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月の猟犬  作者: ふじやま
1st episode:Das Wunderkind Is Still Under Studying
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Das Wunderkind Is Still Under Studying(1-7)

「自己紹介も終わったところで、仕事の話をしよう。

 レイチェル、部屋の支度は? ありがとう。

 では総員、移動するとしようか」


 「あーい」とも「うぇーい」ともつかない気の抜けた掛け声とともに、一同が動き始めた。僕は困惑を隠せないまま、とりあえず彼女たちについていくことにする。ついていってはいけない部屋に行くのであれば、誰かが僕を制止するだろうし。

 そんな適当なノリで一行についていくと、彼女たちは再び4番の個室に入っていった。全員が入るには狭いんじゃないかなと思ったが、案の定というか何というか、壁にしつらえられていた本棚がスライドして、地下へ続く階段が口をあけている。この向こうが目的地か。


 相変わらず、特に怒られる気配もないので、僕はややオドオドしながら螺旋階段を降りる。


 と、20段ほど降りたところで、突然視界が開けた。その風景に、思わず足が止まる。


 地下には、ちょっとした練兵場並みの空間が広がっていた。天井も高く、螺旋階段の上から「地面」を見ると、微妙に足がすくむ。

 しかも驚くべきことに、この広大な地下空間にはふんだんに電灯が設置されていて、まるで真昼のように明るい。ああいや、真昼のようにはちょっと言いすぎか。でもとりあえず、地下とは思えないくらいに明るい。そしてなんだか蒸し暑い。


 階段を降り切ると、一行は瀟洒な小屋へと向かった。そう、この空間はちょっとした小屋を建設できてしまうくらいに、天井が高く、横方向にも広い。


 小屋に入るなり、再び僕は息を飲んだ。部屋の中央には帝都を精密に再現したのであろう模型がしつらえられていて、そのあちこちに色とりどりの旗が刺さっている。

 シュネー嬢は自らを脚本家(プレイライト)と称したが、これは彼女が脚本を書くための基礎資料にして、“演出”を行うにあたっての指揮所ということか。


「さて。今回の仕事について、現状を説明する。

 ああ、念のために注意しておくが、エーデシュ少尉。ここでの会話は他言無用だし、漏れた場合はあなたの一族郎党、全員の命で贖ってもらう。

 また、少尉はメモがお好きなようだが、ここでの仕事については一切のメモを禁止する」


 僕は無言で頷く。一族郎党皆殺しとは何とも19世紀的というか、19世紀ですらそこまで野蛮ではなかっただろうと思わなくもないが、現代という時代も一皮むけばこの程度には野蛮ということだろう。

 一方で「メモ禁止」というのは、実に当然というか、納得できるルールだ。僕はメモ魔ではあるが、どちらかというと自分の精神衛生のためにメモ帳を手放せないというだけで、任務に必要な情報をその場で暗記する程度のことは朝飯前だ。

 ……って、あれ? もしかして「ここでの仕事についてはメモ禁止」ってことは、マネージャー業でもメモ禁止? それはさすがに無理では?

 まあいいや、そこは後で確認しよう。


「4日前の未明、ブレンターノ大尉の遺体が某精肉店の冷蔵倉庫から見つかった事件については、皆も耳にしているかと思う」


「ああ、あの人肉ハンブルクステーキ事件ですね」

 うっとりとした表情でレイチェル女史。

 お願いですから、そんな顔で、そんなセリフを言わないでください。


「遺体の一部が大型ミンサーに放り込まれていた……というのは下衆なイエローペーパーの報道に過ぎない。事実だけを言えば、ブレンターノ大尉の遺体には激しい拷問の跡があり、胸板には“裏切り者に死を”のメッセージがナイフで刻み込まれていた。

 ブレンターノ大尉は警察局外事3課の局員で、犯罪組織(マフィア)に対する潜入捜査をしていた」


 僕は思わず天を仰ぎ、「魂よ、安らかに」と祈りの言葉を口にする。

 外事課と内事課は仲が悪いし、僕も内心で「外事課の見栄っ張りどもが、ウチらと合同で調査してりゃ犠牲を出さずにすんだろうに」という思いを拭えずにいるが、それはそうとして、職務に忠実で勇敢な局員の殉職は、心が痛む。そしてカバーが割れてから死を迎えるまでの間にブレンターノ大尉がされた(・・・)であろうことを想像すると、身が縮む。


 そんな僕の様子を、フント・デス・モナーツの面々は興味深げに見ているようだった。レイチェル女史は小さく十字を切り、アイン嬢は両手を合わせているが、それ以上に弔意を示す人はいなかった。

 それも、そうかもしれない。ブレンターノ大尉の死に様は、明日の――もしかしたら今夜の――彼女たちの死に様かもしれないのだ。

 彼女らが気にしているのはブレンターノ大尉が「どうやって死んだか」ではなく、「なぜ死んだか」なのだろう。僕は改めて、気を引き締める。


「ブレンターノ大尉はアンダーカバーミッションの経験が豊富で、個人的な戦闘能力も高かった。任務達成率は驚異的だし、いくつもの危険な任務をこなしてきた、歴戦の潜入捜査官だ。

 その彼のカバーが割れ、殺された。内部からの密告があったと、警察局内事課は推測している」


 警察局がアンダーカバーミッションに出す局員は、みなエリート中のエリートだ。僕自身、内心でそんな任務を与えられることに憧れつつ、諸般の事情もあって僕にそのチャンスはないだろうなと諦めている。僕みたいな若造なんて問題外な、百戦錬磨の怪物たちが就く任務でもあるし。

 ともあれ、そんな怪物級の腕前を持った捜査官が、たかが犯罪組織に正体を見破られ、捕まり、拷問され、殺された。相当に大掛かりな裏切りがあったとしか思えない。


「状況を難しくしているのは、彼が死亡当時、大量の麻薬を運搬していたという事実だ。そしてこの麻薬は現在、行方不明になっている。

 ちなみに、運搬されていた麻薬は末端価格で2000万ターラー。帝都の平均的な労働者の生涯年収が250万ターラーであることを考えれば、計画的ないし組織的な強盗のラインも消せない」


 はあ!? なんでそんな大量の麻薬を!?

 しかも、それが消えた!?


「これより我々は警察局に対する調査を開始する。

 ただし、我々に残された時間は短い。ブレンターノ大尉は最後の通信で、2週間後に大規模な麻薬取引があることを示唆していた。これは、大尉が運搬していた大量の麻薬と、なんらかの関係があったと考えられる。

 通信の発信日から計算すると、取り引きは1週間後だ。警察局に対する粛清に成功しても、取り引きが行われた後では、その意味は相対的に小さなものとなる。

 以上だ。走れ、猟犬たちよ。真実(Fur)(die)ために(Wahrheit)


真実(Fur)(die)ために(Wahrheit)!」

 彼女たちは一斉に唱和すると、驚くほど素早くその場を去っていった。

 僕はシュネー嬢と二人、帝都の模型の前に残される。


 しかるに呆然と立ち尽くす僕に向かって、シュネー嬢はまたしても予想外のことを言い放った。


「今回は特に時間的猶予がない。エーデシュ少尉、あなたにも潜入捜査に参加してもらう」


 ……へ?


 ……マジで?


 マジですか!?


 ベテラン潜入捜査員が殺された現場に、潜入捜査のイロハも知らない僕が!?


 それなのに、給料は据え置き!?


 憤る僕を前に、シュネー嬢はクスリと笑った。


「潜入捜査の新兵(ニュービー)に、2000万ターラー相当の麻薬が行き交う裏社会に潜れなどとは言わない。

 先ほども説明した通り、今回のメインターゲットは警察局内部だ。密告者は、警察局の中にいる。

 だからあなたは、警察局内事2課の若きホープとしての役割を、真摯に果たし続けてもらいたい。それがそのまま、潜入捜査になるのだから。

 私からは、以上だ。緊急事態が発生した場合は、原則としてレイチェルから連絡を入れさせる。その場合、いろいろ疑問にも思うだろうが、まずは迅速にレイチェルの指示に従ってくれ」


 僕は呆然としつつも、自分をとんでもない場所に、まるで引き返せない方法で送り込んだクラマー中佐を、心の底から恨んだ。さすがにこれは、課に戻ったらクラマー中佐に一言嫌味くらいは言っていいんじゃないだろうか。

 だがそれは、課に戻ってからの話だ。いま僕が言うべきことは、たぶんクラマー中佐に対する愚痴じゃなくて、こっちだろう。


真実(Fur)(die)ために(Wahrheit)?」


 シュネー嬢の表情は黒いベールに覆われていたが、その口元がたしかに微笑みを浮かべたのを、僕は見た。


真実(Fur)(die)ために(Wahrheit)。行け、新たな猟犬よ」


 かくして僕にとって初めての、|月の猟犬《Hund・des・Monats》としての仕事が始まった。


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