兄との攻防
「女だって! 信じられない」
兄上は、チーズに頬を思いっ切り打たれてもまだそう言っていた。兄上、あまり大声で言い続けると、一発では済まないと思いますよと、俺は兄上にチーズの表情を見るように顎で促す。ようやく、それに気づいた兄上がやっと矛を収めた。
「ハンナの言うことを無視してそんな格好をするからだ」
そして、チーズにそう言うと、彼女は頬を膨らませてむくれた。こういうところ、本当にこいつはもしかしたら成人してないのかもと思う。本人に聞けばそれまでなのだが、最初に聞きそびれてしまうと、なかなか聞けない。
「にしても、男だと言われるより魔物だと言われる方が良いのか」
おかしな奴だ。けれどそれが可愛いと思った途端早くなる鼓動。俺はチーズの髪を混ぜっ返して気持ちを整えながら、
「しかし、その内来られるとは思ってましたが、いやに早いお着きですね、兄上」
と兄上に向かってそう言った。どのみち誰かが来るとは思ってはいたが、兄上が直々に来るとはさすがに思わなかった。
「最近は『アクセス』されてないと思っていたのですが」
続けて俺がそう言うと、
「ああ、お前に『アクセス』したってすぐバレるではないか」
と兄上から予想通りの答えが返ってくる。確かに最近、俺は兄上の夢を見ていない。互いに夢を見合う『アクセス』は、お互いの了解があってこその魔法だ。一方的な『アクセス』はトラブルの元になることが多い。
「では、どうして?」
「『アクセス』はハンナにかけた」
「ああ、それで……」
ハンナなら、兄上の気持ちをくみ取って喜んで協力するだろうな。
それに、ハンナは俺以上にチーズを『天の采配』として見てるからな。そのつもりで見る夢だ、さぞかし仲睦まじかったにちがいない。『男』に狂う俺を見て、取るものも取らずに駆けつけるほどには。兄上は、
「俺も、お前を逐一監視してる訳じゃない。だいたい、俺はそんなに暇じゃない。月に一~二度だな、母上に泣きつかれて渋々だぞ。
今日も、数日前から言われていて、たまたま覗いただけだ」
そう言って本意ではなかったことを強調し、決まり悪そうに咳払いした。
「母上か……」
まぁな、あの母上が関わっていない方がおかしい。しかし、
「それもこれも、お前が早く嫁を貰わんからだ。魔道や薬の研究と称して、お前が女を遠ざけるせいで、お前が男色ではないかという噂までたっているんだぞ。
それで今日、お前たちを『見て』俺はあの噂は果たして本当だったのかと慌てて来たのだ。
でもまぁいい。こうして似合いの相手が見つかったのなら、さっさと婚約を発表してしまえ」
と言われて、
「「は?」」
思わず、チーズの顔色を見る。予想通り、チーズはあり得ないという顔をしていた。
「兄上、彼女はですね、三日前に何かのトラブルで界渡りしてきただけで……」
「お前の力に引かれてきたのだろうが。それこそ『天の采配』ではないか」
抜けた床から落ちそうになっていたのを引っ張ったのだから、『俺の力に引かれてきた』のには違いないが。
「とにかく、チーズと言ったか、こやつはこのまま屋敷に連れて帰る。お前は後ろからついてこい」
で、何故結局連れていくという決断になるんだ。まさか、女と分かって……
「何故です、誤解は解けたんだからもういいではないですか」
「お前はカロルに乗ってきたんだろ。あのお転婆が女を乗せると思うか」
慌てて、チーズの手を取った俺に、兄上はそう言って笑った。
「確かに」
忘れていた。あの雌馬は俺以外を乗せようとしない。二人乗りはもちろん、チーズだけ乗せて俺が歩いたって、隙を見つけて振り落としかねない。
「そのまま来た道を辿るほど俺も暇ではないんでな。屋敷について一息ついたら、またトマスに送り返してもらえばいい。
お前は別に帰っても良いが、ついでだからたまには母上のご機嫌も伺え」
兄上にそこまで言われては仕方がない。
「わかりました、そうします。では後ほど屋敷で」
俺はそう言って馬車を降りた。
ハンナは『天の采配』と浮かれていたが、まさか兄上まで同じことを言うとは思わなかった。
まぁ、そういうことにしておけば、しばらくは見合いの話も持ってこないだろう。
縦しんばそのままチーズと添うことになっても……まぁ、あいつなら退屈しないだろうしな。
俺はそう思いながらカロルに跨ると、シュバルの屋敷を目指した。
いや、それを世間では好きだと言うんですよ、フレン君。




