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月の猟犬  作者: ふじやま
3rd episode:Oridnary Men
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Ordinary Men(1-1)

普通の運の悪さ。万人が余暇を有益に消化できるわけではない。〈灰色街〉。悲鳴と殺人。第一容疑者による捜査は合同捜査へと発展する。綺麗すぎる部屋。工作員と家政婦のジレンマ。「まずはカネと女」。進歩的な老嬢による監視。深刻な人手不足。ジャガイモ・タマネギ・カボチャ・ナス・トマト。本質的な謎は解けない。

 のっけから自分語りで恐縮だが、僕は自分が極めて平凡、かつ普通な人間だ思っている。

 でも、もし運の善し悪しというものが属人的なものであるならば、僕はどちらかといえば運の悪い方だという自覚もある。


 もちろん、ものすごく不運というわけではない。事実、僕は迫撃砲弾が降り注ぐ現場を五体満足で生き延びているのだから。

 でも僕が例の現場に巻き込まれた最大の理由は「迫撃砲弾が降ってくる程度でビビっていたらファールンで猟兵などやっていられない」と真顔で断言するようなお嬢さん方と一緒に仕事をしていることにある。

 そういうあまりにも普通でない人々が持ち込む、あまりにも普通でないトラブルに首を突っ込まされることと、栄えあるレインラント帝国警察局内事2課の隊員として命がけの任務に携わること、どちらがより運が悪いかということになれば、一般的に言えば前者のほうが「運が悪い」判定を下されるだろう。


 事実、僕が今回の事件(・・)に厄介な角度で巻き込まれたのも、〈月の猟犬〉なる秘密組織と関係を持ってしまったからだと言っていい。


 事件は、帝都にヴージェ共和国の外務大臣が訪れていた、まさにその時期に起った。


 「戦勝国」の外務大臣が来ているということで、僕らは警備だの何だの、てんてこ舞い。先の大戦が終わって12年が経ったけれど――いや、あるいは12年という時間が経たからこそ――歪みきった復讐の念を表明するテロ屋候補生は増大傾向にある。

 忙しいのは〈月の猟犬〉のメンツにしても同じだ。ベアトリーセ様が「マーショヴァー卿」として八面六臂の大活躍をしているのは当然として、レイチェル女史は通訳(兼ボディガード兼医者)、双子姉妹は警備の要、アイン嬢は秘密裏に組織された「対テロ予防的防衛(・・・・・)部隊」の一員と、誰もがおそろしく多忙な日々を送っている。


 で。


 問題は、警備計画立案から締め出されてお冠なシュネー嬢と、帝都が厳戒態勢に入った結果ヒマになったソーニャ嬢が、未だに改装工事が終わらないフント(Hund)デス(des)モナーツ(Monats)で、仲良くクダを巻いているということだ。

 僕としては「おとなしく酒でも飲んで寝ていてください」と言いたいところなのだが、この2人にそんな道理が通じるわけがない。

 ソーニャ嬢はふらりといなくなっては、戻ってくると際どいネタをごっそり仕入れてくる。そしてその真贋確かならぬ情報を、シュネー嬢がクロスワードパズルを解くかのように分析して整理する――するとなんということでしょう、指名手配されている犯罪者の潜伏場所が判明してしまうのです!


 いや、うん、これはこれで本当に素晴らしいことだ。本当に。マジで。

 でも、突入部隊を編成して大捕物をするだけの余力は、いまの警察局にはない。理論上は可能だけど、そんな作戦を実行しつつ、警備体制を維持するというのは、まったくもって無理だ。もし可能だとしても、万が一にでもその作戦中にヴージェ共和国の要人を狙ったテロが起きてしまったら、テロの成否に関わらず超絶厄介な国際問題になる。そしてそんな大問題の責任を背負い込みたがる偉いさんなど、いるはずがない。


 ……と、いう事情を全部理解した上で、ソーニャ嬢は熱心に情報収集を繰り返し、シュネー嬢は無言で書類を作り続けている。そして日暮れ頃になると僕を呼び出し、大量の「意見書」を押しつけるというわけだ。ソーニャ嬢の「この連続強姦魔、今夜中に逮捕しないとヤサを変えると思うよ? まぁ警察局は動かないんだろうけど」的なコメントつきで。


 うがー!

 だったらそっちこそ、アイン嬢に「このクソ野郎を挽肉にしろ」と命令しろよ! それで綺麗に解決するじゃん!


 なんてことを思いはするが、口には出せない。なにせアイン嬢は目下、どこにいるのかすら分からないのだ。


 そんなわけで、週の中日となったその日の夜も、僕は〈月の猟犬〉の頭脳たる2人による暇つぶしの成果を鞄に突っ込んで、内事2課への帰り道を急いでいた。

 僕は内心、かなり焦っていた。その日は「これだったらテロ防止の名目で捜査して、逮捕に持って行けるかも」と思わせるネタが1件あったので、それなりに時間をかけて皆で討論せざるを得なかったのだ(結論は「無理だ」「無理だね」「遺憾ながら無理です」だったが)。このままだと、内事2課での夜の報告会に遅刻してしまう。


 やむなく、僕は普段なら絶対に選ばないルートを使って警察局に向かうことにした。簡単に言えば、治安に多大な問題を抱えた地域を横断するルートだ。

 旧市街の外れに広がる通称〈灰色街〉は、戦後に吹き荒れた強烈な不況の荒波が直撃した地域だ。良くて家族経営、多くは一人親方で細々とやっていた靴屋や金物屋といった小規模商店(工房つき)が軒を連ねていたこの地域は、いまや廃墟の群れに限りなく近い。再開発の計画は何度も立てられたが、毎年のように激しく紛糾する予算案に、それらの計画が盛り込まれたことはない。


 意を決して、ガレキやゴミの山で迷路のようになった〈灰色街〉に、踏み込む。

 〈灰色街〉に入った途端、周囲から刺すような視線を感じる。服装からしてよそ者だと一目で分かる人間が、果たして獲物なのか、狩人なのか。それを見定めようとする、視線。放置しておけば、やがて僕のことを獲物と見定めた人間も出てくるだろう。


 とはいえ僕もプロだ。何の勝算もなく〈灰色街〉に入ったわけじゃあない。

 南から〈灰色街〉に入ってすぐの路地で呆然と座っている、乞食然とした老人に、まずはご挨拶。しかるに地面に置かれた空き缶に、コインを7枚入れる。これはいわば、通行料のようなものだ。

 老人が小さく頷いたのを確認してから、空き缶の横に並んでいる錆だらけの鉄くずめいた物体を手に取る。穴のあいた3枚の鉄板を革紐で結んだこの物体を持って歩いている限り、僕はこの老人のファミリーと見なされるという仕掛けだ。

 僕は〈灰色街〉のマナーに従い、この謎のオブジェを腰のベルトに固定する。錆が酷いので服が汚れるが、そんなことは言っていられない。血で汚れるより、錆で汚れるほうがマシに決まっている。


 独特の異臭が漂う街路を、僕は足早に歩いた。

 一歩ごとに、腰のあたりでガチャガチャと鉄片が音を立てる。

 足下は最悪の状態だ。2日前に降った強い雨のせいで、あちこちがぬかるんでいる。昔は瀟洒な石畳が敷かれていたそうだけど、ちょっとでもカネになりそうな公共財はすべて盗まれたあとというのが〈灰色街〉の習わしだ。


 やれやれ。帝国はどうして、こうなってしまったのだろう。


 〈灰色街〉の住人たちだって、望んで今の生活に甘んじているわけではない。彼らのほとんどは、帝国が戦争に負けるまでは、ごく普通の生活を営んでいた人々なのだ。

 それが今ではスラム同然の街で暮らし、マフィアから偽造品や密造品の依頼を受けて小遣いを稼ぐことで糊口を凌ぐ日々から脱出できなくなってしまっている。


 そんなことを考えながら、ふと夜空を見上げると、綺麗な月がかかっていた。

 建物すらも歪んで見える〈灰色街〉だけど、月だけは変わらないな……なんて、柄にもなく叙情的なことを考えてしまう。これは、精神的逃避だ。僕個人にはどうしようもない現実から目を逸らしたくて、少しでもマシに見えるものに視線を向けた。それだけ。


 思わず、ため息が出た。


 でもそのため息は、すぐに引っ込んだ。

 「助けてくれ、殺される!」という男の悲鳴と、大きな足音が聞こえたのだ。


 僕は、反射的に走り始めていた。

 ここが〈灰色街〉だからとか、そういうのは問題ではない。

 「助けてくれ」と叫びながら逃げている人間がいる。

 ならば、僕がやることは、たったひとつだ。


「助けてくれ」という声を頼りに、ひたすら走る。

 声の主は、おそらく、〈灰色街〉にあまり詳しくない。この界隈では「助けてくれ」と叫んだところで、誰も助けには来ない。むしろ死体から金目のものを剥ぎ取れるチャンスが来たと思われるだけだ。


 でも僕は仕事柄、〈灰色街〉の地理には、そこそこ詳しい。新しくゴミの山ができて迷路の構造が変わっていたりすることはあるが、基本的な街の構造までは変わらない。

 だから、この叫び声の主のところに行くには、目の前の角を曲がってしばらく直進した後、袋小路に見える道に右折して、行き止まりの壁を越えて、少し直進してから2番目の角を左折。これが最短のはず。


 僕の予想は、違わなかった。

 ひとつだけ違ったのは、壁を登った瞬間、銃声が2発鳴り響いたことだ。


 僕は慌てて壁を飛び降り、先を急ぐ。

 2番目の角が近づいたところで改めて銃を構え、角の向こうをそっと覗き込む。


 角を曲がった先の小路には、帝国陸軍の制服を着た男がうつ伏せに倒れていた。

 月光に照らされたその背中には、どす黒い汚れが1つ。


 僕は慎重に周囲を伺いつつ、小路に入る。

 それから男の傍らに膝をつき、脈をとる。もう、死んでいた。


 銃弾は、背後から心臓の付近に1発。おそらくこれが致命傷だ。もう1発は、右の太ももに命中している。太ももへの1発で動きを止めてから、とどめでもう1発を心臓に撃ち込んだのだろう。

 太ももの傷からも大量に出血しているところを見るに、太い血管を傷つけている可能性が高い。とどめがなかったとしても、彼は出血多量で死んだだろう。


 あまり現場を荒らしたくはないが、かといってこのままでは報告もままならないので、遺体を仰向けにする。泥まみれの階級章は、軍曹。現役の軍人だ。なかなか値の張りそうな腕時計。財布の厚みもたいしたものだ。つまりこれは、強盗殺人ではない。


 ともあれ、遺体を放置してはおけない。放置したままこの場を離れれば、数分のうちにこの遺体からはまず財布と腕時計、次にブーツと階級章が盗まれ、軍服が盗まれ、下着が盗まれ、身体がなくなる。最初に会った老人に相応のカネを託せば遺体の保全もしてもらえるだろうが、老人に会いに行って戻ってきたときには、もう遺体は残っていない可能性が高い。


 となると、選択肢はどうやら、1つしかない。

 僕は自分の運の悪さに改めて大きなため息をつくと、ドロドロに汚れた軍曹の死体を担ぎ上げた。


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