19 バルトシェク家のパーティーにて①
ライラが服の仕立てをした約十日後。
ライラとユリウスはテーブルを挟んで座り、そこに置かれた一通の手紙をじっと見ていた。
手紙の差出人はユリウスの従姉で、イザベラ・バルトシェクの長女にあたる女性。
「……パーティーに、行こうと思う」
ユリウスの言葉に、ライラは固唾を呑んで頷く。
差出人であるアンニーナ・ヒルヴィは、二年ほど前に伯爵家に嫁入りしている。そんな彼女は最近妊娠が判明したらしく、お祝いのためにバルトシェク家に戻ってささやかなパーティーをするそうだ。
参加者はバルトシェク家の関係者くらいで、集まったとしても二十人程度。それに是非、ユリウスも来てほしいとのことだった。
「アンニーナは僕より一つ年上だけれど、子どもの頃は一緒に魔法の訓練もした仲だ。結婚してからもまめに手紙をくれていたし、せっかくの祝いの場なのだから、今回は贈り物と手紙だけで済ませず、参加したい」
「……はい」
「おそらく会は夜には終わるだろうけど、距離を考えるとどうしても一泊することになるし、僕の魔力がいつまで落ち着くか分からない。それに……婚約者である君を、皆に紹介したい。代筆とか誰かの言伝とかじゃなくて、僕の口から君のことを紹介したいんだ」
ユリウスの言葉からは、固い決意が感じられる。
婚約者と一緒に実家のパーティーに参加するというのは、普通の貴族なら当たり前のようにしていることだ。だが、魔力過多になりやすく体も弱いユリウスにとっては、かなりの挑戦になる。
(前回の夜会では、私に会わなければ魔力過多になっていたみたいだし……)
だが、ライラが側にいれば彼は魔力を溜め込んだり、発散のために席を外したりしなくて済む。そうすれば子どもの頃から懇意にしている従姉の懐妊を祝うだけでなく、ライラを紹介することもできるのだ。
ライラはアンニーナからの手紙をちらっと見た後、顔を上げて頷いた。
「はい、もちろんです。お供させてください」
「ありがとう。……身内だけの会になるから、君もそこまで気を張らなくていいよ」
「えっ……ま、まあ、それはそうですが……」
ユリウスにとっては身内でも、残念ながらライラにとっては名門バルトシェク家の皆様だ。
一族の者はもちろん、アンニーナの嫁ぎ先や他の縁者も皆例に漏れず優秀な魔道士らしく、魔力の欠片もないライラがいればまさに異物混入状態ではないか。
ライラの不安を察したのか、ユリウスは目を細めて肩をすくめた。
「魔力のことなら、気にしなくていい。皆もライラのことは分かっているし、悪し様に言う人はいないよ。というか、ライラも招待しているというのにそんな人がいるようなら、伯母上が黙っていないし」
「そう……ですか」
イザベラは、くしゃみをしただけで山が吹っ飛ぶという噂もあるくらいの大魔道士だ。
そんな彼女に可愛がられているというユリウスや、ユリウスの婚約者であり独自の提携も結ぶキルッカ商会の娘であるライラに嫌味を吐けるような豪傑はいないようだ。
ライラも納得したので、ユリウスはほっと頬を緩めた。
「それじゃあ、僕もライラも出席ということで返事を書いておくね。……ああ、そうだ。ライラが着飾るのを見るのは、これでやっと二回目になるね」
「え? ……あ、そっか。初対面の時以来ですね」
あの時のライラが着ていたドレスは、両親が準備してくれたものだ。
せっかくなのでそれも持ってきてクローゼットにしまっているのだが、ユリウスの婚約者として参加するのならやはり、彼に贈られた品を纏うべきだろう。
ユリウスは頷き、ふわりと微笑んだ。
「……ライラが着飾った姿、楽しみだな。きっととてもきれいだよ」
「あ、ありがとうございます。ご期待に添えるよう、私も努力します……」
「うん、楽しみにしているよ。僕も君の隣に立って恥ずかしくないように心がけるね」
ユリウスは張り切って言うが、どう考えてもライラの方が努力をするべきなので、ライラは曖昧に笑うだけだった。
バルトシェク家は王都にも複数の邸宅を建てているが、高位貴族たちの邸宅の並ぶ一等地に本邸を構えている。
ここらは面積だけでも相当なもので、門をくぐってから屋敷の入り口に行くまででも馬車を必要とするくらいだ。
しかもその先にそびえる屋敷は、平民のライラからすると城か何かと思うほど大きい。ユリウスの別邸がいかに小振りで慎ましいのか、これでもかというほど思い知らされる気分だ。
「緊張している?」
「……かなり」
ユリウスと揃って馬車を降りたライラが正直に答えると、ふふっと笑う声が降ってきた。
今日のユリウスは冬用の白い礼服を着ている――が、ジャケットはまだしも脚周りはかなりきつくなっていたので、急いで仕立屋に頼んでスラックスだけ早めに完成してもらった。
艶の出てきた髪を首筋で結わえている様も衣装も、二ヶ月ほど前の初めて出会った夜とほとんど同じだ。
だが、そんな格好をするユリウスはかなり見違えている。
(間違いなく、格好よくなっている……)
ヴェルネリによる栄養バランスの取れた食事とライラの作る菓子、そして夜の睡眠により、隈は完全に消えたし頬にも肉が付いた。以前は骨と血管が浮き出て見えた手には、多少なりと厚みがある。
そしてライラは知らないが本人曰く、「肋骨の浮き出具合が分かりにくくなった」とのことなので、腹周りもスマートな男性といった程度にまで回復したようだ。
そんな彼の隣に立っても恥ずかしくないよう、ライラは朝からヘルカを巻き込んで髪や肌の手入れ、化粧に魂を注いだ。
髪はピンを使って結い上げ、生花そっくりの造花を飾って髪の短さを誤魔化す。また婚約前はほとんど使わなかった白粉やチークなどを使って、肌の白さと血色のよさをアピールしていた。
ドレスは、ユリウスから贈られたもの(デザインしたのはヘルカだが)の中から、薄いブルーのものを選んだ。
上半身は胸元や袖口に細かいレースが付いているだけでシンプルだが、その分オーバースカートにはたっぷりの布を使ってアシンメトリーのドレープを作っている。ドレープの隙間からは下の白いスカートが覗いており、空にぽつんと雲が浮かぶ秋の晴れた蒼穹を描いているかのようだ。
ヘルカに手伝ってもらってこのドレスを着、おずおずとリビングに現れたライラを見、ユリウスははっと息を呑んだ後、「とても、きれいだ」と感慨深そうに言ってくれた。もうそれだけでライラは舞い上がってしまい、ヴェルネリに「落ち着きがないです」と叱られてしまったものだ。
いずれバルトシェク家の一員になる者として、ライラののど元を飾るペンダントトップの石には、バルトシェク家の家紋が彫られている。
燃え上がる炎のような紋章入りのペンダントはリビングでユリウスに付けてもらったもので、これを付けると「背筋を伸ばせ」「自信を持っていろ」と叱咤激励されている気持ちになって、自然と背筋も伸びた。
ユリウスの腕に掴まり、玄関ホールに足を踏み入れる。今日はヴェルネリとヘルカは屋敷で待機なので、ここから先は自力で頑張らなければならない。
緊張するライラとは対照的に、ユリウスにとっては実家に帰っているようなものだからか、彼はすれ違った人たちに積極的に挨拶していたし、皆もユリウスを見るとさっと寄ってきて声を掛けてくれた。
「まあ、ユリウスじゃないの! あなた、本当に元気になったのね!」
「お久しぶりです、叔母上。こちらにいる婚約者のライラのおかげで、すっかり元気になれました」
「初めまして。ライラ・キルッカでございます」
「へえ、この人がユリウス兄さんの婚約者? 本当に非魔道士なんだ」
「非魔道士だけど、彼女の体質のおかげで僕は健康になれたんだよ」
「そりゃ聞いていたけど、本当なんだな。……あ、俺、ユリウス兄さんの従弟のヘンリー。よろしく、婚約者さん」
「はい、よろしくお願いします、ヘンリー様」
「……やあ、久しぶりだね、エステル。もう十四歳になったんだっけ?」
「うわー、本当にユリウス兄様だ! あ、その人が婚約者さん?」
「お初にお目に掛かります、ライラ・キルッカでございます」
「うん、初めまして! ユリウス兄さん、随分格好よくなっちゃって! ねえねえ、今度友だちに自慢してもいい?」
「あはは……ほどほどにしてくれよ」
本日の参加者は二十人程度ということだが、皆例に漏れず友好的で、ユリウスの隣に立ちながら挨拶を繰り返すライラの方が面食らってしまった。
(本当に、いい人たちばかりだ……名家の方って、もっと堅苦しい感じだと思っていたけれど)
挨拶をしながらホールに向かうと、奥の席に見覚えのある中年女性と知らない若い女性の姿があった。
(あっ、イザベラ様だ。隣にいらっしゃるのが、アンニーナ様かな)
ライラの予想は当たっていたようで、ユリウスは真っ直ぐ彼女らのもとに向かい、ライラと揃ってお辞儀をした。




