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021 一年次生代表

「なして、そこに座ったの?」


「お昼をご一緒しようと思いまして」


 彼女は微笑みながらそう告げると、「いただきます」と両手を合わせて、俺と同じサバの味噌煮定食に箸を伸ばした。


「いやいや、ちょっと状況がつかめないんだけど――」


「そういえば、深海君でしたっけ? あの人退学処分になるらしいですよ」


 俺が彼女に待ったをかけようとするも、彼女の興味深い一言で俺の言葉はかき消される。


「え、深海退学って、マジ?」


「マジです」


「ガチ?」


「ガチです」


 彼女は神妙な面持ちでコクリと頷く。


「ちょうど校長室の前を通った時に聞こえてしまいまして。私深海君にしつこく言い寄られていたので、ちょっとスッキリって感じです。あ、別に盗み聞きしようと思った訳じゃないですからね。たまたま聞こえてきたんです。たまたま」


 彼女はそう言いながらご飯を一口頬張った。

 そんなに強調されると本当に偶然なのか怪しいもんだな。


「言い寄られてたって、俺と付き合わないかとか?」


 パッと見、彼女は美人というかとんでもなく可愛い部類に入るのは間違いない。

 整った顔立ち、それに性格もおしとやかそうで、ザ・大和撫子みたいな感じなので、モテると言われても頷ける。

 しかし彼女はブンブンと首を横に振ってそれを否定した。


「いえいえ、そこまで露骨なものではありませんでしたけど、俺のグループに入ってくれとかなんとか。グループを組むのに同じ組である必要はありませんから、一年次生代表の私に声をかけてきたんだと思います」


「一年次生代表? なんそれ?」


 言葉の意味が分からず俺がそう尋ねると、彼女は唖然とした表情でこちらを見つめてきた。


「いえ、一年次生代表は一年次代表です……、えっと……、私入学式の時に一年次生代表ということで答辞を述べさせてもらったと思うんですけど……」


「入学式? あぁ、ごめん。バックレてたから知らんわ」


 俺の言葉を聞いて、氷室さんはポカーンとた表情を浮かべていたかと思うと、急にクスクス笑い始めた。


「入学式をサボっただなんて。伊砂君って面白い人なんですね」


 よほどツボにはまったのか、彼女はお腹を抱えて笑い出す。

 正直俺からすると何が面白いのか分からないのだけれど、それよりもだ。


「いや、だから一年次生代表って何よ」


「あぁ、すみません。一年次生代表と言うのはですね」


 そこから氷室さんは、一年次生代表とは何かを教えてくれた。

 一年次生代表とは、4組に配属される一年次生のうち、もっとも成績が優秀であった者のことを言うらしい。

 つまりは、俺達一年次生の中で一番偉いということなのだ。


「そんなに偉い人とはつゆ知らず。これは失敬」


「別に偉いとか、そういう訳ではないですから」


 全力で否定する彼女はまゆげをへの字に曲げて、少し機嫌悪そうにご飯を口へ運ぶ。


「次代の七星会候補なんて表でも裏でも言われていますけど――」


 七星会と言うと、1組の上位7人で構成される組織のことだと疾風が言っていた気がする。

 1年次生、2年次生の時に1組に在籍していたにも関わらず、卒業試験に受からなかった生徒と言い換えることもできるけれど、まぁこんな嫌な言い方はするべきではないか。一応この学園のトップ7であることに変わりはない訳だし。


「今年度始まってまだ2か月しか経っていないんですよ。来年のことなんてどうなるか分からないと、私は思うんです」

 

 彼女は半分愚痴のようにそう言いながら、自身のサバが無くなったのを確認して、俺の食いかけのサバを横取りした。


「おい、何をする」


「私だって普通の女の子な訳ですから、神格化なんてされずに普通に接して欲しい訳ですよ」


 俺の短い抗議が届いたのか届いていないのか、彼女は何も無かったのかのように愚痴を続けた。

 人の飯を勝手に横取りする奴が普通の女の子を自称するのはなんのギャグだ?


「というか、俺の記憶違いじゃなければなんだけど、そもそも俺達ってそこまで仲良くないよな? なんか古くからの幼馴染のごとく対応されて、流石の俺も困惑を隠せてない訳ですが」


 俺は頬杖をつき、ため息交じりに彼女にそう尋ねる。

 すると彼女は「何言ってんだこいつ」と言わんばかりの目でこちらを見てきた。


「この間漆原先生と一緒にすれ違った時に出会っているので、もう仲良しですね。なので、伊砂君の記憶違いです」


「ほとんど初対面みたいなもんだろ」


 お前こそ、何言ってんだこいつだよ。

 コミュニケーション能力が振り切れて、一周まわって逆にコミュ障なんじゃないかと疑いたくなるほど意味不明な物言いに思わず頭を抱える。

そんな俺に、彼女は、「あの時に友達になったじゃないですか」とさも当然のようにのたまったので、この話題について、これ以上の問答は時間の無駄だと悟った俺は、別の話題に方向転換した。


「で、俺の自称友人の氷室さん」


「自称ではなく事実ですが、なんでしょう」


 もう突っ込まないぞ。


「とりあえず本題を話してくれないか」


 恐らく彼女が俺の前に現れたのは、何か大事な話があるのだろう。

 俺はそう踏んで、彼女にそう促したのだが、彼女は頭の上に?マークを浮かべて小首を傾げた。


「本題とは、どういう意味でしょう?」


「いや、俺に何か大事な話があってこうして昼を一緒にしてるんじゃないのか?」


 当たり前の疑問だと思う。

 しかし彼女は俺の茶碗のご飯を食べると、「別にそんな話無いですよ」と一言告げた。

 いや、これ何かのコントなの? 昔同じようなコントを見たことあるぞ。


「強いて言えば深海君の話くらいですか。伊砂君って、私と普通に接してくれるんで、楽なんですよね。単純に」


 まぁ確かにそうなのかもしれないけど、だから初対面だよねと声を大にして言いたい。


「あ、そうそう。デュラハン事件! あの時私も中層に居たので、タイミングが違えば私が餌食になっていたんですよね。だからお二人にお礼も言いたかったんでした」


 お二人って……? と思い後ろを振り返ると、ちょうど鳳凰天星火がトレイを持って立っていた。


「何ですの?」


 本当にちょうど通りかかっただけらしく、最近定常化してきた冷たい一言が俺に降りかかってくる。

これは一見冷たく断られているようで、本当のところは「今は一人にしておいて欲しい」という言葉の裏返しである。多分、恐らく、メイビー。ポジティブシンキングは大事なこと。

俺が何も答えないでいると、彼女はプイと顔を背けそそくさと去っていったので、俺は「はぁ」とため息一つ零すと、頭を掻いた。


「別に俺に対してのお礼はいいよ。それなら鳳凰天星火や七種さんに伝えてあげてくれ」


 七種さんは言わずもがな、鳳凰天星火はああ見えて傷心中だ。

 彼女のお礼があれば心境的に何か救われるものがあるのではと、そう考えた次第だ。


「分かりました。改めてお二人にはお礼を伝えておきますね」


 彼女は屈託のない笑顔を浮かべると、俺のお味噌汁を綺麗に飲み干した。

 うーん、これが無かったらとっても良い人だとは思うんだけどな。


「では、そろそろお暇しますね。あまり伊砂君を占有していると、隣に居る人に睨まれてしまいますので」


 彼女はそう告げると、自分のトレイを持って立ち上がり、一礼すると返却口の方へ歩いて行ってしまった。

 隣? と思って、両脇を見るものの、席には誰も座っていない。

 おいおい、怖いこと言うなよ。何だか寒気がしてきただろうが。


「本当、変な奴だったな」


 俺はそう独り言をつぶやき、立ち上がると、綺麗になった食器たちを見つめながら、返却口の方へ足を運んだ。

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