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月の猟犬  作者: ふじやま
3rd episode:Oridnary Men
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Ordinary Men(1-4)

 夜のうちにフント(Hund)デス(des)モナーツ(Monats)を訪問しシュネー&ソーニャ嬢と相談した結果、「明日の昼には誰かを派遣する」という話で決着がついた。

 そんなこんなでその夜はなんとか天辺を回る前に仮眠できた僕は、翌朝4時に跳ね起き、特別警戒態勢を維持している内事2課の捜査員から状況報告を受けたり、それをレポートにまとめてクラマー中佐に届けたりといった雑務をこなし、ミルクを多めに入れたコーヒーを朝食代わりにしてから、レンバッハ軍曹殺人事件に取りかかった。

 ……8時間とは言わないけど、やはりもうちょい眠りたい。


 どうやら特捜班はあの後も、聞き込みや調査に走っていたようだ。

 机の上に積み上がった報告書を読む限りでは、彼らは愚直に「カネと女」のラインを捜査したようだ。殺人にまで至る「カネと女」は、夜の街と深い関係を有することが多い。だから深夜帯こそが聞き込みの本番なのは間違いないが……まったく、頭が下がる思いだ。

 そんな実直な捜査員たちは、朝9時にきっちり全員が揃った。せっかくなので局内の食堂に場所を移して、全員にコーヒーとマフィンのセットを奢る。


 軽食とコーヒーを腹に収めながら、昨晩の捜査について簡単にまとめる。

 やはりレンバッハ軍曹殺人事件には、わかりやすい「カネと女」は絡んでいなさそうだというのが、現状での判断になる。


 中でも決定的だったのは、今朝6時すぎに聴取された鮮度バッチリの証言だ。被害者は4階建てのマンションの3階に住んでいたのだが、そのマンションの1階に住むお婆さんが、実に典型的な「帝都の老嬢」なのだそうだ。つまり「いいトシして独身の男がいると、見合いの写真を渡さずにはいられない」タイプ。僕もこのタイプには散々苦労させられている。

 享年44歳だったレンバッハ軍曹も、見事にこの「ご親切」の餌食となっていた。しかるに、ご親切にする側の老嬢曰く、レンバッハ軍曹は「まるで女に興味がないかのよう」だったという。しかもその老嬢は進歩的な考え方の持ち主だそうで、レンバッハ軍曹の部屋を訪れる男性もいなかったと太鼓判を押した。


 ともあれ、ほぼ24時間体制で隣人の幸せを祈りつつ監視している老嬢の証言だけに、「どうやら共和国との連絡役がレンバッハ軍曹の部屋を訪れることはなかったようだ」というのが妥当な結論となる。


 その一方で、老嬢の証言はレンバッハ軍曹の更なる異様さも明らかにしてくれた。

 先の大戦で勲章を受け、しかも今では軍でちゃんと給料が出る仕事をしている彼のもとに、彼の元戦友が誰一人として訪れて来ないというのは、どう考えたっておかしい。普通なら1人くらい、「カネを貸してくれ」と泣き落としにくる元戦友(・・・)がいるはずなのだ。帝国の経済は、完全に立ち直ったわけではないのだから

 ちなみにクラマー中佐が「カネと女」と口を酸っぱくして繰り返すのには、こういう事情もある。戦死した戦友の妻が、カネを借りるために訪ねてくる……そういった(いろいろな意味で)危うい状況は、戦後から今に至るまで途絶えたことがない。

 レンバッハ軍曹の戦友やその関係者、あるいは同郷の古い友人たちは、なぜ彼に会おうとしなかったのだろう?


 この謎の半分は、軍曹の公式プロフィールを調べ直していた部下が解いてくれた。軍曹は旧エレーヌ・バルザ領出身だったのだ。


 エレーヌ・バルザ領は、帝国と共和国の間で長年の係争地となっている。直近の歴史だけを見ても、ヴージェ革命(つまり内戦)に乗じる形で帝国がエレーヌ・バルザ領を回復させ、先の大戦の和平条約で共和国が帝国からエレーヌ・バルザ領を奪い取ったという流れがある。


 さて、エレーヌ・バルザ領の統治において、ヴージェとレインラントは伝統的に異なる方針を有している。

 エレーヌ・バルザを獲得したヴージェは、それまでの住人を原則として全員追い出し、首都その他で職にあぶれていた人間をそこに送り込んできた。レインラントはそんな非道なことはせず、元の住人は帝国市民となるか、ヴージェ市民として国外に出るかを選択できた。


 結果、エレーヌ・バルザ領の一部には、「書類上はレインラント市民だが、自分たちは本当はヴージェの人間である」という意識を強く持った地域ができた。軍曹が生まれた総人口50人程度の寒村も、そんな地域のひとつだ。

 戦争中に帝国軍から勲章を授与された軍曹は、故郷の人々にしてみれば「裏切り者」だ。軍曹が故郷と疎遠になったのも、むべなるかな。


 では軍曹の戦友はどうか。

 この点についても、プロフィールの再調査をした部下が実に興味深い指摘をしてくれた。


 彼女によると、軍曹の軍歴には不自然なところがあるという。

 軍曹は戦争が始まったのと時を同じくして軍に入り、地元で半年の基礎訓練を受けている。だがこのとき、軍曹は既に29歳。当時の徴兵年齢上限は25歳、志願兵の年齢上限は30歳だから、「志願できない年齢になる前に志願した」と解釈できる。

 問題はここからだ。その後の軍曹の軍歴には、奇妙な記録がいくつか残っている。帝国の北の端で任務についた、その一週間後に南の端で任務に従事しているといったケースが、ポツポツと見受けられるのだ。

 最も簡単な解釈は「記録ミス」だ。先の大戦は、始まるや否や誰もが予想できなかった規模へと膨れ上がり、誰もが予想できなかった大惨事へと発展した。そのため軍は現実に対応することに追われ、細かな手続き無視や記録の不備は、戦争初年度から常態化した。


 だが有能なる部下は、「これは人為的なミスかもしれない」と主張した。「戦歴をカードに書き出して並べていった結果、軍曹の戦歴は2人の兵士の戦歴を混ぜたものだと考えると、矛盾がなくなる」のだという。

 となると、軍曹は何らかの機密に関わっていたか、さもなくば「この経歴が必要になった」と考えられる。志願兵がいきなり軍の機密に関わる何かをしたというのはまずあり得ないので、後者だろう。

 その理由も、推測はできる。戦争も末期になると、帝国には厭戦ムードが強く漂っていた。そんななかに降って湧いた「戦争勃発と同時に29歳で志願した、愛国心あふれるエレーヌ・バルザの兵士が、英雄的な活躍をした」というニュースは、プロパガンダ担当者にとってみれば宝石のように見えたことだろう。

 でも軍曹の経歴は勲章を与えるには微妙すぎたので、別の兵士(おそらくは戦死した誰か)の経歴を混ぜ込んで、公式の記録とした。そしてそういう経緯であれば軍曹の元戦友たちが軍曹を遠巻きにするのも理解できるし、それは軍曹の死因にも直結し得る――つまり軍曹は事情を知る元戦友から「秘密をバラされなくなかったらカネをよこせ」と強請られていた可能性だ。


 と、いうことは、捜査の中心は軍曹の元戦友への聞き取り調査にシフトしたほうが良い? でもそれってとてつもないマンパワーが必要になるぞ? それに「軍曹は工作員だったのかもしれない」という疑惑を解明するための捜査としてこの聞き取り調査を始めれば、調査される側(なかにはそれなりに昇進した人物もいるだろう)から「警察局はウチの人間がスパイだと言うわけだな?」という抗議のお手紙が殺到すること間違いなしだ。「あくまで殺人事件を解決するためです」という主張で、どこまで押せる? いずれにしてもこれ、5人や6人で何とかなる捜査じゃないよね?


 「最初から高い山に登る覚悟はあったけど、いざ登山を始めたら山頂が雲の上にあった」感を全力で共有してミーティングを終えた僕らだったが、ここで救世主(候補)が登場した。フント・デス・モナーツの偉大なる経理担当にして、マーショヴァー卿の護衛兼通訳、かつレインラント帝国軍軍医、そして〈月の猟犬〉のメンバーであるレイチェル女史だ。

 ……って、レイチェル女史が来ちゃって良かったんですか!? マジで!? いや確かにレイチェル女史はあのチームにおける「常識的なほうのワイルドカード」(非常識なほうのワイルドカードはソーニャ嬢)なので大変にありがたいのですが! でもベアトリーセ様の護衛とか! 通訳とか!


 なんてことを思ってアタフタする僕を綺麗にスルーしながら、レイチェル女史は特捜班のメンバーに向かって優雅なご挨拶&訓示。


「マーショヴァー卿は、レンバッハ軍曹が共和国の工作員である可能性は、極めて高いと考えておいでです。また、レンバッハ軍曹の死が彼自身にとって計算外であったことは、『助けてくれ』という彼の叫び声からして確実です。

 そしていまはまさにヴージェ共和国とレインラント帝国が高レベルの会談を行っている真っ最中。つまり、レンバッハ軍曹は必ずや共和国に伝えるべき情報を有しており、その情報は極めて高確率で彼の自宅に残されているはずです。

 エーデシュ少尉、レンバッハ軍曹の自宅に案内してください」


 僕は「被害者の自宅はもう何度も捜索しました」という反論を飲み込むと、「マーショヴァー卿の御心のままに」と返事してから、レイチェル女史(およびチーム一同)を先導して歩いた。自分で応援を呼んだにも関わらず、どういうテンションでこの状況に対応すればいいのか、自分でもいまいちピンと来ない。

 ともあれ、今の僕は内事2課の副課長。そしてレイチェル女史はマーショヴァー卿の使者。これが僕らの演じるべき役割(ロール)……で、良い、はず。


「マーショヴァー卿は報告を心待ちにしておいでです。

 費用よりも時間を優先して、貴殿の任務をお果たしください」


 要約すると「そのロールでいいから、早くしろクズ」という指令をレイチェル女史から拝領した僕は、マーショヴァー卿の名前を振りかざして警察局のVIP送迎専用車両を無予約で借り出し、レンバッハ軍曹の自宅へと向かった。


 レンバッハ軍曹の自宅についた僕たちは、鍵を開けて中に入る。整理整頓が行き届いた空間は、主をなくしたせいか、少し埃っぽさを感じさせつつあった。住人がいない住居は、すぐに荒れる。

 軍曹の自宅はリビング兼ダイニング(&キッチン)が1部屋、寝室が1部屋、書斎が1部屋という造りだ。もっとも書斎の本棚にはまったく本が刺さっておらず、「超広いクローゼット」として使われていたようだ。寝室にも作り付けの本棚があるが、完全にカラ。キッチンに置かれた調理器具は最低限度だが、なかなかよく使い込まれていた。軍曹は自炊派だったようだ。


 僕らは手分けして各部屋の再捜索にあたった。レイチェル女史は「我こそはマーショヴァー卿の名代であるぞ」というオーラを容赦なく放っており、普段の慈愛に満ちた空気は微塵もない。そのせいか特捜班は彼女の側に寄ろうとせず、結果、自然と僕に御用聞きポジションが回ってきた。上手いなあ。

 そうやって僕がレイチェル女史の隣で床や壁をコツコツ叩きまくっていると、やがて彼女はキッチンへと入っていった。慌てて後を追う。レイチェル女史はしばらく調理道具を眺めてから、野菜庫を開く。しなびたジャガイモが数個と、芽が生えつつあるタマネギが数個、転がっているだけ。「カボチャ」「ナス」「トマト」と金釘調の文字で書かれた棚には何も残っていない。


 それを見たレイチェル女史は頷くと、僕に向き直って、小声で問いを発する。


「少尉。絶対にこれで間違いがないという機密情報を得た工作員にとって、最悪の事態は何かしら?」


 僕はちょっと悩んでから、当たり障りのない答えを返す。


「自分の正体が露見した上で、自分がどんな情報を得たかも把握されること……ですかね?

 自分の正体か、得た情報か、どちらかだけでも把握されるのはマズいですが、両方揃った状態で逮捕されるのは間違いなく最悪かな、と」


 この腰の引けた回答に対するレイチェル女史の評価は、意外にも「満点の答えね」。おお、レイチェル女史に褒められるの、これが初めてかも?

 でもそんな浮ついた気分は、一瞬で消し飛ぶ。


「そのリスクを軽減するために、工作員は暗号を使う。

 そして可能な限りその暗号は、善意の第三者の手を介してから、本国へと届ける。

 この基本に、レンバッハ軍曹は忠実だったみたいね」


 ……暗号? でもこの空間のどこに暗号を……?

 それに善意の第三者って……?


 ……いや……いや、まさか。

 まさか、そんな!


「気づいたようね。

 軍曹が雇ったハウスメイドさんは、ものすごく律儀で誠実な人なんでしょ、どうせ? 工作員に協力してる人間だとは思えないくらいに。

 じゃあその人に確認してみて? きっと『なくなった野菜を買い足しておいてほしい』みたいなことを軍曹に言われているはず。善意の第三者である彼女が市場でどの野菜を買ったかを監視していれば、レンバッハ軍曹家の野菜庫に何があって何がないかは把握できるのよね」


 軍曹の野菜庫には、5種類の野菜が常備されるようになっている。現状で言えば、雇われたハウスメイドは「カボチャ」と「ナス」と「トマト」を補充するべく市場で買い物をするわけだ。

 ということは、軍曹から情報を受け取る共和国の連絡員は、市場で買い物をする彼女を監視していれば、軍曹から「カボチャ」「ナス」「トマト」という暗号をキャッチできることになる。


「もちろん、彼女が自分の家で使うための野菜も一緒に買ってしまう可能性はある。でもそのリスクは『俺のために買った野菜の領収書を残しておいてくれ』とでも言っておけば軽減できる。もっと正確を期したいなら、『常備薬の補充も頼む』とか書き残しておけばいい。お店を3軒くらい巡って買い物させれば、十分に信頼できる精度になるわ。

 洗濯物も使えるわよ。シャツが何枚、靴下が何足、みたいに。軍曹みたいな人が特定の八百屋に執着するのはさすがに不自然だけど、『この洗濯屋で頼む、馴染みなんだ』という要求はいたって自然よ。身だしなみを気にする軍人さんなら、信頼できる洗濯屋に仕事を頼みたいでしょう?

 そしてこれなら、共和国の連絡員は事実上の定点観測で暗号をキャッチできる。『どういう種類の洗濯物を、何枚預けたのか』っていう注文書は絶対に書くわけだから、それを盗み見るなり、注文のときの会話を盗聴するなり、どうとでもなるわね」


 ぐうの音も出ないとは、このことだ。

 仮に5種類の野菜だけに限定しても、在庫の有り無しで32パターンの数字を伝送できる。しかるに1ヶ月は最大で31日。「何かが起きる日」を伝えるには十分だ。


 あまりのことに呆然と立ち尽くす僕の耳に、レイチェル女史の呟きが残った。


「でも本質的な謎は解けていない。

 優秀な工作員だったレンバッハ軍曹は、誰に、なぜ殺されたのかしら?」


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