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Cheeze Scramble  作者: 神山 備
魔法使いの弟子編
32/61

魔術師失格

「さてと、とりあえずはコレだな」

と、俺は一冊の本を棚から取り出した。

「へぇ、魔法大全」

そんな本あるんだと、チーズが表紙をめくってそう言った。

「そうだ。しかし、魔力のない者にはこの文字が何の意味もない模様にしか見えない。

だが、魔力が少しでもあればどんなに幼い子供にでも読むことができる。

ただ、それを具現化するためにはそれに見合った魔力が必要だ。さらに、持続するためには体力もいる」

と、一通り魔道語の説明をしてやる。。

「じゃあ、意味も分からずに小さい子が大魔法を唱えちゃうなんてことないの?」

すると、チーズからそんな質問が返ってきた。

「ああ、ないことはないな。

だが、これがあるのはロッシュ家が代々治癒師の家系だからだ。一般の家庭にはあっても初歩的なものが載っているものがあれば良い方だろう。

そもそも子供には瞬発力はあっても持続力がないし。魔道語は発音も特殊だ。四~五歳まではそちらの理由で発動することは少ないな」

「ふーん」

「わかったら、それを持って表に出ろ」

解っているのか解っていないのか解らない生返事をしたチーズに、俺はそう言って部屋の外を目指す。

「何故表に出なきゃなんないの?」

とチーズは首を傾げた。

 魔力がささやかであれば言い間違えても発動しないで済むが、チーズの魔力ではおそらくそれはないだろう。水系魔法で部屋を水浸しにされるのも、炎系の魔法で屋敷を丸焼けにされてもかなわない。


 まずは火の魔法からだ。

「手を前に出して、眉間に意識を集中させる。そして外に送り出すようにこの魔道語を詠むんだ」

するとチーズは足を肩幅に開くと、手を開いて自分の胸元に翳し目をつぶる。ただ、俺の位置に合わせたせいか若干左右の手の位置が違う。お前それは、魔法の詠唱ではなく、体術の構えだと言いたくなるのをぐっと堪えた。 

[ヴィラ ラスケス(火の玉)]

チーズの翳した手の中に小さな炎が丸くなって現れる。

「よし次。その火を研ぎすまして矢にして見ろ」

[ペトロデュナ アルスケス ベラ マダ クワトル ヘーナ]

だが、呪文を唱えても一向に術は発動しない。

「あれ、おかしいな。[ペトロデュナ アルスケス ベラ マダ クワトル ヘーナ!]

ねぇ、この呪文が間違ってるんじゃないの?」

と、首を傾げながら何度も詠唱するが結果は同じだった。発音がおかしすぎるのだ。

「おかしいのはお前の方だ、これは[Pturodhunei althcues velra madan quetulfeana(炎よ、しなやかな矢となりて、敵を穿て)]

だ」

その言葉通り、俺がそう詠唱し終わると、炎が矢になって、用意してあった案山子に突き刺さり、案山子は炎を吹き上げる。

 発音が悪すぎるのだ。はっきり言って四歳の子供の方がもっとましに詠唱するのではないかと思う。

「どこが違うのよ。ちゃんと発音してるじゃない」

だが、チーズはそう言って俺に抗議した。

「どこがちゃんとだ。alskesuではなくalthcues、Madanのnが抜けてる。それにvilraは発音できvelraが何故発音できん。それにheana? 何だそれ、正しくはfeanaだ」

その明らかな発音の違いを聞き取れないのか? と言う俺に、チーズはムッした表情で俺を睨み上げ、

「ペトロデュナ アルスケス ヴエラ マダン クゥワトロス フェーニャ!!」

と叫んだ。

 確かに今度は術が発動した。発動はしたが、それは驚くほど太く矢と言うより棒に近く、かろうじて先はとがっているものの殺傷能力があるようには到底思えない代物だった。そして、あろうことか的の直前で停止したのだ。あたかもこれが的ですと表示する板ように。

【や、矢印……ターゲットはこちらって……

あり得へんやろ、それ】

チーズはそれを見て、あんぐりと口を開けた後、苦笑しながら脱力した。同時に炎の矢印はポトリと下に落下する。

「なんで? 何でなの!」

そして、俺の方に向き直り、チーズはやにわに抗議の声を上げた。

「端的に言えば、舌の動きが悪すぎる。それに息だけで終わらねばならない音に必ず母音がくっついている。どうしてそうなる」

それに対して、問題点を次々述べてやった。

 確かに最初からチーズの発音はおかしいとは思っていた。だが会話では全体の流れを踏まえれば多少聞き違えることはあっても、否定肯定さえ間違わねば真逆の意味にはならないので、さして支障はなかっただけなのだ。

「だって、日本語の発音は子音の後に母音でワンセットなんだもん」

さらに、オラトリオ語(向こうではそれをエイゴと言うそうだ)は海を隔てた国の言葉で、学術として修得するものの、その活躍頻度は本当に低いのだという。儀礼語とまではいかないが、その国から客が来た時や、歌ぐらいにしか使わないという。

「まぁ、魔法は諦めろ。こんな風に笑いで済めばいいが、大事故になってからでは取り返しがつかない」

 そして、素直に俺の嫁になれ。決して帰るなどという夢を抱くな。言外にそう含みつつ、俺はチーズの肩にそっと手を置いた。

「い……イヤ……」

だが、チーズはそれに対して震えて消え入りそうな声だったがはっきりと拒絶した。

「何故だ」

「それじゃあたしのここでの存在理由ってなに? あたしに魔力がいっぱいあるってことは魔法で何かをするってことじゃないの? いつまでもなにもできないんならあたし……」

――そんなんじゃ、いつまで経ってもあたし帰れないじゃん! そんなのヤダよ!――


チーズはそう叫んで薬草園の方へと走って行ってしまった。

開始早々、魔術師失格の烙印を押されてしまった千鶴。


このままフレンの嫁になるのか? ま、千鶴の性格ではそれはあり得ません。


なので、次回……

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