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月の猟犬  作者: ふじやま
3rd episode:Oridnary Men
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Ordinary Men(1-2)

 〈灰色街〉から軍人の死体を担いで出てきた僕は、すぐさま巡邏していた警官に呼び止められた。これ幸いと身分証を見せて状況を説明すると、おそらくは今回の特別警備のために地方都市から駆り出されたとおぼしき彼らは、緊張した面持ちで警察局へと走ってくれた。「豪華(比較級)な装備品を満載した死体を背負って〈灰色街〉を無事に通り抜ける」なんていう謎の高難易度ミッションをクリアした僕も、安堵でちょっとため息が出る。


 そんなこんなでその日は内事2課の報告会には参加できず、むしろ逆に同僚から事情を聴取される立場となった。途中で「なぜ遺体を動かした」「〈灰色街〉にあの遺体を放置できるとでも?」的なお約束のやりとりを挟みつつ、夜明けまでシンネリムッツリと事情聴取。

 でもこればっかりは仕方ない。状況から見て僕を第一容疑者のリストに入れねばならない以上、クラマー中佐は「徹底的に取り調べろ」と命令しただろうし、逆の立場なら僕だってそういう命令を出す。

 とはいえ深夜には夜食が出たし、コーヒーはおかわり自由だったし、ちょっとしたお菓子の差し入れもあったし、途中で1時間ほど仮眠も取らせてもらえたしと、内事2課の取り調べとしては激甘だったのは間違いない。取り調べを担当した捜査員のほとんどは僕の部下だしね……明らかに状況を面白がってる部下も多かったしね……。


 その後も多少はドタバタしたが、翌日の昼過ぎには遺体の身元も判明した。

 レンバッハ軍曹、44歳。所属は兵站部で、勤務態度はいたって真面目。独身だが私生活も真面目一直線。兵站部に所属する兵士のプロフィールは警察局同様に機密扱いなので書類を取り寄せるのに手間取ったが、夕方遅くに届いた書類によれば「信頼度A」というランク付けだ。

 兵站部名物、抜き打ちでの自宅の調査においても、彼の部屋は「理想の帝国軍人かくあるべし」という評価が残っているくらいに整理整頓が行き届いていた(兵站部は物資の横流しの基点になりがちなので、査察にあたっては私生活も評価の対象となるし、抜き打ちでの調査もある)。


 そんな信望厚きレンバッハ氏が、44歳で軍曹というのは、年功序列が基本の兵站部としては異例ではある。だがこれも宜なるかなで、彼の能力評価を見ると「計算にミスが多い」「字が汚く書類の形式に問題が散見される」といった残念な言葉が並んでいた。

 そういうスキルセットの人間がなんで兵站部? と思ったが、兵站部における彼の主な仕事は「兵站部員の基礎戦闘訓練指導教官」。

 レンバッハ軍曹は、先の大戦では補給部隊を護衛する兵士として兵站部に配属され、何度か共和国軍と交戦。その後、撤退戦のさなか空襲を受け一時的に行方不明となるも、共和国占領地域から自力で脱出して原隊に復帰。これにより勲章を受けている。ただし空襲時の負傷により前線での戦闘は不可能と判定され、かくして兵站部における訓練教官として再配置されたというのがキャリアパスのようだ。


 ちなみにレンバッハ軍曹は戦時中に徴兵志願で兵士となった人物であり、生え抜きのプロというわけではない。ただ勉強熱心だったのは間違いなく、訓練教官に任じられてからは積極的にトレーニング技術を学んでいる。

 結果、部隊でついたあだ名は「鬼軍曹」。ただし指導方針や訓練メニューは理に叶ったものだし、個々の隊員にあわせたきめ細かいケアも行っていた。また「病は気から」とか真顔で言い出すタイプの訓練教官とは異なり、定期的な健康診断を(自分を含めて)指導する隊員全員に受診させていた。

 なかでも彼が重視していたのは睡眠時間で、「1日8時間の睡眠は平時の兵士にとっての義務」が口癖だったそうだ。この方針を巡っては、過重労働を命令する上司筋に抗議に行くことすらあったとか。

 つまり、何かと残業が多くなりがちな兵站部員にとって、レンバッハ氏は「健康かつ規則正しい文化的な生活」を守ってくれる守護神でもあったというわけだ。「鬼軍曹」というのも敬意と親しみが半々のあだ名だった、と。


 そうなると問題は、そんな人格者にして勲章持ちが、なぜ夜の〈灰色街〉で誰かに追われ、しかも「助けてくれ」と叫ぶような状況に追い込まれたのか、ということになる。

 レンバッハ軍曹は武装していなかったので、銃を持った犯人に対しては「助けてくれ」と叫びながら逃げるしかなかったというのは道理だが、そもそも彼は〈灰色街〉に入るような人間ではないし、逃げ込む先として〈灰色街〉を選ぶというのも明らかに異常だ。

 命がかかった追いかけっこをしている軍人が(しかも先の大戦で修羅場をくぐってきた猛者が)、わざわざ土地勘のない、治安の悪い地域に逃げ込むだろうか? むしろ彼は、ある意味で僕と同じく、なんらかの意図と自信を持って〈灰色街〉に入り込んだはずなのだ。


 ともあれ、いかに帝都が特別警戒中で警察局が大わらわだとはいえ、軍人が殺されたということになると――いや、それだからこそ――ちゃんとした捜査が必要になる。

 ぱっと見たところレンバッハ軍曹殺害とヴージェ共和国外務大臣来訪の間に関係はなさそうだが、レンバッハ軍曹が何かを隠していたなら話は変わり得る。彼は善人の仮面の下で軍の武器をテロ屋に横流ししていたのだが、横流しした武器を外務大臣襲撃に使うと聞いて取引を拒否したら殺された、みたいな可能性は消しきれないのだ。

 無論、単純に彼がテロ屋絡みの事件に巻き込まれたというケースも考えられる。いずれにしても「現役の軍人、しかも兵站部の人間が殺された」という事件は、現状においてそこまで軽視して良いものではない。


 かくして内事2課では急遽、レンバッハ軍曹殺人事件の特捜チームが結成された。警備に回している人員から薄く細く人手をかき集めて作った、総勢3名のチームだ。率直に言えば、ないよりはマシといったところ。

 しかるに僕はといえば、このチームには関与していない。なにせ僕は本件の第一容疑者リスト入りしているので、この事件の捜査に関わることが許されていないのだ。


「副課長、レンバッハ軍曹殺人事件について、被害者の同僚から証言を集めてきました。

 証言書のチェックをお願いします」


 ……そう。許されていないのだけれど、それを守っていたら今の内事2課ではまったく捜査ができない。本来なら課長であるクラマー中佐(ないしその代理人)が直接指揮を執って各種決済をすべきなのだけれど、現状では僕が捜査の交通整理をしながら、「あとで課長にサインを貰っておく」という形で捜査を進めるしかない。

 大変によろしくない状態だが、初動捜査がこれ以上に遅れると、〈灰色街〉を舞台とした殺人事件は簡単に迷宮入りしてしまう。


 そうやって事件発生の夜から2日が経過したところで、今度は新たな面倒が発生した。内事2課のオフィスに、外事3課のセベッソン大尉が乗り込んで来たのだ。


 セベッソン大尉は僕の顔を見るなり、にこやかにこう宣言した。

「よう、そこの規則違反の第一容疑者。レンバッハ軍曹殺人事件は、ほぼほぼ疑いなくウチの事件(ヤマ)だ。捜査権を移してもらいたいんだが、この書類にサインをしてもらえないか?」


 100%あり得ない提案をしてきた脳筋野郎のキモい笑顔をぶん殴りたくなった衝動を抑え込みつつ、個室で事情を聞く。セベッソン大尉曰く、外事3課はレンバッハ軍曹がヴージェ共和国の潜入工作員ではないかと疑っているという。

 セベッソン大尉は「こっちにはれっきとした証拠があるんだよ!」と息巻いているが、とりあえずこれはスルーしていいだろう。本当にそんな綺麗な証拠があるんだったら、わざわざ僕と個人面談しにやってくるわけがないし、「ほぼほぼ疑いなく」なんていう残念な主張をするはずもない。

 ただ、仮にも内事2課の副課長たる僕に直談判を持ち込んだということは、完全な無根拠ということも考えにくい。外事3課は何かしら、レンバッハ軍曹が共和国と内通していたという証拠(正確に言えば「証拠に準じるもの」)を手にしているのだ。


 その上で、大尉が僕に――あるいは内事2課にこの話を持ち込んだのにも、理由があるはずだ。普段であれば「ほぼほぼ疑いなく外事3課の事件」と判断したセベッソン大尉がやるべきことは、外事3課で特捜チームを作って動かぬ証拠を確保し、レンバッハ軍曹の背後関係をじっくりとあぶり出すことなのだから。

 実に残念な話だが、警察局内部にも(さらに言えば内事2課内部にも)共和国の工作員が絶対にゼロだとは言い切れない以上、わざわざ大声で「レンバッハ軍曹が共和国の工作員である可能性をつかんだ(だから捜査権をよこせ)」と僕の同僚たちの前で宣言するのは、外事3課の利益に反する。


 というわけで、あまり時間の無駄遣いをしたくない僕としては、結論を急ぐことにした。


「大尉。これは僕からの、つまり内事2課からの提案ですが、我々は合同でレンバッハ軍曹殺人事件の特捜チームを設立すべきです。

 レンバッハ軍曹が本当にヴージェ共和国の工作員だったのかどうかという点については、もちろん我々内事2課も大いに興味があります。それによって推定される犯人像も大きく変わってきますからね。

 ですが現状の我々では、そこまで大規模な捜査チームを編成することはできません。察するに、それはセベッソン大尉のところでも同じなのでは?」


 つまり、そういうことだ。

 内事2課が警備その他で手一杯になっているように、外事3課だってマンパワーには限界が来ているはずだ。むしろ共和国から多数の要人が公式に帝国を訪問しているいま、彼らの警備と監視のために、外事3課は戦争さながらの状況にあると考えていい。

 そんな状況にあって「レンバッハ軍曹の共和国工作員疑惑」捜査を押しつけられたセベッソン大尉は、必死に考えたすえ、「内事2課の捜査員を借りればいいじゃないか」という結論に到達したのだろう。

 そして実際のところ、僕としても大尉の提案にはメリットがある。実質3名の捜査官しか動かせない現状に比べれば、数名であっても外事3課の捜査官を使えるようになるのは大きい。内事課と外事課は伝統的に仲が悪いが、外事3課とは大規模な合同捜査もしたことがある。指揮系統さえはっきりさせてしまえば、「これくらいなら協力しないほうがマシだった」ということにはならないはずだ。


 セベッソン大尉は僕の提案に対し一も二もなく首を縦に振り、かくしてレンバッハ軍曹殺人事件特捜チームは合計5名のチームとなった。

 増えた仕事量に対して、増えた人数が全然足りていない気がするんだけど、そこはもう現場の頑張りに期待するしかない。ま、さすがに内事と外事での合同捜査なんていう大がかりな話になった以上、第一容疑者入りしている僕はこれで完全に本件から手を引き、捜査の指揮はセベッソン大尉が――


「ところで合同チームの総指揮官はエーデシュ少尉に任せたい。

 安心しろ、外事3課にしてみると貴様は容疑者リストには入っていない! そして俺は忙しい! では、あとは任せたぞ!」


 はい……?

 ……いいの? それ?


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