7(占)
帰宅すると、はるかは風呂に入っているところだった。私ははるかが消えていないことに安堵する。
はるかがこの家に転がり込んできてから、もう半年以上になる。こんな生活を半年も続けて、平然としている私たちは、どこかで間違えている。はるかはきっと、実家には帰っていないどころか、連絡すらしていないに違いない。だって、それは出来ないはずだ。私はそれを知っている。知ってしまっている。そんなことは知りたくなかったのに、知ってしまっていて、そうしてそのことを隠している。見て見ぬふりをしている。傲慢で、ひとりよがりだ。はるかとこうしてずっとふたりで暮らすことなんて、できるはずがない。許されない。そのことを思うときの後ろ暗さを、私は打ち消しながら、風呂に急襲した。
「おかえりー、ってえええ!」
めっちゃお湯かけられた。
「いきなり開けないでよ!」
「いきなりじゃないと開ける意味が無いからねぇ」
「あるよ!」
「あるの?」
「……八恵の馬鹿!」
そう私は馬鹿なので、濡れた服を着替えると机に向かってしまう。はるかと一緒にお風呂に入ったことはない。だってそれはどうしたって、視えすぎてしまうじゃないか。ゲームの中みたいに、一晩で一人しか占えないとか、そういうルールがあるわけでもないけれど。だから狩人を占って無駄な消費だとか、そういう話じゃないけれど。でもなんでも見れば良いってものじゃない。
風呂場から、まだはるかがぶつぶつ言っているが、だからこそ机に向き合えるのは今のうちだ。
大昔の律令国家では、卜部たちが亀卜によってまつりごとを占ったという。亀の甲羅を使って行う亀卜は、実は具体的にどうやるのか、よく分かっていない。国家の占い専門集団であった卜部は、亀卜の手法を秘匿し、文字に残さなかった。亀の甲羅を炙ってヒビ割れを見るという説が有力だが、熱した鏨で叩くという説や、熱した木片を押し当てるという説もある。そもそも前工程として印を彫り込む工程があるという説がある一方で、それは予め占いの結果を操作するためのからくりで、後世の創作だという説もある。最終的に甲羅の割れた文様をどのように読み解くかも異説が多数存在し、定まらない。
占いは道楽ではなく、彼らにとって食い扶持だった。雇われ占い師にとっては、その占いの手法こそが生命の源泉であって、一子相伝、絶対に守らねばならない秘密だったのだろう。
私は別に、一子相伝とかじゃあないけれど。けれど、自分の占いの内容を、方法を、人に話したことはない。
それだけに。あの女、無量が思わせぶりに日記について語ったことが、私を不安にさせる。
しかし、まあ言われなくても日記なのだから、今日起こったことを書くのは自然なことだ。書けと言われなくても、聞いた話を書くことに違和感はない。そう思って私は素早くキーボードを叩きはじめる。実は日記帳である必要はなく、要は文章を書くという行為があれば問題はない。言葉を形にしていく瞬間、私は未来の言葉が見える。過去から積もってきた日記の言葉の向こうに、未来に書き込まれるべき内容までもが視えてしまう。
私は書く。
私は刻む。
亀の甲羅でも羊の皮でもなく、キーボードと画面に。
今日あったこと、考えたこと、伝えられたこと。
鬼が出るか蛇が出るか。
無量の話を書き終える瞬間、私に視えたのはどちらだったか。




