召喚した『彼女』
すると、俺が寝ている真上の天井に黒い渦が浮かび、ボワンと『彼女』のシルエットが浮かび上がったかと思うと、『彼女』がドスンと俺の胸元に降ってきた。
「グェっ」
華奢だとは言え、人一人が降ってきたのだ。その衝撃はかなりなものだったが、俺は女一人も抱えられないのかと『彼女』に思われたくなくて、かろうじて耐えた。
『彼女』は辺りを見回すと、『彼女』が生活している場所の言葉で何やら一気にまくし立てた。内容は解らないが、よく息継ぎもそこそこにそれだけ多くの単語を舌に乗せられるものだと感心する。そこで俺は、
「大丈夫か、怪我はないか」
と聞いた。普段話す言語は違えどオラトリオ語の歌を歌えるのだから当然話せるだろうと思ったのだ。しかし、『彼女は』混乱しているのだろう、俺の言葉を解さない。それで俺はとりあえず名前を聞いてみることにした。
「おまえの名は?」
【へ? あんたもわからんの】
へ・アンタモワカラン? なんだか妙な名前だな。それに、『アクセス』したとき、周りの奴はもっと違う呼び方をしていたような気がする。俺はもう一度、
「おまえの名前はと聞いている。もしかして、言葉が理解できないのか」
と聞くと、
【スカタンって一体誰のことなん!】
と、やはりあちらの言葉で何やら怒っている様子だ。もしかしたらオラトリオ語は歌などでしか使われない『儀礼語』なのかもしれない。意志疎通ができないのは困ったなと思っていると、少し考え込んでいた風の『彼女』が突然、
「名前?」
と問い返した。
「そうだ、お前の名前だ」
俺がそう答えると、『彼女』はぱぁっと明るい表情になり、
「あたしの名前はChiduru Kanbeだよ」
と言った。Chijuru Canbelか。そう言えばチイとかカンチャンとか呼ばれていたような気がする。
「俺の名前は、Fren Gye La Rosshだ。よろしく頼む」
【あ、そうやにーちゃん、一緒にフロント行こ。こんな床抜けるなんてあり得へん……】
そして相変わらず、あちらの言葉で何か言っている。こいつには学習能力というモノがないのだろうか。魔力は高くても、オツムの方がダメなら、それはそれで大いに問題だ。俺がそんなことを考えながら、黙ってChijuruを見ていると、彼女はだだだだっと走って寝所の扉を開け、
【何コレ、ココ何処~!】
と叫んだ後、また俺の所に戻ってきて、やっと自分の言葉が通じなかったことを思い出したらしく、
「ここは、何処なの! そしてあんたは誰って……フレンさんか。とにかく、あたしはどうなったの説明してよ!」
俺の腕を掴んでぎゃんぎゃんと俺に説明を求めた。
まったく、五月蠅い奴だ……それにしても、こいつが本当に天の采配なのか? そうだと思って迷わずこちらに引き寄せたのだが、俺はとんでもない間違いをしてしまったのかも知れない。
俺はChijuruに分からないようにこっそりとため息を吐いた。
一応、千鶴の名誉のために言っておきますが、これって、彼女にとっては不測の事態。パニクらない方がおかしいんじゃないでしょうか。
では、次回。




