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月の猟犬  作者: ふじやま
3rd episode:Oridnary Men
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Ordinary Men(2-1)

野菜の暗号の強度。捜査は中止されるもの。姉妹喧嘩とカードゲームは続き、改装工事は終わらない。回避可能な不幸の再生産。期限は5日。衣装室。身支度にかかる時間。普通であるということ。舞踏会。ヴージェ共和国陸軍、最大最悪のクソ野郎との遭遇。2つめの期限は3日。

 「野菜の暗号」を共有した特捜班は、善は急げでハウスメイドを再尋問したが、彼女から得られた情報は「この暗号システムは強靱すぎる。思いついたヤツは天才か変態」ということを再確認させられるものばかりだった。


 この手の「善意の第三者」を仲介させる方法は、今回のように仲介している人間を捕捉されると、捕捉した側は比較的容易に「どんな情報が仲介されていたか」を把握できるという脆弱性がある。

 でも今回の場合、僕らが捕捉したハウスメイドは、いつ・何を買い物したのか、はっきりと覚えていない。当然だ。彼女は週に4軒のハウスキープをこなすことで、子供の学費を稼いでいる。臨時の契約にも柔軟に対応しているから、最大で週に8軒を巡ったこともあるという。

 そんな彼女が「レンバッハ軍曹のために何を買ったかなんて忘れました」と言うのはもっともだし、軍曹も彼女がそういうハードワーカーだからこそ(そして写真記憶みたいな馬鹿げた異能を持っていないことをどうにかして確認したからこそ)、彼女を善意の第三者として選んだのだろう。


 だが僕たちを真に途方に暮れさせたのは、クラマー中佐からの命令だった。

 ハウスメイドの尋問からオフィスに戻ってきた僕たち特捜班(レイチェル女史を除く)は、その全員が名指しでクラマー中佐に呼び出されたのだ。


 雁首並べた僕らに向かって、中佐が「外事3課の応援に感謝する。貴殿らは本時刻をもってセベッソン大尉の指揮下に戻った。ご苦労だった」と言い放った瞬間、何が起きたかは理解できた。

 でも外事3課の面々がオフィスを去った後で、改めて「レンバッハ軍曹殺人事件の捜査を中止する。1時間の休憩の後、次の命令を下す」と告げられたときは、反射的に抗弁しそうになってしまった――というか、思わず「それは」まで口に出た。

 それ以上は、どうしようもなかった。

 僕は、中佐(義父)の眼光を前に、口を閉ざすしかなかった。

 休憩時間に一緒にコーヒーを飲んだ部下たちが、冗談交じりで「ボスの前では少尉もただのヘタレですよね」と突っかかってきたが、彼らの声にもまるで覇気はなかった。


 かくして絵に描いたような「上からの圧力」で捜査を中止させられた僕たちは、特別警戒チームへと再配置され、その数時間後にはレンバッハ軍曹殺人事件のことなど忘れていた。警備の現場ではあちこちでトラブルの予兆が見えていたし、重大なテロにつながり得る情報の整理と選別にあたっては他の事件のことなど考えている余裕はない。


 つまり、結局のところ、この仕事はこういう仕事(・・・・・・)なのだ。


 実際、「上からの圧力で捜査を潰された」と言ってはみたものの、暗中模索の極みに至っているレンバッハ軍曹殺人事件にマンパワーを割き続けるのは、現状においては合理的ではないと認めるしかない。僕らが使える資源は限られていて、すべてを守ることなどできないのだ。甚だしく、悔しいけれど。


 でも。

 それは、警察局の論理だ。


 世の中には、そうでない理論で動く連中もいる。

 例えば――〈月の猟犬〉のように。


 ……そんな展開になることを内心で大いに期待しながらフント・デス・モナーツの地下に顔を出した僕だったが、その期待は斜め下方向8度くらいの方向に裏切られた。双子姉妹が、僕の期待を遙かに超えた論点に関して、けたたましく口論していたのだ。


 さて。ここで簡単に互いの主張を抜粋してみよう。


ベラ嬢の主張:

 最近、姉の爪が伸びていて、いろいろと痛い(ここで突っ込んだら負け)

 でも姉は狙撃手なので、爪は商売道具の一部である

 なので私はずっと我慢していた

 でもヴージェのクソ野郎どもの身辺警備をするなんていうクソ仕事が終わったら、私が姉の爪を切ってあげると約束した

 なのに姉は勝手に爪を切って、なんだか綺麗な塗料まで塗っている

 こんな横暴を神はお許しにならない


トリーシャ嬢の主張:

 私は今日、ベアトリーセの警護をすることになった

 ベアトリーセは今日、ヴージェ共和国外務大臣の娘さんと帝都見物をした

 その娘さんは、帝都に新しくできた「ネイルサロン」にいたく興味を示した

 急な予定変更で(主に外事3課の連中が)死にそうになったが、2人はネイルサロンに入ることになった

 2人が爪の手入れをしてもらっていると、外務大臣の娘さんが「そこの綺麗な護衛の人も、手入れしてもらいましょうよ」と言い出した

 ベアトリーセは立場上、その申し出を断れなかった

 私の爪が切られたのは命令を守ったことによる名誉の負傷であって、それを妹に誹られるのは極めて心外である


ベラ嬢の反対尋問:

 綺麗な護衛の人って何よ! ああそうよね、あの外務大臣の娘さん、姉さんのタイプだもんね。綺麗って言われて嬉しかったんでしょ? そうなんでしょ?


トリーシャ嬢の弁護:

 なんだと!? お前だって去年の任務中、髪型を勝手に変えたじゃないか! この任務が終わったら、おそろいの三つ編みにしようと約束していたのに!


 以下省略。


 ぐわー。頼むからそういうのはご自宅でお願いします。


 出鼻を挫かれた僕は、どっと疲れを感じつつも、ソーニャ嬢とカードゲームに興じるシュネー嬢に直談判してみることにした。

 彼女の力があれば、レンバッハ軍曹殺人事件を追求することも可能なはずだ。しかも「野菜の暗号」なんていう、彼女好みのネタまである。警察局とは異なるロジックで動く彼女らであれば、この事件だって……


「今のシュネーにそれを頼むのは、やめといたほうがいいとボクは思うね。

 考えてごらんよ? ベラとトリーシャが今みたいに人目もはばからずにイチャイチャし始めたのは、君がベアトリーセからレイチェルを借りたのが原因だよね? 本来ならネイルサロンで爪のお手入れをされる護衛はレイチェルだったはずなんだから。

 でさ。これから数日間、アレをみせつけられ続けるボクらの身にもなってみてよ? なのにボクらは、さらに君に協力しなきゃいけないわけ? それは貸し借りの算数が苦手すぎない?

 それにさあ。現実問題として、今のボクらには実働部隊がいないんだよね。なんならボクが動いてもいいけど、どうせそれはイヤなんでしょ?」


 ソーニャ嬢からのありがたい申し出に、僕は慌てて首を横に振ってから、縦に振る。


 〈魔弾の射手〉の二つ名を持つソーニャ嬢が本気で動けば、レンバッハ軍曹殺人事件の捜査はとても面白い(・・・)展開を見せると思って間違いない。

 でも、僕ら警察局が局のメンツを賭けて集中警備してる今の帝都のど真ん中に、ヒマを持て余したソーニャ嬢を解き放つというのは、人としてやってはならないことだ。それってのは、誰もが神に平穏無事を願っている祈りの場に、堂々と悪魔を召喚する類いの蛮行に等しい。


「てことで、まだその件に食らいつきたいなら、ベアトリーセにでも頼んでみたら? 彼女は外事課の裏番長なんだから、ヴージェの外相が来てる間はともかく、帰ったら捜査再開みたいな流れは作ってくれるかもよ?

 ……おっと、ボクの勝ちだねシュネー。ボクの伏せ札はスペードのエースだ」

「ほう? スペードのエースは6戦前に私が伏せ札のまま捨てたぞ? そしてこの6戦の間、山札のリシャッフルはしていない。なぜ1デッキにスペードのエースが2枚あるのかな、ソーニャ?」

「ふふん? イカサマは現行犯逮捕以外、イカサマじゃないっていうルール、知ってる?」

「ほっほう? 〈魔弾の射手〉は真剣勝負をお望みか?」

「あっれー、『今までは真剣にやってなかった』的な言い訳が聞こえるなあ」


 うがー。


 ともあれ! できることはやっておくべきだろう(もちろんだけど「不機嫌なシュネー嬢と交渉する」とか「ソーニャ嬢に節度ある行動を期待する」なんていうのは「できること」に入らない)。

 さあ怯むな、ここは帝国軍人として掛け金を上げるべき場面だぞ、エーデシュ少尉! 無駄に疲れを感じてる場合じゃあない! ……と、さらにどっとのしかかってきた疲れに負けそうになる心を鼓舞しながら、僕はベアトリーセ様を探した。ソーニャ嬢曰く「どこかにいる」そうなので、地下にいないってことは、改装中の店舗か。


 かくして僕は、シュネー嬢が指揮盤に使っているテーブルの端に置かれたちょっと良さげなワインのボトルをかすめ取ると(ソーニャ嬢は僕の窃盗行為に気づいたが、イカサマを防ごうとゲームに集中しているシュネー嬢は気づかなかった)、店舗スペースへと続く長い螺旋階段を登ることにした。


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