21 あなただけの魔道士①
小さい子どももいるしアンニーナの体に障ってはならないということで、パーティーは夕食の時間を過ぎた頃にはお開きになった。
ほとんどの参加者たちは王都にある自宅に戻るのだが、ユリウスの屋敷は郊外にあるため、宿泊する旨を事前に伝えている。もちろん、ユリウスとライラの部屋は一緒だ。
(退出のご挨拶をした時のイザベラ様、すごくいい笑顔をされていた……)
彼女はライラにはにこにこ笑顔で就寝の挨拶をし、ユリウスに関しては彼の袖を引っ張り、何事か囁いていた。その直後、ユリウスが少し困った顔で「それはないから、安心してください」と言っているのは聞こえた。
イザベラが何を言ったのかなんとなく予想が付いたが、ライラはあえて気付かないフリをすることにした。
巨大な邸宅にふさわしい客室はリビングだけでもかなりの広さで、部屋一つ一つに浴室が付いている。
既にヘルカのようにメイドが湯を温めてくれていたので、ユリウス、ライラの順に湯に浸かってから寝室に向かった。
「お、お待たせしました」
「気にしなくて……ちょっと、ライラ。髪がまだ濡れているよ」
急いで寝室に向かうと、まだ明るい部屋で本を読んでいたらしいユリウスがライラを見て、むっと目を細めた。
「それでは風邪を引いてしまうだろう」
「あの……すみません。ユリウス様を待たせてはならないと思って……普段はヘルカが乾かしてくれ――ひゃっ!?」
「ほら、じっとしていて」
すたすた歩み寄ってきたユリウスがライラの頭の上に手をかざすと、ふわっと温かい風がライラの髪をくすぐった。ヘルカがやってくれるのと同じ、熱風の魔法だ。
ユリウスはヘルカよりも魔力が強いからか、彼女よりも短時間でライラの髪を乾かし終え、最後にさっと冷風を吹きかけて髪を整えてくれた。
「はい、できた。……変なところはない?」
「あ、ありません。ありがとうございます、ユリウス様」
「……実は一度、こうやってライラのきれいな髪を乾かしてみたかったんだ。だから僕の方こそありがとう、だよ」
ふふっと笑ったユリウスに囁かれ、ライラの頬が熱風を浴びた以外の理由でかっと熱くなる。
「そ、その……これまであまり、ユリウス様が魔法を使われる場面を見たことがなくて……今日は驚きっぱなしです」
「……うん、それもそうだね」
恥ずかし紛れで言ったライラだが、それに答えるユリウスの声は思ったよりも淡々としている。
ライラはそっと目線を上げたが、ユリウスは今は何も言わずライラの手を引いてベッドに向かった。
そして自邸にあるものよりさらに立派なそれに腰掛けると、一言断ってからライラの肩を抱き、そこに額を押しつけるように顔を埋めてきた。
(……お疲れ、なのかな)
既に完璧に乾かしているユリウスの艶のある髪を撫でていると、くぐもった声で名を呼ばれた。
「……君の言うとおり、僕はこれまでほとんど、君の前で魔法を使わなかったね。でも別に、魔法を使うのが嫌というわけじゃないんだ」
「……そう、ですね。最初の夜に、私を眠らせてくださったりしましたっけ」
「ああ、そうだね。その時みたいに、必要な時には魔法を使う。そっちの方が便利だし、僕も魔力過多にならずに済むからね」
そこでユリウスは一旦言葉を切り、ふうっと丸い息を吐き出した。
「……さっきパーティーで、子どもたちに魔法を使って、って請われたよね。あれ、どうだった?」
「えっ? ……えっと、光が降ってきたのはとても幻想的できれいで、薔薇の花を出してくださったのは少しびっくりしたけれど格好よかったです」
ちなみにその時に出した白薔薇は今、隣の部屋の花瓶に挿している。明日持って帰って、きちんと廊下の花瓶に戻すつもりだ。
もしかしたら、花の数が減ったことに気付いたヴェルネリが今頃慌てているかもしれない、と笑いながら話をしたのが、風呂に入る前のこと。
ライラの素直な感想に、ユリウスが肩口でくすくす笑うものだから少しくすぐったい。
「ありがとう。そう言ってくれて……本当によかった」
「……」
「……何なんだろうね。魔法は便利だし、普段からもっと積極的に使えばいいというのも分かっている。それに、僕が本気になったら……多分、この王都くらいなら一瞬で灰燼に帰せる」
ライラは、何も言わなかった。
ユリウスは決して、己の実力を誇示したいわけでも、ライラを脅したいわけでもないのだろう。
それは分かったがまだ彼の意図が掴めないので、黙って先を促す。
「でも……僕はやっぱり、そういうのに魔法を使いたくない。怖い、という感想を抱かれるより、きれい、と思ってほしい。痛い、と言われるより、すごい、と言ってもらいたい。恐ろしい、と恐怖の表情で言われるんじゃなくて、ありがとう、と笑顔で言ってもらいたいんだ」
ぎゅ、とライラの肩を抱く手に力が入り、まるでそれが彼の心の悲鳴であるかのように感じられる。
彼が一体何を経験していて、なぜ叫んでいるのか、ライラには分からない。
教えてもらったことがないから、知りようがない。
彼は、七歳『頃』の時に保護されたと聞いている。
そしてかつて、木の根や枯れた葉のようなものしか食べられなかったので、野菜が嫌いになったと言っていた。
(ユリウス様、あなたは――)
一体何を、抱えているのですか。
だがその質問は、ライラの口を衝いて出ない。
それを軽々しく聞いてはならない、少なくとも今は聞くべき時ではない、と分かっていたから。
だからライラは腕を伸ばし、ユリウスの頭をそっと抱き寄せた。今は彼が屈んでいるので、いつもなら見られない彼のつむじに頬を寄せられる。
「さっきユリウス様が見せてくれた魔法も……これまでちらっと見せてくれた魔法も、どれもすごくて、きれいでした。あなたの魔法で私が傷ついたことは、一度もありません」
「……」
「さっき子どもたちに請われた時も……もっと派手な魔法を使おうと思ったら使えたはず。でもあなたはあえて、美しくて素敵な魔法を使った。誰も傷つけない、優しい魔法でした」
本気になれば一撃で王都を焼き尽くせるのに。
彼のことを悪く言う者たちを、一瞬で亡き者にできるのに。
「私、あなたの魔法が好きです」
「……」
「私はあなたのことを何も知らないし、これっぽっちの魔力も持たないただの人間です。でも少なくとも今私は、あなたのことをとても好ましいし、あなたの魔法は人を幸せにし、世の中を便利にできる、素敵なものだと思っています」
あなたは優しい人だ、あなたの魔法は無害だ、と断定することはできない。
だが、「今のライラ」が知っている範疇で物事を判断し、そして「今のライラ」が思っていることを正直に伝えることは、できるはず。
だから。
「……気が向いたら、でいいです。また、あなたの素敵な魔法を見せてください」
「っ……」
「光と花を生み出しても、どこからともなく花を取り出しても、髪を乾かしてくれても、私はとても嬉しいです」
もそりとユリウスの頭が動き、ヘーゼルの瞳がライラを見上げる。
二ヶ月前よりも強い光を擁するようになった双眸が、じっとライラを見据え、ライラの胸をどきどきと高鳴らせてくる。




