番外-トリップの裏事情
あ、どこかで見たことのある名前だなと思ったアナタ……アタリです。
ボクの名前はヨセミテ。お迎え天使です。
……とは言っても、ボクはドジばっかりしているから、この度3度目の任地異動です。
大体、初めてのお迎えの時、緊張しすぎて持ってたルルドの聖水でお迎え手帳の記録消ちゃったんですよね。しかも自分のじゃなくて、先輩天使のを。その先輩天使の方は、記録消した方の守護に降りていかれました。ボクはまだ慣れてなかったってことで、場所替えだけで済んだんですけどね。
次の場所、「オオサカ」ではかなり頑張っていたんですけど、ちょっとトラブルがありまして……ボクがお迎えに行っても天使だと信じてもらえなくて、頑として受け入れて下さらなかった方がいらっしゃったんですよ。結局、ブロックリーダーミカル様のお力を借りて事なきを得たんですが、
「君にはこの地は難しいのかも知れない」
とミカル様がおっしゃいまして、この度、この地に参りました。ただ、「オオサカのおばちゃん」という人種はかなり難敵らしいです。
「ヨセミテ、君は運が悪かったんだよ。オオサカのおばちゃんは最強だからね」
ボクがオオサカを去る際、他の天使たちが挙って言って下さったことからもそれが伺い知れます。
新しい任地は地球ではなく、オラトリオのアシュレーンという国のメイサという町でした。
この世界の人々の一部は言葉に力を込めることができます。その人々はその力がどこから来ているのかよく分かっているので、どんどんと新しいことを生み出していても、それがまるで自分の手柄のように思っている地球の人々よりもトラブルは少ないだろうということでした。
オラトリオで経験を積めば、後にまた地球に戻るということもあるかも知れません。あ、別に地球に特別な思い入れがあるとか、そう言うのではないのですが、やっぱり悔しいというかその……どうせなら、「オオサカのおばちゃん」に勝ってみたいではありませんか。天使が闘争心を燃やすなどあってはならないのかもしれませんが。
で、ボクは些か鼻息荒く早速お迎えにきたのですが、対象者はその場所にまだいませんでした。お迎え時間を確認すると……しまった、あと8時間もありました。オラトリオの初仕事とあって、ちょっと早く着きすぎたようです。
対象者はフレン・ギィ・ラロッシュ、26才の男性。彼は治癒師で、今から8時間後、薬草を探している途中に野生動物の牙に倒れ止血死する予定です。
ここでお迎え時間を待つのもなんなので、ボクは対象者の家に向かいました。
対象者は、自室でお酒を飲みながらぶつぶつと何か言っていました。よく聞いてみると、どうやらお母様やお兄様に結婚をせっつかれているようです。
この方はあと8時間でお亡くなりになられるのですから、奥様やお子様がおられたら、この年で残して逝かれるのはさぞ心残りでしょうし、ボクなどはこれで良かったと思うのですが。ですが、人は逝くまで命の期限を知らないのですから、仕方ありません。
その内に対象者は天の采配に文句を言い始めました。
<俺に伴侶があるのなら、今すぐ見せろ>
対象者は酔った勢いで、力ある言葉でそう言いました。とは言え、もうすぐ命の終わる彼にはそんな女性はいないのですから、見せようがありません。何も起こらない-それが最大の答えなのでしょうけど、もっとハッキリと解るにはどうしたら良いのか……そうだ!
ボクは彼をオオサカの町に連れ出しました。ぜんぜん違う世界に連れて行けば、オラトリオに彼の伴侶となるべき女性はいないのだと理解すると思ったのです。
しかし……事態は思わぬ方向に進んでしまいました。対象者がオオサカの町にいた女性に一目惚れしてしまったのです。対象者は彼女の夢を見るために(この世界では言葉の力で夢を相互に分け合うということができるのです)薬草取りには行かず、結果野生動物に襲われることはありませんでした。そう、ボクは彼のこれからの人生変えてしまったのです。
慌てて報告したボクに、ブロックリーダーヨナタン様は頭を抱えしまわれました。
ですが、たまたまその一目惚れした女性-神部千鶴、22才-も一ヶ月以内にガス爆発事故で亡くなる運命でした。そこで、あちらのブロックリーダーミカル様と相談の上、事故の直中にオラトリオへ飛ばすことになりました。
元々、彼女の地球での命はそこで終わるのですから、地球側にはさしたる影響はないからと、ミカル様はおっしゃって下さいました。これで、地球側は解決です。
そして、オラトリオ側は、あの、ボクがルルドの聖水をこぼした時に先輩天使がしたように、ボクも対象者の守護をする事になりました。
でも、ボクが彼らの許に現れたのは、聖水をこぼしたときの先輩天使のように人間ではなくて、ファビィという真っ黒な獣として。しかも、ボクは生まれたばかりでした。それでも、やっとお会いできた千鶴さんに、
『この度は大変ご迷惑をおかけしました。でも、これからはボクが誠心誠意お二人をお守りします』
と、喜々としてご挨拶しました。ただ、それはファビィの言葉ですので、彼女には全く通じていなかったようで残念です。
その内、ボクの母獣がやってきて、母はボクが千鶴さんに虐められていると勘違いしてしまいました。ボクが、
『虐められてなんかいません!!』
と一生懸命叫んでも聞いてはくれません。
そこで、母の頭を冷やさせるため、フレンさんが死なない程度に力ある言葉を繰り出してくれたのですが、逆に母はそれで余計にいきり立ってしまい、フレンさんの肩口にその鋭い牙を立ててしまいました。そして、次の瞬間、千鶴さんはそれまで自由に使うことが出来なかった力ある言葉で、母を黒こげにしててしまったのです。
なんと言うことでしょう、ボクは守るために来たのに、誰も守れなかった。千鶴さんもフレンさんも、そして縁あって母となったファビィさえも。
まだまだ幼獣ではありましたが、そんなこと何の言い訳にもなりません。こんなボク、天使失格どころか、生き物失格です。すぐに、存在自体を消して下さい、ボクは神様にそう祈りました。
けれど、それは聞かれることはありませんでした。泣いても泣いても何も変わりません。
そうしてしばらく、母の亡骸の前で呆然としていたボクでしたが、やがてボクは運ばれていったフレンさんの血の臭いを辿って歩き始めました。千鶴さんはもちろんですが、予断を許さぬ状況ではありますが、フレンさんもまだ生きておられます。ボクの仕事はまだ終わってはいないんです。
フレンさんたちの家に着くと、千鶴さんはボクのか細い鳴き声を聞きつけて、びっくりしたような顔で表に出て来て、ボクを抱きしめてくれました。そして、
「ごめんな、あんたのお母ちゃん殺してしもて……」
と泣きながら謝ってくれました。母はボクを守るため、千鶴さんはフレンさんを守るため、どっちが悪いなんて言えません。強いて言えば、ボクという存在が一番悪いのです。ボクがいなければ、フレンさんも千鶴さんもこう何度も人生を変えられることはなかったのに。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
しかし、フレンさんはアシュレーン中の治癒師が挙って治療にあたった結果、一命を取り留めることができ、千鶴さんと結婚しました。
そして、ボクは煮え切らなかったお二人の仲を取り持ったということで、無事? サンボという名をいただき、晴れてフレンさん家の飼いファビィとなったのでした。
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-そして、ヨセミテ改め、サンボはファビィとして、その後の生涯を全うした-
「あの子にとっては、生まれなかった方が良かったのでしょうか」
たとえそれが、魔法のおかげで新しい技術がなかなか生まれないオラトリオに、地球からの新しい風を吹き込むために必要なことだったとしても。
遙か彼方の天上で、ヨセミテの生涯を思いため息を付いたのは、一番長く彼を指導したミカル。
「いや、そうでもないんじゃないですか? ファビィ生活結構性に合ってたと、俺は思うけど」
それに対してそう答えたのは、彼の最初の指導者イシマエル。
「そうですよ。アンジュと共にサンルームで丸まっている晩年の彼は本当に幸せそうないい笑顔をしてましたもの」
すると、彼の最後の指導者ヨナタンがそう言った。
……そうだな、幸せの形は、生き物の数だけ存在するのかもしれない。外野がとやかく言うことではないのかもしれない。それを聞いて、ミカルはそう思った。
※すいません、この話は拙作、「存在、証明できません!?」とのコラボでして、あちらのかなりネタバレな記述があります。
てな訳で、ファンタジー同士たすくの頭の中ではちゃんと繋がっていたというお話でした。




