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月の猟犬  作者: ふじやま
1st episode:Das Wunderkind Is Still Under Studying
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Das Wunderkind Is Still Under Studying(2-1)

待機という概念と表現について。酒の飲み方。〈魔弾の射手〉。無駄の定義。警察局外事3課。セベッソン大尉の安易すぎる罠が獲物を得られなかった物語。クラマーの隠し剃刀。ラーツケバ村の虐殺。無駄の定義、再び。余ったパーツは幻? 賭けすぎた(・・・・・)博徒の必死さについて。4文字で語りうる優しさ。50%。再会。

 ……と、気合を入れてみたものの、それから3日というもの、僕は内事2課の局員としていつもどおりの勤務を続けていた。そういえばシュネー嬢は僕に向かって「警察局内事2課の若きホープとしての役割を、真摯に果たし続けてもらいたい」とか言ってたっけ。

 つまりあれだ。

 よくよく考えてみたら、シュネー嬢のアレって、いわゆる「待機」というやつの、業務用表現だ。


 いやまあ、そもそも警察局の仕事は、「待機」と切っても切れない関係にある。それは潜入捜査でも同じだろうし、伝え聞く話によると、潜入捜査というものは、全体の99%が待機でできている、ともいう。

 とはいえ、僕的にはいろいろ期待とか覚悟とかがあったのも事実だ。

 だって「密告者は警察局の内部にいる」とまで言われた上、緊急事態においてはレイチェル女史から連絡が入るという、相当にホットな状況が予想される前フリだったのだ。

 でも、特別なことは何一つ起きない。起こる気配すらない。朝出勤して、仕事をして、訓練して、食事して、仕事して、訓練して、少し残業して、1800時には帰路につく。見事なまでに、昨日までと同じ日々。

 「生きるか、死ぬか、今すぐ選べ」と脅されて――というかガチでその選択をさせられた挙句、「行け、新たな猟犬よ」と煽られた、その挙句に辿り着いた世界が、この平穏な日常。あまりのことに、僕にあんな冷や汗をかかせる原因を作ったクラマー中佐に「大山鳴動させて、鼠一匹の姿もなし、ですか」みたいな、遠回しな嫌味を言ってみたりして、気を晴らす。


 だが3日目の夜、事態は急転した。


 緊張感が維持できなくなった僕はその夜、久々に飲みに行くことにした。

 シュネー嬢からは「飲みに行ってはいけない」などといった指示は受けていないので、このあたりは好きにすればいいのだろうと思う。ただ、僕としては夜の歓楽街という、「僕の思う潜入捜査の本場」に飛び込む覚悟というか、シミュレーションが、僕の中で終わっていなかったのだ。

 ちなみにその夜も、別段覚悟が改まったり、シミュレーションが終わったりしていたわけではない。ただ単に僕は、飽きていた。それだけだ。


 しかしまさにその夜、運命の出会いが待ち構えていた。


 僕はただ、ふらりと入ったバーで安ワインを飲んでいただけだった。そして丁度1グラス空けたあたりでマスターが「余ったんでサービスします」とニシンの酢漬けを出してくれたので、追加でもう1グラス頼んで、久々のアルコールを楽しんでいた頃――「状況」はもう仕上がっていた。


「隣、いいかな?」


 僕にそう声をかけながらカウンター席に座ったのは、目深に帽子を被った女性だった。女性だと思ったのは声のせいで、ひどく痩せた体つきは、むしろ少年を思わせた。

 隣も何も、空いた席はいくらでもあるだろうに……と思いながら、僕は特に拒む理由もないので、どうぞ、と頷く。


「それはよかった。マスター、ボクもグラスの赤を。

 それからこの色男に、同じものを一杯。ボクの奢りで」


 僕は軽く眉をひそめる。


 個人的に、僕は飲むなら一人で静かに飲む派だ。

 女性が接待してくれる店に連れ込まれることもあるが、ああいうのは肌に合わない。お酒ってのは、一人で、静かで、満たされて、ひっそりとしてるべきものだ。

 なので隣席の彼女が「陽気に騒いで飲む派」っぽいのは、あまり嬉しからぬニュースと言える。


 仕方ない。彼女の奢りの1杯を飲んだら、帰るか。


 そう思いながら、ちらりと店内を見渡した僕は、もっと嬉しからぬニュースに出くわした。


 店内には、誰もいなかった。

 客は、僕と、隣席の彼女だけ。

 慌ててカウンターを振り返ると、マスターも姿を消している。


 動揺を押し殺しながら、僕は彼女の目を見て、一直線に問いかける。


「あなたは、何者ですか?」


 僕の質問がよほど滑稽だったのか、それを聞いた彼女は大爆笑した。枯れ木のような細い体をくの字に折っての、大爆笑。帽子がずれ落ちて、彼女の素顔が顕になる。その目尻には、涙すら浮かべていた。

 なんだよ。何がそこまでおかしいんだよ。


「いや、いや、いや、ごめん。失礼。

 いやー、笑いのツボに入った。

 ごめんねえ、ボクは笑い上戸のケがあるみたいでね」


 言い訳とも何ともつかないことをいいながら、彼女は肩で深呼吸している。


「改めて自己紹介するよ。

 ボクはストラーダ一家(ファミリー)の、アガトニーク。ニケって呼んで」


 その言葉を聞いて、僕は一気に体内のアルコールが吹っ飛ぶのを感じた。


 ストラーダ一家の、アガトニーク。別名、〈魔弾の射手〉。


 帝国南部から徐々に支配圏を広げつつある、鉄と血の結束を誇りとする犯罪結社が、ストラーダ一家だ。表向きは義に篤くカタギに迷惑をかけないことを自認するファミリーだが、内実は他の犯罪結社と大差ない。それどころか残虐で残忍、血の気が多い武闘派の集団というのが、実態と言える。

 その「南の狂犬」たちの中でも、裏社会で最も恐れられているのが〈魔弾の射手〉の二つ名で知られる上級幹部、アガトニークだ。

 ストラーダ一家がここまで勢力を拡張できたのも、アガトニークの働きによるところが大きいと言われている。なんでも、彼女が獲物と見据えた者は全員、死ぬか、気が狂うか、破産してきたとか。まさに〈魔弾の射手〉に相応しい力の持ち主。


 いやはや、彼女が大爆笑するのも当然だ。彼女は僕が帝国警察局の局員であることを知っているのだろう。その一方で僕はといえば、これほどの要注意人物を、人相風体で識別できなかった。まさに無能。究極の能なし。


 僕は自分に残された僅かな冷静さをかき集めて、アガトニークと対峙する。

 無能の証明をしたとはいえ、僕はレインラント帝国軍人だ。敵から逃げ出すわけには、いかない。


「〈魔弾の射手〉が、僕なんかに何の御用ですか?

 悪いですが、賄賂その他でしたら間に合ってます」


 このあたりの言い回しは、警察局のマニュアルどおりだ。「賄賂は受け取らない」と断言すると交渉がそこで終わる可能性が高いが、「受け取るかもしれないけれど、今は必要ない」という態度を示しておけば、とりあえず場はつなげる。

 だが〈魔弾の射手〉は、僕の防御を悠然と突破した。


「賄賂? 違うね。

 ボクは君に、ボクの手下になることを薦めにきたんだ。

 レインラント帝国警察局内務2課所属、ナギー・エーデシュ少尉。

 君と君の家族の安全のために、ボクの手下になれ」


 家族を持ちだして脅すのは、この手の連中の常套手段だ。

 けれど僕の場合、「家族」の事情がいささか特殊なこともあって、こと犯罪結社がこの手の脅しをしてきたところで、何の痛痒も感じない。


 そしてその事実があればこそ、僕の生存本能はけたたましい勢いで危険を訴えていた。


 彼女はアガトニーク、〈魔弾の射手〉だ。

 無駄な脅しをかける人間ではない。


 困惑する僕をにこやかに一瞥すると――彼女の瞳の奥には、傲然と燃える炎しか見えなかったけれど――〈魔弾の射手〉はグラスを一息で空けてから、スツールを降りた。


「ま、でもこんなこと急に言っても、君には実感が沸かないだろうね。

 2日後の夜、ここで飲んでるから。

 その気になったら、この店に来て。それが君の、ラストチャンスだ」


 一方的に言い放つと、〈魔弾の射手〉は去っていった。

 無人の店に一人で残された僕は、3回ほど深呼吸をしてから、逃げるようにその場を去った。


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