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Cheeze Scramble  作者: 神山 備
魔法使いの妻編
52/61

義姉上の家族

 義姉上の家には義姉上はもちろんの事、義兄上とチーズの甥にあたる二人の少年が待ちかまえていた。

【おいこら変なガイジン、ちる姉を返せ。ちる姉は俺のやねんぞ】

【コラ、拓海。お客さんになに言うとん】

【こんなん客ちゃうやろ】

そのうちの年嵩の方が敵意をむき出しにして何かを言っていた。それを聞いた義姉上が苦笑しながら諫めているが、少年は俺を一瞥して視線を逸らす。

【あたしがいつたっくんのもんになったんな。

それにな、このにーちゃん、英語しかしゃべられへんから、あんたの言うてること解らんし。噛みつくだけムダや】

チーズはその様子を見て、そう言いながら優しく少年の頭を撫でた。

「すいません、こいつ下のが生まれる時、しばらくあっちにいたもんで、すっかり叔母さんっこなんですよ」

すると、義兄上が流暢なオラトリオ語で話しかけてきた。まぁ、こちらではオラトリオ語ではなく、エイゴというらしいが。

「私はこういう者です」

そして、義兄上が差し出した小さな紙には左隅に小さな文字でサファイアコーポレーション、チーフマネージャーと書かれ、その下にやや大きな字で

ソウジ・ナカガワとアルファベットで書かれていた。何気なく裏返してみればそちらにも同じ配列でこちらはニホンゴだと思われる文字で【サファイアコーポレーション、商品企画室室長、中川総司】

とある。

「仕事で外国のバイヤー(買う者?)と会うことも多いから、お義兄ちゃんの名刺はリバーシブル(リバース……ああ、裏表か)なんだ。

お義兄ちゃんのお父さんが『流浪の民』(転勤族)だったから、お義兄ちゃんは英語とロシア語と中国語が話せるカリリンガル……あ、最近韓国語もやってるからクイリンガルかな、だし」

とチーズが俺に説明する。いくつかオラトリオ語になかったり、妙な単語もあったが大体意味は掴めた。

 この世界にはオラトリオと違い、相当数の言語があると聞く。その実、チーズの話しているニホンゴとオラトリオ語に似ているエイゴとは語順の構成からして全く違うし、こうしてオラトリオ語にない言葉も少なくはない。彼女がオラトリオにきた頃は、そんな紋切り型の語り口を聞いて脳内で語順を組み替えてやっと理解できるということが多かったものだが、その内彼女のそうしたしゃべり方にも慣れ、いつしか彼女自身もオラトリオの文法を体で覚えて気にならなくなっていったな。

 しかし、父親が『流浪の民』だとは。この様に家を構えている彼自身は正業に就いているようだが、幼い頃は相当苦労したのだろう。


 そして俺たちはその義兄上の車に乗ってオオサカにあるというチーズの実家を目指した。この車は義姉上の車と違って馬車のカーゴのように広々としていて、座席が三段に分かれている。その一番後ろの席に座った俺たちには前の様子が見えなかったのが良かったのか、あるいはこの車というものに慣れたのか、義姉上やチーズが運転していたときよりずっと恐怖感は薄れていた。

「フレン、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

心配そうに覗き込んだチーズに俺がそう答えると、

【お兄ちゃん、やっぱしこれくらいの方がええみたいやな。これやったら、馬車のカーゴと似てるし、前に馬の人形つけたら完璧や】

と、何やら大きな声で運転席の義兄上に叫んでいる。すると、

【そやろ、馬車でも飛ばしたら結構な速度になるからな、一般道で走るんやったら前見えんだらいけると思てん。それにしても、そんなんでホンマに大丈夫なんか?】

と義兄上はそうチーズにニホンゴで返した後、チーズが、

【うん、違う国やけどそうやっとる人おるんや。この人は、日本人やのうて、日本人のドッペルゲンガーやねんけどな】

と頷きながら言うのを聞いて、今度はエイゴで、

「へぇ、ドッペルゲンガーまでいるんですか。

その人がそうしてるんだったら、もう少し慣れたらあなたが運転すれば良いですよ、フレンさん。同じ速度なんですけどね、運転してる方が絶対に怖くない。

私も正直、晴海の運転で助手席に乗るのは怖いんですよ」

と言って、ニヤっと笑った。

【それどういう意味や!】

それくらいのエイゴは解るのか、義姉上がそれを聞いて怒って言う。

【誰でもそうやろ、お前かて、俺の運転にしょっちゅう茶々いれるやん】

義兄上はニヤニヤ笑いのまま、そう続けた。

【せやけど、誰が運転教えんの。こっちの世界の人間ちゃうフレンは、教習所になんか行かれへんやん】

すると、チーズは義兄上にそう言った後、同義のオラトリオ語で俺にも説明する。そうか、これだけの機械を動かせるようになるには、やはり相当な修練が必要なのだな。その様子を聞いていた義兄上は、

「すいません、千鶴ちゃん相手だと思って、ついつい日本語でしゃべってしまってましたね。

運転は千鶴ちゃんに習えば良いと思いますよ。

向こうには道を通るための法律なんてないんでしょう? だったら、どれだけスピード出しても捕まる心配ありませんよね」

と、俺のためにエイゴでそう言ってくれた。

【どんだけスピード出したらて、アホみたいに出したら目立ってしもて、王様から呼び出し食らうわ】

しかし、それを聞いたチーズは、その申し出に思わずニホンゴのほうで答えて、

「あ、ゴメン。アシュレーンの王様って結構珍しいもん好きだから、こんな玩具見つけたら黙ってる訳ないよね。献上なんてことになって、それで怪我されたらこっちの首がとんじゃうよ、ね」

と、慌ててオラトリオ語に直して、俺に同意を求める。

「王の破天荒ぶりは皆がよく知っているから、首が飛ぶことはないだろうが、『なぜこのようなものを与えた』と攻められるのは必定だろうな」

この王が新しいことに目ざといことこそ、アシュレーン王国が魔法大国として近年飛躍的に発展している要因と言えばそうなのだが。

 

 そうこうしている内に、なにやら沢山車が並んでいる場所に義兄上は車を停めた。どうやらこの中の一台を買おうという事らしい。チーズは飽きずに何台も乗っては降りを繰り返し、一台に決めた様だった。当然ながらここでの会話はすべてニホンゴなので、俺にはさっぱり分からないし、

「ちょうど新しくて古い車があったからそれにしたよ、すごくラッキーだったね」

とチーズが本当に嬉しそうに言うので、

「良かったな」

とは言ったが、新しくて古い車など、まるでなぞなぞではないか。そんな車を買って大丈夫なのかと密かに心配だったりしたのは、彼女には内緒だ。

 ただ、こちらの法での手続きがあるため、今日この場で乗って帰ることはできないという。来週また来ることを確認し、俺たちは本来の目的である千鶴の両親の待つ家に向かった。

※『流浪の民』って何ぞやって思うでしょ。答えは『転勤族』でした。オラトリオに転勤なんてありませんので、苦肉の策で千鶴が引っ張り出した単語だったんですが……


※新しくて古い車、これは新古車の事です。ちょうど発注ミスで宙に浮いていた車があったんですよ。千鶴はそれを運良くゲット。

だけど、車自体がないので、新古車の意味の解らないフレンは外身だけリニューアルしてるとか思っている雰囲気。


そしてやっぱり、実家にたどり着けなかった……


次回こそ、父と婿との攻防戦。


しっかし、今月中に終わるんだろうか。不安になってきた。

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