます」
「まあ……そうですの」
「残念ですが、仲がよろしいのは素敵なことですね」
「また今度、お声を掛けさせてくださいませ」
ライラの我が儘ではなくユリウスの判断で断られたからか、令嬢たちはわりとすんなりと離れていった。
(思ったより、諦めがよかった……?)
そう思って彼女らを見ていると、もう別の若い男性に熱心に声を掛けていた。
(ああ、なるほど。貴族のお嬢様は本当に、たくましいんだな)
どうやら彼女らは未婚のようだし、あそこまで割り切りがよければライラもなんだかほっとして、先ほどくすくす笑われたことも水に流そう、という気になってしまう。
それはユリウスも同じだったようで、ライラを見下ろしたユリウスはちらっと令嬢たちを見て、苦笑をこぼした。
「それじゃあ、挨拶回りを続けようか」
ユリウスに言われたので、
「はい。お側におります」
ライラは彼の腕に擦り寄り、微笑んだ。




