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月の猟犬  作者: ふじやま
2nd episode:Many Shots, Many Kills
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Many Shots, Many Kills (closing)

 非武装地帯におけるノーラ少尉暗殺作戦終了直後、「非武装地帯にある別荘で大きな爆発音がした」という通報に基づき、レインラント帝国警察局内事2課が緊急出動した。

 爆発現場を捜査した内事2課は、この別荘(過去形)はレインラント共和国解放戦線のアジトであったと断定。組織内部での内ゲバが武力衝突に発展し、粛清されそうになった側がアジトに蓄えられていた爆薬を使って「死なばもろとも」の自爆テロに及んだという捜査結果が出された。


 はじめは「物騒なこともあるものだ」程度に思われていたこの事件は、やがて国際的に大きな注目を集める。別荘で見つかった解放戦線兵士の一人(もちろん死体)が、ヴージェ国籍だったためだ。


 レインラント帝国への憎悪と猜疑心を膨らませているヴージェ世論は、政府に対して本件の再調査を突きつけた。

 かくしてヴージェ共和国警察におけるエリート中のエリート集団である機動警察と、レインラント帝国警察局内事2課による合同調査が行われ、「事件は間違いなく内ゲバによるもの」「レインラント共和国解放戦線は厳しく取り締まられるべき」という共同声明をもって捜査は終結する。


 当然ながら、レインラント共和国解放戦線からは「かの事件は帝国の陰謀であり、帝国によるレインラントおよびヴージェ市民の大量虐殺である」という声明が出された。

 でも、彼らがどんなに努力しても、ヴージェ共和国における解放戦線の支持者は激減し続けた。もともとヴージェ世論はパラノイアなまでにレインラント人(・・・・・・・)を恐れまた疑う傾向にあるし、そこに向かって「あの事件は、解放戦線がヴージェ国籍の同志(・・)を粛清しようとして起きたのだ」という根拠なき陰謀論が蔓延したとあっては、どうにもなるまい(この下品な陰謀論がどこから湧き出たものかは、深く追求する気にもならないが)。


 現状のヴージェ共和国世論としては、「解放戦線は取り締まられるべき」「でもレインラントおよびファールン警察の再武装は絶対に許されるべきではない」といったところ。

 これは、条約改正に向けて、大きな前進と言える。なにしろ後者については、ここしばらく議論の俎上にすら登らなかったのだ。

 いま改めて「許されるべきではない」という議論(・・)が始まった以上、「ちょっとくらい許してもいいのでは?」と逆張りしてくる政治家だって出てくるだろう。それに対して「絶対ダメ、何がなんでもダメ」という狂信的な反対論者が立ち上がれば、「やっぱり部分的にでも改正を考えたほうがいいかもね」という論調が定着することにも期待できる。


 ともあれ、そんなこんなで政治的には波乱に満ちた2週間が飛ぶように過ぎ去り、休暇を終えたトリーシャ嬢とベラ嬢がフント・デス・モナーツに戻ってきた。

 “上の店”の改装工事はいろいろあって遅れているため(ノーラ少尉暗殺作戦成功に気を良くしたベアトリーセ様が当初の予定より派手に改装を進めようとして、クラウス氏に諌められているのが主な原因)、僕も含めてメンバーはみな、地下で訓練したり、会計書類を広げたり、酒を呑んだり、タバコを吸ったり、スイーツを食べたりしている。

 そのせいか、双子コンビが戻ってきたときには、地下はいささか生活感が強い空間になっていた――有り体に言うと、荒れ気味になっていた。だからトリーシャ嬢の第一声が「ベラが掃除しないと、神聖な訓練所がゴミ溜めになってしまうようだな」だったのも、やむを得ない。


 かくしてベラ嬢はニコニコしながら率先して箒を持ち出し、訓練所を皮切りとした地下施設の大掃除が開幕となった。レイチェル女史に指導されながらシュネー嬢まで掃除に参加しているのは、実に斬新な風景だ。ああでも、シュネー嬢、本棚にハタキをかけるなら、下の棚から上の棚へと順番にハタくのではなく、上から下の順で……。


 と、些細なトラブルはあったものの、大掃除は2時間ほどでカタがつき、地下施設は機能美を取り戻した。双子コンビは満足したように笑うと、早速といった風情で訓練所に向かう。僕としても彼女たちのコンディションが気になるので、様子を見学させてもらうことにした。


 訓練所では、二人が並んで射撃訓練を始めていた。

 ベラ嬢は拳銃の片手射撃。トリーシャ嬢はライフルでの精密射撃。2人とも、標的のサイズが異様に小さい。にも関わらず、2人が放った弾丸は、吸い込まれるように標的中央へと飛んでいった。


 特に凄まじいのは、やはりトリーシャ嬢だ。

 彼女は右利きのはずだが、右手首はまだ完治していないのだろう。伏射で構えた彼女は、左手でライフルを握り、右手は銃床をわずかに支えるのみ。なのに標的を外す気配すらない。

 左手でもこれだけやれるのだから、あのお別れ会での負傷があってもなお、彼女がノーラ少尉を狙撃で暗殺するという作戦は成立し得たかもしれない――というか、シュネー嬢がトリーシャ嬢らのことを強い兵隊(・・・・)としてしか扱わない指揮官であれば、間違いなく狙撃任務にしていただろう。


 20発ちょっとを撃ったところでトリーシャ嬢は満足したようで、右手をかばいながら立ち上がった。ベラ嬢が射撃を止め、姉が立ち上がるのを手助けする。

 僕は2人に小さく拍手を送った。と、トリーシャ嬢が僕にライフルを投げてよこす。

 え? マジですか? 僕にもやってみろ、と?

 冗談でしょう……と思ったが、どうやらマジなようだ。やむなくライフルの安全装置その他をざっと確認し、弾丸を薬室に送り込んでから、膝立ちの姿勢を取る。警察局で教えられる狙撃姿勢だ。


 呼吸を整え、ゆっくりと息を吐きながら、絞り込むように引き金を引く。

 強い衝撃が肩を叩き、銃弾が発射され――標的をとらえた。

「おっ」「やる」みたいな失礼な感想が、双子コンビの口から飛び出す。


 僕は次弾を装填する。と、そこにトリーシャ嬢が言葉をかけてきた。


「1つ、聞かせてくれ。

 シュネーが書いた最初の脚本では、私とベラの出番はなかった」


 シュネー嬢が最初に立案し、そして今回のメインシナリオとして想定していたのは、「マフィアのストラーダ一家が密輸している7.7cm野砲を砲弾もろとも買い取って別荘を砲撃し粉砕する。7.7cm砲ならベアトリーセとクラウスたちが扱える」という、頭のネジが10本単位でぶっ飛んだシナリオだ。

 カネがかかるという言葉に、嘘はなかった。


「でも実際には、あなたの指揮で、我々が動いた。

 シュネーからは、あなたがその演出(・・)を提案した、と聞いている。

 なぜだ? 迫撃砲による砲撃とはいえ、私が観測で嘘を言ったり、ベラが装填を拒んだりして、結果的にまた(・・)撃てなくなる可能性は考えなかったのか?」


 実にもっともな問いだ。だから僕も真正面から答えるしかない。

 僕はライフルに安全装置をかけ直すと狙撃姿勢を解き、彼女らに向き直った。


「シュネーさんは、お二人を使うパターンでのシナリオも、作り上げていました。

 あの(・・)シュネーさんが、お二人がノーラ少尉を撃つというシナリオを書いた以上、お二人は絶対に撃ちます。

 そしてお二人が撃つ以上、標的は絶対に倒されます。

 僕はただ、それを信じただけです」


 トリーシャ嬢とベラ嬢が、真剣な表情になる。

 二人の目は、月下を走る猟犬の目そのものだった。

 僕も負けじと、彼女らの視線を受け止める。


 でもトリーシャ嬢は、すぐに表情を緩め、少し呆れたような声で言った。


「思ったよりも、あなたはずっと強い(・・)な」


 僕は彼女らに背を向け、改めてライフルを構え直すと、安全装置を解除した。

 そうして、照準の先に霞む標的を睨みつける。


「理由はいろいろですが、シュネーさんは僕が何も言わなくても、最後はお二人に今回の作戦を任せたと思います。

 だから、僕がシュネーさんに本当に(・・・)提案したのは、お二人を使うべきだという点ではありません」


 そうなの? とベラ嬢。


「僕がシュネーさんに訴えたのは、別のことです。

 ノーラ少尉の物語は、トリーシャさんとベラさんの手で終わらせなきゃいけない。

 壊れてしまった家族の物語に幕を下ろすならば、それは同じ家族こそが為すべきだ。

 そう、訴えたんです」


 ああ、とトリーシャ嬢がため息をつくかのように呟く。

 少し間を置いて、そうだね、とベラ嬢。ベラ嬢の声は、涙声だった。


「僕は、弱い人間です。

 弱いからこそ、しかるべき終わり(・・・)のためなら、自分のプライドどころか、命だって投げ出せることを、知っています。

 そうしてでも得るべき終わり(・・・)があることを、知っています」


 これは、弱さの物語。

 月の猟犬の誰もが、本当には知らない、弱き人間(ヒト)の物語。


「でも、皆さんは強い。僕なんかよりずっとずっと、強い。

 皆さんなら、プライドや命を賭けなくたって、終わり(・・・)を描くことができるはずだ。

 ですから、次は。次こそは、一撃で、仕留めましょう。

 愛だの忠誠だの叫びながら、やまほど撃って、やまほど撃たれて、やまほど死体が並ぶのは、戦争だけで十分です。そんな物語は――」


 僕は奥歯を強く噛み締め、言葉をつなぐ。


「そんな物語は、皆さんには似合わない。

 誇り高き月の猟犬たちの物語には、ふさわしくない」


 僕はそう言い放つと、短く息を吐き、引き金を引いた。

 銃声が耳を貫き、弾丸は標的から大きく逸れる。


 トリーシャ嬢はクスリと笑うと、左手で拳銃を抜き、構えた。


「ああ。シュネーにも、少尉にも、二度とあんな心配はさせない。

 次からはちゃあんと、月の猟犬の狩り(・・)を見せてやるさ。

 真実(Fur)(die)ために(Wahrheit)、な」


 そう言ってトリーシャ嬢が放った弾丸は、見事に標的のど真ん中を捉えた。


 (2nd episode:Many Shots, Many Kills / fin)

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