Many Shots, Many Kills (closing)
非武装地帯におけるノーラ少尉暗殺作戦終了直後、「非武装地帯にある別荘で大きな爆発音がした」という通報に基づき、レインラント帝国警察局内事2課が緊急出動した。
爆発現場を捜査した内事2課は、この別荘(過去形)はレインラント共和国解放戦線のアジトであったと断定。組織内部での内ゲバが武力衝突に発展し、粛清されそうになった側がアジトに蓄えられていた爆薬を使って「死なばもろとも」の自爆テロに及んだという捜査結果が出された。
はじめは「物騒なこともあるものだ」程度に思われていたこの事件は、やがて国際的に大きな注目を集める。別荘で見つかった解放戦線兵士の一人(もちろん死体)が、ヴージェ国籍だったためだ。
レインラント帝国への憎悪と猜疑心を膨らませているヴージェ世論は、政府に対して本件の再調査を突きつけた。
かくしてヴージェ共和国警察におけるエリート中のエリート集団である機動警察と、レインラント帝国警察局内事2課による合同調査が行われ、「事件は間違いなく内ゲバによるもの」「レインラント共和国解放戦線は厳しく取り締まられるべき」という共同声明をもって捜査は終結する。
当然ながら、レインラント共和国解放戦線からは「かの事件は帝国の陰謀であり、帝国によるレインラントおよびヴージェ市民の大量虐殺である」という声明が出された。
でも、彼らがどんなに努力しても、ヴージェ共和国における解放戦線の支持者は激減し続けた。もともとヴージェ世論はパラノイアなまでにレインラント人を恐れまた疑う傾向にあるし、そこに向かって「あの事件は、解放戦線がヴージェ国籍の同志を粛清しようとして起きたのだ」という根拠なき陰謀論が蔓延したとあっては、どうにもなるまい(この下品な陰謀論がどこから湧き出たものかは、深く追求する気にもならないが)。
現状のヴージェ共和国世論としては、「解放戦線は取り締まられるべき」「でもレインラントおよびファールン警察の再武装は絶対に許されるべきではない」といったところ。
これは、条約改正に向けて、大きな前進と言える。なにしろ後者については、ここしばらく議論の俎上にすら登らなかったのだ。
いま改めて「許されるべきではない」という議論が始まった以上、「ちょっとくらい許してもいいのでは?」と逆張りしてくる政治家だって出てくるだろう。それに対して「絶対ダメ、何がなんでもダメ」という狂信的な反対論者が立ち上がれば、「やっぱり部分的にでも改正を考えたほうがいいかもね」という論調が定着することにも期待できる。
ともあれ、そんなこんなで政治的には波乱に満ちた2週間が飛ぶように過ぎ去り、休暇を終えたトリーシャ嬢とベラ嬢がフント・デス・モナーツに戻ってきた。
“上の店”の改装工事はいろいろあって遅れているため(ノーラ少尉暗殺作戦成功に気を良くしたベアトリーセ様が当初の予定より派手に改装を進めようとして、クラウス氏に諌められているのが主な原因)、僕も含めてメンバーはみな、地下で訓練したり、会計書類を広げたり、酒を呑んだり、タバコを吸ったり、スイーツを食べたりしている。
そのせいか、双子コンビが戻ってきたときには、地下はいささか生活感が強い空間になっていた――有り体に言うと、荒れ気味になっていた。だからトリーシャ嬢の第一声が「ベラが掃除しないと、神聖な訓練所がゴミ溜めになってしまうようだな」だったのも、やむを得ない。
かくしてベラ嬢はニコニコしながら率先して箒を持ち出し、訓練所を皮切りとした地下施設の大掃除が開幕となった。レイチェル女史に指導されながらシュネー嬢まで掃除に参加しているのは、実に斬新な風景だ。ああでも、シュネー嬢、本棚にハタキをかけるなら、下の棚から上の棚へと順番にハタくのではなく、上から下の順で……。
と、些細なトラブルはあったものの、大掃除は2時間ほどでカタがつき、地下施設は機能美を取り戻した。双子コンビは満足したように笑うと、早速といった風情で訓練所に向かう。僕としても彼女たちのコンディションが気になるので、様子を見学させてもらうことにした。
訓練所では、二人が並んで射撃訓練を始めていた。
ベラ嬢は拳銃の片手射撃。トリーシャ嬢はライフルでの精密射撃。2人とも、標的のサイズが異様に小さい。にも関わらず、2人が放った弾丸は、吸い込まれるように標的中央へと飛んでいった。
特に凄まじいのは、やはりトリーシャ嬢だ。
彼女は右利きのはずだが、右手首はまだ完治していないのだろう。伏射で構えた彼女は、左手でライフルを握り、右手は銃床をわずかに支えるのみ。なのに標的を外す気配すらない。
左手でもこれだけやれるのだから、あのお別れ会での負傷があってもなお、彼女がノーラ少尉を狙撃で暗殺するという作戦は成立し得たかもしれない――というか、シュネー嬢がトリーシャ嬢らのことを強い兵隊としてしか扱わない指揮官であれば、間違いなく狙撃任務にしていただろう。
20発ちょっとを撃ったところでトリーシャ嬢は満足したようで、右手をかばいながら立ち上がった。ベラ嬢が射撃を止め、姉が立ち上がるのを手助けする。
僕は2人に小さく拍手を送った。と、トリーシャ嬢が僕にライフルを投げてよこす。
え? マジですか? 僕にもやってみろ、と?
冗談でしょう……と思ったが、どうやらマジなようだ。やむなくライフルの安全装置その他をざっと確認し、弾丸を薬室に送り込んでから、膝立ちの姿勢を取る。警察局で教えられる狙撃姿勢だ。
呼吸を整え、ゆっくりと息を吐きながら、絞り込むように引き金を引く。
強い衝撃が肩を叩き、銃弾が発射され――標的をとらえた。
「おっ」「やる」みたいな失礼な感想が、双子コンビの口から飛び出す。
僕は次弾を装填する。と、そこにトリーシャ嬢が言葉をかけてきた。
「1つ、聞かせてくれ。
シュネーが書いた最初の脚本では、私とベラの出番はなかった」
シュネー嬢が最初に立案し、そして今回のメインシナリオとして想定していたのは、「マフィアのストラーダ一家が密輸している7.7cm野砲を砲弾もろとも買い取って別荘を砲撃し粉砕する。7.7cm砲ならベアトリーセとクラウスたちが扱える」という、頭のネジが10本単位でぶっ飛んだシナリオだ。
カネがかかるという言葉に、嘘はなかった。
「でも実際には、あなたの指揮で、我々が動いた。
シュネーからは、あなたがその演出を提案した、と聞いている。
なぜだ? 迫撃砲による砲撃とはいえ、私が観測で嘘を言ったり、ベラが装填を拒んだりして、結果的にまた撃てなくなる可能性は考えなかったのか?」
実にもっともな問いだ。だから僕も真正面から答えるしかない。
僕はライフルに安全装置をかけ直すと狙撃姿勢を解き、彼女らに向き直った。
「シュネーさんは、お二人を使うパターンでのシナリオも、作り上げていました。
あのシュネーさんが、お二人がノーラ少尉を撃つというシナリオを書いた以上、お二人は絶対に撃ちます。
そしてお二人が撃つ以上、標的は絶対に倒されます。
僕はただ、それを信じただけです」
トリーシャ嬢とベラ嬢が、真剣な表情になる。
二人の目は、月下を走る猟犬の目そのものだった。
僕も負けじと、彼女らの視線を受け止める。
でもトリーシャ嬢は、すぐに表情を緩め、少し呆れたような声で言った。
「思ったよりも、あなたはずっと強いな」
僕は彼女らに背を向け、改めてライフルを構え直すと、安全装置を解除した。
そうして、照準の先に霞む標的を睨みつける。
「理由はいろいろですが、シュネーさんは僕が何も言わなくても、最後はお二人に今回の作戦を任せたと思います。
だから、僕がシュネーさんに本当に提案したのは、お二人を使うべきだという点ではありません」
そうなの? とベラ嬢。
「僕がシュネーさんに訴えたのは、別のことです。
ノーラ少尉の物語は、トリーシャさんとベラさんの手で終わらせなきゃいけない。
壊れてしまった家族の物語に幕を下ろすならば、それは同じ家族こそが為すべきだ。
そう、訴えたんです」
ああ、とトリーシャ嬢がため息をつくかのように呟く。
少し間を置いて、そうだね、とベラ嬢。ベラ嬢の声は、涙声だった。
「僕は、弱い人間です。
弱いからこそ、しかるべき終わりのためなら、自分のプライドどころか、命だって投げ出せることを、知っています。
そうしてでも得るべき終わりがあることを、知っています」
これは、弱さの物語。
月の猟犬の誰もが、本当には知らない、弱き人間の物語。
「でも、皆さんは強い。僕なんかよりずっとずっと、強い。
皆さんなら、プライドや命を賭けなくたって、終わりを描くことができるはずだ。
ですから、次は。次こそは、一撃で、仕留めましょう。
愛だの忠誠だの叫びながら、やまほど撃って、やまほど撃たれて、やまほど死体が並ぶのは、戦争だけで十分です。そんな物語は――」
僕は奥歯を強く噛み締め、言葉をつなぐ。
「そんな物語は、皆さんには似合わない。
誇り高き月の猟犬たちの物語には、ふさわしくない」
僕はそう言い放つと、短く息を吐き、引き金を引いた。
銃声が耳を貫き、弾丸は標的から大きく逸れる。
トリーシャ嬢はクスリと笑うと、左手で拳銃を抜き、構えた。
「ああ。シュネーにも、少尉にも、二度とあんな心配はさせない。
次からはちゃあんと、月の猟犬の狩りを見せてやるさ。
真実のために、な」
そう言ってトリーシャ嬢が放った弾丸は、見事に標的のど真ん中を捉えた。
(2nd episode:Many Shots, Many Kills / fin)




