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Cheeze Scramble  作者: 神山 備
魔法使いの弟子編
33/61

会心の打開策(たぶん……)

 俺がチーズを追いかけて薬草園に行くと、チーズはしゃがみ込んでビーノを見ていた。 ビーノはチーズがここにたどり着いた次の日、土興しからやったものだから、短い間とは言えそれなりに愛着がわいているのかもしれない。

【なぁ、魔法やのうてもあたしがこのオラトリオで役に立てることってあるんかなぁ。

せやないと、あたしはいつまで経っても帰られへん……】

彼女が俯いて何かを呟く地に、一つまた一つと水が落ちてしみこんでいく。

「おい、ビーノを枯らしてしまうつもりか。こいつは繊細で、栽培に苦労してることは言ってあるはずだ」

「うっ、フレンになんかあたしの気持ちは解らないわよ」

俺がそう言うと、チーズは顔を上げて真っ赤な目で俺を睨んだ。だが、それは一瞬で彼女はまた俯く。帰れないということがやはり相当堪えているようだ。だからと言って今更帰す方法があるとは、対外的に、それ以上に俺の心情的に言えなくなっていた。だから、

「泣くな」

と、そんな理不尽な言い方しかできない俺に、チーズは目をゴシゴシしながら、

「だって! 魔力があるって聞いて、それもかなりあるって言えば、普通チートだと思うじゃん。なのに、発音難しすぎてアウトだなんて何の罰ゲームよ……」

と、咬みついた。だが、魔力があることがなぜイカサマ(チートの原意は狡い・イカサマ)なのか。俺にはちっとも解らない。こいつのは発音以前に発想が既に難解だ。ただ、使えるつもりだったものを使えないのが悔しいのは解る。何かよい策はないか……あ、あれを使えば……

「なぁ、チーズ」

「何?」

いきなり声のトーンの変わった俺に、チーズは顔を上げた。

「お前がこっちに持ってきた小さな光る箱、あれは電撃で文字を書くものだと言っていたな。オラトリオ語も書けるのか」

俺がそう言うと、

「ひょっとしての時に見てもらったけど、アルファベットだったよね。だったら書けると思う」

チーズは首を傾げながらもそう言って頷いた。

「では、あの光る箱にお前が文字を書き、念を込めれば正しい発音で光る箱がしゃべるように魔法をかけてやる」

魔道語は、魔力のない者にその姿を隠すだけで、表記はオラトリオ語と同じ……いける。

「えっ、そんなことできんの? それならあたしがきれいに発音できるように魔法をかける方が早くない?」

だが、俺の会心の打開策にチーズは若干不満そうにそう言ったが、

「いや、それだとお前が呪文を詠唱する度かけなければならない。練習ならばそれでよいかもしれないが、外でいきなり魔物に襲われたなどというときには、俺は魔物とお前のどっちに魔法をかければいいのだと言わねばならん。

その点、物なれば、それのそもそもの構造を変えてしまうように唱えれば良いのだから、一度で済む」

俺がそう説明すると、

「ふーん、そんなものなの? 確かに、外国語を覚えるのって大変だけど、パソだとプログラムを一回弄れば済むかぁ。

それって、魔法版ボカロ……あ、しゃべるんだからトークロイド、トクロか。

やった! これで魔法が使えるんだ!」

と、なにやら一人で勝手に論理を構築し、勝手に理解して破顔した。しかし、チーズの口振りでは光る箱がこちらの指示でしゃべることは既にあるようだ。魔法なしでよくそれだけのことができるものだと思う反面、だからこそ魔が育たなかったのだと改めて納得する。


「でも、ダメだよ。あれは電気で動くんだよ。一応入れてあるのは充電池バッテリーだけど、予備のも含めてもうあんまり電池残量ないもん」

しかし、チーズはそう言って一瞬でしょげてしまった。

「その充電池バッテリーというのは何だ」

持ち歩きをしていたからずっと使えるものだと思っていたのだが、やはり電撃は必要なのか。

「小さな電気を溜めておく入れ物みたいなモノよ。あらかじめ溜めておいたものを機械に入れて動かすの」

ほぉ、溜め水を利用するのと同じ方法か……

「貸してみろ。電撃は俺の得意技だ。何とかなるかも知れない」

「何とかって、単四電池ってたかだか起電力一.五ボルトだよ。フレンの魔力じゃ逆に入れすぎて壊さない?」

「では、予めその充電池バッテリーとやらのキャパシティーを見極めてそれに見合う量の電撃を入れれば良いだけのことだろう。

バカにするな、お前と違って量の調整ぐらい造作もない」

伊達に、長年魔を操ってはいない。俺がそう言うと、

「お前と違ってって、それ何よ」

チーズはそう言って悪態をついたが、その表情は夏の空のように明るい。魔法が使えると判ったら、これだ。単純なこと極まりない。

 その後、屋敷に戻ったチーズに問題の充電池バッテリーとやらを渡された俺は、その小ささ(外見・容量とも)に驚かされ、最初の一回は些かおっかなびっくりでその中身を満たしたことは、チーズには内緒の話だ。

 それにしてもこの少ない電撃の量で、半日ほども使えると言うから驚きだ。魔法以上に魔法ではないか。これでは魔法は育つわけがない。

 ただ、この詠唱法、一つだけ難があった。この光る箱を乗せる台がなければ、文字が書けないのだ。

 それは、チーズが[この高さにエア机出現、DESK]と書きやすい高さを示して魔の台を光る箱を介さず奇跡的に出せたことで解決した。

 それにしても、チーズのその書く早さは驚きだ。彼女曰く、『ワープロ検定一級』という資格を持っていると言うが、ほぼ会話と同じ速度で言葉を紡ぐことができる。

「それにあたし、掲示板のチャットをよくやってたから。あれって、常に鍛えてたような感じだしね」

そして、チーズはそう言って照れ笑いをした。意味は解らないが、書くことの鍛錬を日々積んでいたということなのだろう。


 そういう訳で、チーズは魔法を得て俺の弟子として俺とともに薬草園を耕し、野山を巡って薬に必要な魔獣の討伐に充たった。

 俺はチーズの魔法のおかげで何度も助けられたし、何よりこいつと一緒に行動するのはそれだけで楽しかった。

 だだ……男女の仲だけはいっこうに進展しなかった。手を替え品を替えて近づこうとするのだが、ある程度までいくと、これまた奇跡的に光る箱を介さないで唱えられる魔法、[メガトンハンマー]が炸裂する。これは、ニホンにあるビニル(そういう素材だそうだ)製の槌がものすごい勢いで頭に降ってくるというもので、ビニル自体が柔らかいモノなので怪我をすることはないのだが、それでも地味に痛い。近づきたい気持ちが萎えてしまうほどには。


 まぁ、毎日は充実して楽しいのだが、このまま師と弟子のまま終わってしまうのではないかとふと不安になってしまう今日この頃なのである。


えっと、ここで(たぶん)フレン語りは一応終了かな。次からは千鶴語りに戻る予定。


そしていよいよ、あっちの「声のデカい」御仁の登場です。私、何気にあいつ好きなんだよねぇ。敵役だったのに、今や陰の黒幕状態。


では、次回……

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