Ordinary Men(1-3)
かくして、にわかごしらえの「レンバッハ軍曹殺人事件特捜チーム」は翌朝6時に顔合わせのミーティングを行い、そのままチーム全員で朝食を摂った後、朝9時から本格的な捜査を開始した。
幸い、外事3課から来た助っ人捜査員はかなり社交的な人物で、前回の合同捜査でも内事2課との連絡役を務めるようなタイプだったから、この手の合同チームにありがちなギスギス感はまったく生まれずに済んだ。
なお朝食の席でこっそり助っ人捜査員に聞いてみたら、この人事はセベッソン大尉肝いりの人事だったという。某所で脳筋の名を欲しいがままにする大尉だが、こういう細かな心配りができるあたり、なんのかんので人の上に立つ人物なのだなあと失礼な感想を抱く。
特捜班が最初に取りかかったのは、被害者であるレンバッハ軍曹の同僚に対する聞き込みと、軍曹の公式なプロフィールの請求と確認、それから軍曹の家の捜索だった。いずれも既に内事2課のチームが通りいっぺんの調査を終えてはいるものの、被害者が共和国と内通していた、ないし共和国の工作員だった可能性が高いとなると、聞くべきこと・探すべきものは変わってくる。
僕はチームを2手に分け、尋問が得意なチームには兵站局での聞き込み、調査が得意なチームには軍曹のプロフィール調査と家宅捜索を割り当てた。僕は調査組。軍隊という組織は階級で動く社会だけど、それ以外にもわりと重要な要素として「年齢」というやつがある。僕みたいな若手は、たとえ少尉の階級章をぶら下げていたとしても、「これは大変ですな少尉殿(笑)」みたいな扱いを受けがちなのだ。
両チームともに丸1日頑張ってみた結果、これといった成果はゼロ。被害者が殺される原因を推測できる情報や証拠も出なければ、被害者が共和国のスパイだった可能性を示唆するものも出て来ない。
けれどチーム全員で1つのテーブルを囲みながら夕食を食べ、タバコやコーヒーでリラックスしながら「報告書に書くほどでもないかと迷った情報」を捜査員たちから聞いているうち、コーヒーを飲んでいた僕の手は自然と止まることになった。
「チーフ、なにか気になることでも?」
外事3課からの助っ人が、僕がちょっとした沈思黙考に入ったのをめざとく見つける(ちなみに「チーフ」というのは、今回の合同捜査班に限定した、僕の役職名だ)。僕はその問いに、ゆっくりと答えを返した。
「彼の家はいささか……綺麗すぎないか?」
おっと、全員が頭上にクエスチョンマークを浮かべている。説明が必要だ。
「被害者の勤務時間は17時まで。だが彼は勤務終了後、兵站局の訓練施設を使って毎日1時間程度のトレーニングをし、それから局の食堂で夕食をとって、だいたい19時に家路についている。そうだね?」
レンバッハ軍曹の同僚や関係者に聞き込みをしてきた捜査員たちが頷く。
「兵站局から被害者の家までは、徒歩で1時間程度。被害者はトレーニングと称して徒歩通勤をしていたから、家に着くのは20時ということになる。
被害者が翌日、兵站局に出勤するのは朝6時。ということは、被害者は4時には起きて身支度をし、5時には家を出ていると考えるべきだろう。被害者が平日、自宅に滞在する時間は8時間程度ということになる。だがこれは、おかしい」
レンバッハ軍曹は「平時の兵士にとって1日8時間の睡眠は義務」をモットーとする人物であり、この方針を巡って上司と対立したことすらある。
にも関わらず、彼自身の行動スケジュールは、1日8時間の睡眠を確保していない。
「さらに問題になるのは、被害者が独身で、私生活にも浮いた噂は一切ないということだね。
日々トレーニングを欠かさない、独身の兵士の部屋が、あそこまで綺麗に維持可能なものだろうか?
被害者の人事評価に『不潔』の2文字がない以上、彼は制服を一定頻度で洗濯し続けていたはずだけど、この生活スケジュールの中で、洗濯時間をどうやって確保していた?
そもそも被害者が死んだのは水曜日の夜だ。なら月曜と火曜に着ていた、汗まみれの制服だの下着だのはどこに?」
僕はゆっくりと、特捜班のメンバーを見渡す。
すると内事課の捜査員が手を上げた。
「その疑問については解決済みでは?
被害者はハウスメイドと契約していて、契約者は毎週水曜の朝に掃除や洗濯、食料品の買い出しといった家事を請け負っていました。
問題のハウスメイドは外事3課が拘束中で、被害者の下着や予備の制服は、彼女が洗濯物を預けたという洗濯屋で発見されています」
そう。それが事実。だがその事実には矛盾が残る。
「いや……チーフが指摘した問題は、外事3課でも懸案事項となっていました。
レンバッハ軍曹がもし共和国の工作員であるなら、赤の他人を自分の家に入れるとは思えません。ましてや掃除や洗濯をさせるだなんて、絶対に考えられない」
そう。なんらかの秘密任務を抱えて日々を暮らす人間にとって、「毎日をちゃんと生きる」ことのハードルはガン上がりする。
例えば〈月の猟犬〉のシュネー嬢が単独で国外に潜伏したならば、ほぼ疑いなく、彼女は1ヶ月以内に潜伏先の警察に別件逮捕されるだろう。彼女は掛け値なしの天才だが、その才能は「ゴミ屋敷を作る」という謎の領域においても、遺憾なく発揮されるからだ。
でも彼女には、「ハウスメイドを雇って家を清潔に維持する」という選択肢が取れない。雇ったハウスメイドが雇い主の極秘メモを発見して通報する……なんてドラマチックなことは滅多に起きないが、雇い主が命がけで手に入れた(ないし作り上げた)重要書類をゴミとして捨ててしまったなんていう馬鹿げたことは容易に起こり得るからだ。
となると一般的な可能性としては、ハウスメイドは軍曹の共犯ということになる、のだが。
「なので我々外事3課は、軍曹が雇っていたハウスメイドが、共和国と軍曹をつなぐ連絡役だろうと踏んで拘束・尋問したのですが……困ったことに、あのハウスメイドはシロと判断せざるを得ない情報ばかりが出てきた、というのが昨日までの状況です。
報告書にも書きましたが、彼女は一貫性のある嘘がつけるほど賢くないんですよ。愚直なくらいに誠実で真面目。『他人の家のものを盗んだことを黙っている』みたいな小賢しい立ち回りができないタイプです」
そう。だから可能性としては、このハウスメイドは「工作員に利用された善意の第三者」ではないか、ということも考えられるが……
「彼女が普段から買い物をしている相手も調査してみましたが、こっちもハズレの山。
そもそも彼女はたいした倹約家で、軍曹に頼まれた買い物をするにあたっても、そのときそのときでなるべく安く買える店に行って買い物をしてます。唯一の例外は洗濯屋ですが、こっちはよりにもよって外事3課のアンダーカバーが店をやってましてね……。
軍曹が彼女に何かを情報を託していて、彼女は意図せずそれを連絡員に渡す役割を担っていた……というシナリオを考えての調査だったんですが、ダメですね。最低でも彼女が買い物する店が決まっていなければ、とんでもない大事故が起り得ます」
となると、やっぱりハウスメイドは完璧に真っ白ということになるが、そうなると今度は「工作員が日常的に赤の他人を自分の家に入れていた」ということになる。話が振り出しに戻った。
やれやれ。困った情報ばかりだ。普通に考えれば、「やっぱり軍曹=工作員説は無理がありますね」という結論になる。セベッソン大尉との付き合いもだいぶ長くなってきたので、彼の言う「ほぼほぼ疑いなく」は、せいぜい「俺の直感はそう言ってるんだよ」程度であることも分かってる。
ただ、あの脳筋の直感は結構侮れないし、僕は僕で、レンバッハ軍曹が何かしら特殊な訓練を受けていたと主張するに足る根拠を見つけている。
なので、僕は手を上げて、一度議論を整理することにした。
「この事件は明らかに、強盗殺人ではない。犯人は『被害者を殺す必要がある』人物だ。
ではなぜ、犯人は被害者を殺したのか?
つまり、犯人の動機は何か?
この疑問を解き明かすことが、本件を解決する一番の近道だと考える。どうかな?」
特捜班のメンバー全員が、一斉に頷く。
「私怨というラインは、消せない。だから僕らは被害者のカネと女に関しては、継続して徹底的に洗う必要がある。
地道な捜査になるけど、こればっかりはやらざるを得ないし、これを調べて時間を無駄にすることはまずあり得ない。
最悪、『本件にはカネも女も絡んでいない』ことが、はっきりする」
また特捜班全員が……特に内事2課のメンバーが、苦笑しながら頷く。
「まずカネと女」は内事2課のボスたるクラマー中佐の口癖だ。
「だけど、もし本件が私怨ではなかった場合。
この場合、犯人の動機は『被害者とは何者なのか』という問いと強い相関を示すことになる。だから僕らは同時に、被害者が本当に書類通り、風聞通りの人物なのかを確認しなくてはならない。
そしてこれは僕の直感だけど、正解はたぶんこちら側にある」
特捜班のメンバーが、少し怪訝そうな顔になる。僕は直感で捜査を進めるタイプではないことを、彼らは知っているのだ。
だから僕は、僕の「直感」の中身を説明する。
「被害者には、現状で1つ、明らかな異常がある。『疵』と言ってもいい。
彼は『平時の兵士にとって1日8時間の睡眠は義務』と語りつつ、自分はそれを守っていないんだ。
もちろん、腕の良い医者が『バランスの良い食事は大事』と口にしながら、本人はデタラメな食生活を送っている……みたいなことは、よくある話だ。
僕にもそういう知り合いがいるし、それを皮肉って面白おかしく語ることもある。今みたいにね」
そこまで説明した段階で、5人は一斉にハッとしたような顔になった。実に優秀な捜査官たちだ。でも僕は念のため、最後まで説明を続ける。
「今回の被害者は、教育係に任命されていた軍人だ。
被害者から教育を受けていた兵士たちが、自分たちの敬愛する教官が『義務』に違反していることを皮肉りもしないどころか、気づいてすらいないというのは、どう考えても異常なんだよ」
僕の説明を聞き終えた外事課の捜査員が、タバコをひときわ大きく吹かすと、拍手した。
「お見事です、チーフ。お見事、以外に言葉もない。
そしてそんな高度な情報操作に印象操作は、特別な訓練を受けた人間でなきゃ不可能だ。我々もレンバッハ軍曹がどの程度の工作員なのか把握できていませんでしたが……いえ、正直なところ、セベッソン大尉の思い過ごしまであると思ってましたが……コイツはヤバいですね。間違いなく、ヤバい。普通じゃない」
過分な評価に苦笑しつつ、僕は彼の見解に同意する。
「これは普通の事件ではない可能性が高いと、僕も思う。
なので、上にかけあって、援軍を頼む。明日から1人……か2人、エキスパートを動員する予定なので、そのつもりで。
僕はこれから、増援についての相談に行く。皆は、これで解散だ。
なお、この事件の捜査が仮に明日で終わったとしても、ヴージェ共和国の外務大臣はあと5日、帝都に滞在する。特別警戒態勢も、それまでは継続される。
1日8時間とは言わないけれど、眠れるときはしっかり眠るように。以上!」




