Das Wunderkind Is Still Under Studying(1-6)
フロアに置かれたステージの上には、4人の女性が集まっていた。彼女たちに一礼して、僕の背後に立っていたアイン嬢もステージに上がる。これで、しめて5人。アイン嬢とレイチェル女史は顔も名前もわかるが、残る3人はこれが初対面だ。
「とりあえず、現状で集まれるのはこれだけだ。
既にエーデシュ少尉と会っている者から先に紹介していこう。
まずは、アインだ」
シュネー嬢の美声がアイン嬢の名を告げた。
不思議なもので、それだけのことでアイン嬢が一層可憐に見える。
「アインは近接戦のエキスパートだ。
全盲だが、それが彼女の戦闘能力を妨げることはない」
アイン嬢が一歩前に出て、東洋風のお辞儀をした。
「アインと呼ばれています。
楽器が得意です。よろしくお願いします」
……楽器が得意。ええと。その情報、必要ですかね?
「次に、レイチェル。彼女は医師で、学者だ。
言うまでもないが、個人戦闘能力においてもエーデシュ少尉よりずっと強いから安心してくれ」
妖艶な美女が一歩前に出て、完璧なお辞儀をしてみせる。
ははあ、この人が、医者で学者で、かつ僕より戦える、と。
なんというか、すごい侮辱をされているのだけれども、僕の中の野生が「無理無理、アレと戦うとか絶対無理」と告げているので、ここばかりは素直にその囁きに従っておく。
「レイチェルです。怪我をしたときは、どんな小さな怪我でも遠慮なく言ってね。体調が悪いときも、申告すること。この仕事、一人の体調不良は、全員の生死に関わるから。
そうそう、あっちに元気がないときも、相談してね?」
レイチェル女史も、最後の1つは情報として明らかに不要です。
「レイチェル、無垢な青年を遊び半分で誘惑しないように。ちなみにレイチェルはこう見えても裁縫の達人だ。意外と家庭的だな。
次に行こう。レイチェルの左隣が、トリーシャだ。
北方のファールン王国出身で、狙撃の名手。近接距離でも拳銃とサブマシンガンで敵をなぎ払う」
トリーシャと呼ばれた金髪の少女――どう見ても少女――が、一歩前に出た。両肩に垂れたお下げがピョコンと跳ねる。
外見こそちょっと気が強そうな田舎娘といった風情だが、中身が激ヤバなのはさすがに僕でもわかる。あれは、戦場で敵として遭遇したら死を覚悟するタイプの軍人だ。
「トリーシャだ。よろしく」
実に簡潔な挨拶に、なるほど軍人なのだと実感させられる。
「その隣が、ベラ。トリーシャの、双子の妹だ。
彼女も銃器の扱いに秀でるが、なにより乗馬の腕前が抜きん出ている。
実験的なオートバイ部隊での経験もある」
ベラがおずおずと前に出て、ちょっぴり頭を下げると、またおずおずと引っ込んだ。どうやら内気な子のようだ。わりと普通の子もいるんだな、と、ちょっとだけ安心する。
「ちなみに、ベラのダンスはプロ並というか、並のプロじゃ相手にならないからな?」
不要っぽい情報を付け加えたのは、姉のトリーシャ。
いやほんと、それを僕が知っても意味ないでしょ……?
「――姉さんだって、アクロバット、すごい。
そこらのサーカスじゃ、あんなの、見れない」
トリーシャの補足に対して、補足をし返すベラ。左様ですか。
「最後になったが、ベアトリーセ・マーショヴァー。
彼女は由緒正しいレインラント貴族だ」
僕は仰天して、思わず声が裏返る。
「ちょ、ちょっと待って下さい!
由緒正しい貴族で、マーショヴァー家って、それって!」
僕の驚きを楽しむかのように、ベアトリーセが笑った。
「君が推察する通りのマーショヴァー家だよ。
一般的には大貴族と呼ばれる家格だ。
そもそも内務省外事8課特別工作班を実際に創設したのは、初代警察局長官たるオンドルフ卿の下で働いていた、当時のマーショヴァー当主なのさ。
ま、私は実力でここのメンバーの座を勝ち取ったのだがね。つまり、少なくとも君程度なら、片手間で殺せる自信も自負もある
とはいえ、マーショヴァーの名前は便利だから、対外交渉はだいたい私が行っている。あとは料理が得意かな」
なんというか、開いた口がふさがらない。
僕は内心、フント・デス・モナーツというのは、「必要とあらば切られる尻尾」の類だと思っていた。非合法スレスレの組織なんてものは、そんなものだ。
だがマーショヴァー家のような大貴族がメンバーに入っているとなると、話は大きく変わる。
フント・デス・モナーツを「切る」ということは、マーショヴァー家を敵に回すということで、それはつまりレインラント帝国警察局外事課全体を敵に回すということだ――外事課を牛耳っているのは、マーショヴァー家なのだから。
「あと一応、私も改めて自己紹介しておこう。
内務省外事8課特別工作班の現統領を務める、シュネーだ。
役割としては、まさに脚本家といったところか。
捜査および作戦遂行の計画立案は、原則として私が行う」
で、このとんでもないメンバーを操って絵図を描く指揮者が、この天使の声を持つ、黒いフードの女性というわけだ。
ということは、おそらく……
「シュネーの歌は絶品です。
賛美歌を聞くと、魂がそのまま天に召されそうになりますよ」
期待どおりの補足をしてくれたのは、アイン嬢。
いやでも、やっぱその情報、不要じゃないですかね?
「実はもう1人、重要なメンバーがいるのだが、事情があってこの場にいない。
彼女についても、後々紹介しよう」
淡々とシュネー嬢。
折角なので、僕は素朴な疑問をぶつけることにする。
「ええと、皆様のお名前も特技も覚えました。
ですが――ええと、ですね。その――アインさんは楽器、レイチェルさんは裁縫、トリーシャさんは軽業、ベラさんはダンス、マーショヴァー卿は料理、シュネーさんは歌がそれぞれ得意っていう話も、伺ったんです、が」
僕はひとりずつ指さしながら、それぞれに得意な余技の確認をする。
みなそれぞれに頷いて、僕の記憶が正しいことを肯定してくれた。
「でもこれって、フント・デス・モナーツの活動にとって、何か直接的な意味があるんでしょうか?
連絡係を務める僕が知ってても、ほとんどっていうか、まったく意味ないですよね?」
僕の素朴な疑問を聞いたマーショヴァー卿が、ぷっと吹き出すと、笑い始めた。いやいや、僕は笑われるようなことを聞いていないと思うんですが?
「エーデシュ少尉。君は……なんというか、想像力が豊かなのか乏しいのか、にわかに判断できないな」
笑いながら、マーショヴァー卿。
僕は再び頭上に大量のクエスチョンマークを回転させるばかり。
「冷静に考えてみたまえ。我々は、警察局や帝国軍内部の不正に対し、最後の手段としてその剣を抜く。
で、君はそんな異常事態――いや、事実上の国家非常事態が、そんなに頻繁に起こるとでも思っているのかね?」
……確かに。マーショヴァー卿の指摘はもっともだ。
もっともだし、僕は自分が猛然と赤面しているのを感じていた。
要は、アレだ。僕は「その知識が生死を脅かすほどの秘密結社」に自分が関わったことに興奮してしまっていて、「こんなものすごい秘密結社が、毎夜毎夜、帝国の平和のために活動している」という、きょうび小説家でも書かないような物語を、勝手に脳内に作ってしまっていたのだ。
いやでも、ということは。もしかして。まさか。まさか、まさか。
「我々にとって、日々最も重視されるのは訓練だ。
継続的な訓練あってこそ、我々は帝国で最も鋭利な短剣であり続けられる。
だがそれはそうとして、個々が独自の情報収集網を構築することもまた重要だ。犯罪の摘発と、適切な対処においては、情報こそが命となる。
このため、我々は場末のキャバレーである“フント・デス・モナーツ”としての活動も継続して行っている。
ちなみに性的なサービスは――一部のメンバーを除いて――行ってはいない。だが私としても、それによってより深い情報網が構築できるなら、止める理由がない。
もちろん無理強いはしないし、警察局内事2課が勇んで踏み込んでくるレベルでの逸脱した行為は禁止しているが」
シュネー嬢がさしたる感情も込めずにフント・デス・モナーツの日常を説明する。
いやいやいや。いや、まあ、分からなくはない。分からなくはないとして。
ということは、つまり先程の自己紹介は……。
「エーデシュ少尉には、警察局との連絡係と兼任で、我々の“技芸”をマネジメントし、必要に応じてプロデュースする仕事も任せたい。これは、前任者もやっていたことだ。
今は、私とベアトリーセで分担して担当しているが、馬鹿にならないくらいに作業負担が高いので、いささか持て余しているというのが現状だ。捜査案件が入れば二人ともそっちにかかりきりになるから、捜査に動員されていないメンバーのマネジメントやプロデュースがいい加減になってしまう。
この業務については、私が個人的に給与を支給しよう。成績次第でボーナスも出す。どうかな?」
なるほど。なんとも、とんでもない話ではある、が。
フント・デス・モナーツに関わっても、今のままでは仕事が(しかもあからさまに危険な仕事が)増えるだけで、警察局内事2課局員としての給料が増えるわけではない。シュネー嬢はクラマー中佐と交渉しろと言うが、「上司との交渉の結果、特定公務員個人の俸給が上昇した」という事案は、年度末監査の格好の餌食だ。つまり、このままでは増大する仕事量に対し、僕の俸給は据え置かれたままとなる。
だが彼女らが持つ秀でた技芸を活かして、フント・デス・モナーツが組織として抱える情報ネットワークを強化する仕事を手伝えば、ボーナスが出る可能性まである。これは、美味しい。
「お話は、理解しました。
僕個人としては、是非ともお引き受けしたいと思っています。
ですが僕は芸人のマネージメントなんてしたことありませんし、警察局の仕事とプロデューサー業を兼業する自信もありません。
どうでしょう、まずは1ヶ月ほど試用期間を頂いて、互いにどれくらいできるのかを測るというのでは?」
おそるおそる、提案。
「それでいい。なに、マネージメントと言っても、何月何日に誰がこの店のステージに上がって、何月何日の何時から誰が他のキャバレーに客演するのかを管理してもらえるだけで十分だ。
営業してもらう必要はないし、金銭管理もしなくていい。ましてや個々人のメンタル管理だのヘルスケアだの、その手のものは一切不要だ。というか手を出すな。
プロデュース業は、上手くやれたらボーナスが乗る、程度で考えてほしい。なにせ私もベアトリーセもプロデューサーとしての才能は皆無でな。プロデューサーとして何かやろうとするときは、事前に私に相談するという点だけ守ってもらえれば、試みの成否は問わない」
妥結だ。かくして本日2度めの握手が、僕とシュネー嬢の間でかわされた。




