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月の猟犬  作者: ふじやま
3rd episode:Oridnary Men
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Ordinary Men(3-3)

 あの後、僕たちは准将お勧めのバーに向かい、そこでディナーとなった。

 メニューにはワインとチーズと干しブドウしかないバーで、そのすべてにおいて感服するほかない味ではあったけれど、僕的には絶対量の不足を指摘せざるを得ないといったところ。


 若干の餓えを感じながらチーズをつまみ続けていた僕の横で、2人は今後の予測を語り合っていた。


「『帝国軍兵站部に工作員が入り込んでいた』というところまでは、もう握りつぶせないと思うのよね。外事3課の坊やとかが散々騒いだし。

 だから帝国としては共和国に『遺憾の意』を表することになると思うんだけど、そっちはどう見る?」

「我が国としては、表向き全力で否定しつつも、水面下で交渉……みたいなストーリーになるかな」

「落着予測は?」

「殺された軍曹は無害で不運な帝国軍人でした」

「かつて共和国の要人(スパイ)がこっそり住んでいた部屋を借りて住んでしまったのが不運だった、と? それで帝国を愛してやまない過激な愛国者(テロリスト)が、間違って無実の軍曹を殺した?」

「『〈ヴージェ共和国との再戦と勝利〉を掲げるテロリストを許すな』あたりがそっちの新聞の一面になるかなあ。こっちの新聞で『戦争は終わったのに諜報戦を継続するのは信義にもとる』『もう先の大戦の犠牲者を増やしてはならない』みたいな共和国政府批判させときゃバランス取れるでしょ。

 この展開なら、御社も弊社も大満足だと思うし」

「クソね」

「クソだよ。で、どうする?」


 レイチェル女史はしばらく指先で干しブドウをもてあそんでから、こう答えた。


「ちょっとした禁じ手を使うわ。

 これ以上、あなたに頼るのは自殺行為だから」


          ■


 かくしてその夜のうちに、レイチェル女史と僕はフント・デス・モナーツへと急ぎ舞い戻った。地下に降りるなりレイチェル女史がソーニャ嬢を掴まえてなにやら相談しはじめたところを見るに(そしてソーニャ嬢がしきりに「えぇ?」とか「いやわかるけど」とか言っていることを鑑みるに)、これが「ちょっとした禁じ手」ということだろう。ソーニャ嬢は〈月の猟犬〉の同僚にとってすらハイリスク・ハイリターンの権化なのだなあと思うと、思わず苦笑いしてしまう。


 レイチェル女史とソーニャ嬢の相談は10分ほどで終わった。いったい何を話したのやらと思ったが、そんな第三者気分は即座に消し飛んだ。ソーニャ嬢が僕の肩に手を置くと、「警察局の資料がほしいんだけど」と囁いてきたのだ。

 「えぇ……? いやわかりますけど……?」的な表情が浮かぼうとするのを必死で堪えつつ、「内容によります」と無難な返事をする。ソーニャ嬢は肩を竦めると、「レンバッハ軍曹のカネと女のラインは調べてたんでしょ? 女について調べた、ありったけがほしいんだよね」とのお言葉。


 むーん。レンバッハ軍曹殺人事件は捜査が終了してしまったので、捜査資料も保管庫に入ってしまっている。明らかに上層部からマークされている現状で資料を引っ張り出すとなると、何が起こるか分からない。僕は素直にその点を説明した。すると意外にも、要求が素早くスケールダウンした。

「レンバッハ軍曹は勤務先から家まで徒歩で通ってたんでしょ? 当然、帰宅ルートの洗い出しはしてるよね? 聞き込みして裏も取ってるよね? 軍曹の帰宅ルートを記入した地図だけあればいい。それならどう?」


 ふむ。それならまだ、僕の記憶に残っている。ちょっと時間をもらえれば書き起こしますよ……と言いかけたところで、ソーニャ嬢は僕の肩をポンと叩いた。


「書かなくていい。

 あっちのテーブルに広がってる、シュネー用の作戦地図。

 あれを使って、ルートを教えて。それ見て覚えるから」


 なるほど。


 かくして僕は興味深げにしげしげと覗き込んでくるシュネー嬢の視線を意識しながら、ソーニャ嬢に軍曹の帰宅ルートを指し示すという、妙に緊張感のある時間を過ごすことになった。緊張して間違えるようなことはないけれど、なんとなく居心地が悪い。

 ともあれ僕から知りたいことは全部知ったと判断したのか、ソーニャ嬢はちらりとシュネー嬢に視線を向ける。シュネー嬢は小さく頷くと、地図上の5カ所にサイコロを置いた。出目は1・2・2・4・6。なんですかね、これ?


 そうやって悩んでいると、ソーニャ嬢が改めて深々とため息をつく。


「やっぱシュネーもそう思う?

 でもさ、2の一カ所と6が、ウチのシマじゃないんだよなあ……。

 6をサボったら……駄目だよねえ? レイチェル怒るよねえ……?」


 ソーニャ嬢の謎のボヤキを聞いたシュネー嬢は、無言で頷く。


「わかってるってば。やります。やりますよ。

 こりゃ今夜は徹夜だなあ。じゃ、仕事してくるね」


 かくしてソーニャ嬢は夜の帝都へと旅立っていった。気がつけばレイチェル女史もいなくなっている。

 見事なまでに次の指示を待つしかなくなった僕は、我ながらマヌケだなと思いつつも、工事中の店舗フロアに毛布を広げて仮眠することにした。地下で仮眠でもいいんだけど、やはり女性と同じ空間で寝るのは、ちょっと気が咎める。


 階段を登っていささか荒涼とした店舗フロアに出て、そこらに転がっていた適当な椅子を3つほど並べたところでふと周囲を見渡すと、木製のテーブル(仮)の上にウィスキーの小瓶が置いてあった。封は切られている。さして高級な銘柄でもないので一口だけ頂戴すると、アルコールが喉と胸を焼いた。旨い。やはり僕はお上品な酒より、こういう酒のほうが気が休まる。


 ウィスキーが効いたのか、3つ連ねた椅子に寝転がって毛布を被った僕は、すぐに眠りに落ちた。


          ■


 物音がしたことに気づいた僕は、即座に跳ね起きる。跳ね起きつつ、自分が不安定な椅子の上で寝たことを思い出して、慌ててバランスを取った。反射的に、腕時計を見る。0600時。思ったより長く眠ってしまった。このところ特別警備あり、合同特捜班あり、まさかの共和国諜報部での労働ありと、寝不足と疲労と緊張には事欠かなかったのが響いた感がある。

 結構たっぷり寝たはずなのにまだ眠い目をこすって周囲を見ると、ちょうどレイチェル女史が店の扉を閉めるところだった。なるほど、扉が開いた音で目が覚めたらしい。寝ぼけ眼のままレイチェル女史に「おはようございます」と挨拶したが、後半に欠伸が混じって「おはようございまぁーふ」みたいになったのが実に恥ずかしい。

 間の抜けた僕の挨拶を聞いたレイチェル女史は、上から下まで僕の姿を見渡すと、「今日は1300時までにはここを出て、1330時あたりから本格的に仕事を始めるわよ。1200時まで、地下の仮眠室で寝なさい。これは命令よ」と言い放った。そして自分も地下への階段へと一直線に向かう。

 僕は慌ててレイチェル女史の後を追って、地下に向かった。シュネー嬢がテーブルに突っ伏して眠っている。周囲にはトランプが広がっていて、背後の黒板には無数の数式が書かれているのを見るに、「カードゲームでソーニャ嬢に100%勝利する作戦」でも立案していたのではなかろうか。レイチェル女史と僕は顔を見合わせてから、シュネー嬢のことを放置して、それぞれ仮眠室に向かった。


          ■


 1200時。脳内の何かが僕にそう告げ、僕はその声に従って飛び起きる。腕時計を確認。1200時ちょうど。問題なし。軽く身支度して、仮眠室を出る。顔を洗いたいところだが、そのあたりはレイチェル女史と相談してからでもいいだろう。

 そのレイチェル女史はといえば大分前から起き出していたようで、既に着替えまで終わっていた。僕の姿を見るなり、「顔を洗って。それから出ましょう」とのお達し。顔を洗って歯を磨いて制服をきちんと正したところで、1215時。レイチェル女史は洗面所から出てきた僕をしげしげと見つめて、ちょっとネクタイの向きを直すと、店舗フロアに上がる階段へと向かった。


 その日の「仕事」は、風変わりでありながらも、とても理に叶ったものだった。

 1300時、予定より30分早く、僕たちは最初の目的地についた。昨晩シュネー嬢が「1」の目のサイコロを置いた場所だ。

 そこは、ざっくばらんに言えば、娼館だった。内事2課用語で言えば「性的な接待を伴う特殊飲食店」。店舗は外装からしてかなり豪華で、まだ昼だというのに入り口には用心棒が立っていた。


 用心棒が立っていた理由は、実にわかりやすかった。僕らがその娼館に近づいていくと、筋肉ダルマめいた用心棒が最敬礼で「お待ちしておりました、ドクトル・レイチェル! どうぞお入りください!」と挨拶してきたからだ。

 この手の人物にここまで深々と腰を折らせるのは、さすがレイチェル女史というところか……と思って中に入ると、さらに不思議かつ納得できる状況が広がっていた。古式ゆかしい宮殿のような作りをしたホールには30人ほどの着飾った女性が並び、その中央には僕も見覚えのあるマフィアが立っていたのだ。スキンヘッドに蛇の入れ墨を入れたあいつは確か、ストラーダ一家の人間だ。


 女王様のようにレイチェル女史がホールへと入っていくと、一斉に皆が頭を下げた。

 そして半ば平伏したまま、中央のスキンヘッド男がご挨拶する。


「このような場所にご足労頂き、まことにありがとうございます、ドクトル・レイチェル!

 アガトニークの旦那からもお話は伺っております。ご不明な点がございましたら、何なりとお申し付けを!」


 なるほどなあ。

 つまり昨晩の段階で、ソーニャ嬢とシュネー嬢は僕が示した軍曹の帰宅ルートをもとに、「帰る途中に彼が寄っていく可能性が高い娼館」をピックアップしたというわけだ。1・2・2・4・6は、優先順位とかそういう類いの指標か。

 ただ問題は「2の一カ所と6がウチのシマじゃない」、つまりこの5軒のうち2軒はストラーダ一家の支配領域にないということだ。だからソーニャ嬢は、そのあたりを昨晩のうちに他のファミリーと交渉(・・)し、話を通すべく動いたのだろう。


 とはいえ。こういう調査は当然、僕ら特捜班も(微力とはいえ)頑張っていた。

 ただ僕らとしては「軍曹の帰宅ルートは長く、性的な接待を伴う特殊飲食店や特殊宿泊所を特定しきれない」というのが結論だった。なので捜査員がカンで飛び込んで、聞き込みをして、全敗した。


 いったい彼女たちはどういう根拠で、たった5軒にまで候補を絞れたのだろう?


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