Das Wunderkind Is Still Under Studying(1-4)
「エーデシュ少尉。あなたに選択の権利を与える。
生きるか、死ぬか、今すぐ選べ」
一瞬、何を言われているのか分からず、僕は曖昧な笑みを浮かべてしまう。
というか、もしシュネー嬢が「死ね」と言ったら、僕は特に何も考えずに自決していたかもしれない、とも思う。それくらい、彼女の声には魔力がある。
しかるに数秒後、僕の頭が質問の意味を理解した。
はぁ!?
レインラント軍人を舐めるなよ!?
エーデシュ家の武勇、今こそ見せてくれる!
「してみると、死を選ぶか。
いや、あるいは無知、ないし無能か」
思わずティーカップをソーサーに叩きつけて立ち上がり、腰から銃を抜いた僕に向かって、シュネー嬢の冷たい声が突き刺さる。雪を思わせるその冷たさに、思わず肝が縮みそうになる。だが、そんなことで怯んでなどいられるものか。
「銃を下ろし給え、エーデシュ少尉。
少尉が私を害しようとする意思を表明し続けるなら、少尉の人生はここで終わりだ。
そのことは、フント・デス・モナーツの門を潜ったときに理解しているはずではないかな?」
更なる挑発に、頭にかっと血が上る。
だが同時に、これが挑発ではないということも、僕の生存本能が理解した。
そうだ。
この店に入った直後、僕はアイン嬢に背後を取られている。
しかも彼女が声を出すまで、僕はアイン嬢の存在に気がついていなかった。
だから、もしかすると今この瞬間も――
そこまで考えた瞬間、背後で強烈な殺気が吹き上がる。
間違いない。
彼女はいま、僕の背後にいる。
どうやってこの個室に入ったのか知らないが……いや、入れる。あのときだ。レイチェル女史がお茶を運んできたタイミングのどこかで、完全に気配を消した彼女は、この個室に忍び込んでいたのだろう。
「……僕はいま、ここで死ぬわけには、いかない」
カラカラに乾いた喉の奥の奥から、声を絞り出す。
「だがクラマー中佐は、あなたの生殺与奪を私に委ねている。
中佐としても、苦渋の決断ではあったろう。
少尉が運んできた書類は、万が一の間違いすらあってはならない、極めて重要な書類だ。少尉くらいに責任感が強く、かつ一定レベル以上の能力を持った人物でなくては、託せない。
だが、それだけに少尉――あなたはもう、気づいているはずだ。
フント・デス・モナーツが、ただのキャバレーではないということに」
黒いフードで表情を隠したシュネー嬢に向かって、僕は決死の思いで首を縦に振る。
理屈の上では、ここは首を横に振るべきだ。フント・デス・モナーツはキャバレーと娼館の中間で、その従業員は皆、下衆な娼婦とその支配人。そういう理解を示したほうが、たぶん僕は、長生きできる。
でもそんなことは、僕の名誉が許さない。
帝国警察局内務2課は、帝国の正義と秩序、そして真実のために戦う部局。帝国軍にあっても、最も苛烈な戦場と日々向き合う精鋭たちだ。
そこで今も戦い続ける戦友たちを思えば、嘘をついてまで生き延びるなど不名誉の極み。
だって嘘はすべての不正義と犯罪の、第一歩にして終着点なのだから。
「この秘密を知り、そして秘密を否定することもできないあなたが生き延びるためには、選択肢は1つだけだ。
フント・デス・モナーツは、帝国警察局内務2課との間における新たな連絡役として、あなたを雇おう。
ただし、給与と休暇は、私からは支給しない。それらは警察局内務2課の少尉として、帝国軍から受給されたい。
仕事が増えたぶん給料も増額してほしいなら、クラマー中佐と交渉だ」
なるほど。シュネー嬢の提案は、理にかなっている。
僕は警察局内務2課に勤務したまま、フント・デス・モナーツなる秘密結社(そう呼んで問題あるまい)にも所属する。彼女らの仲間となり、彼女らが示す掟を守ると誓えば、僕は――少なくとも今この場は――生き延びられる。
たっぷり5回、深呼吸する。
僕はまだ、死ぬわけにはいかない。
だが名誉を失ってまで生き続けることも、できない。
ならば選択肢は1つだけ。
フント・デス・モナーツの、名誉ある一員になるのだ。
でもそれには1つだけ、聞いておくべきことがある。
「今回のような重要書類の受け渡し――いわば古の伝書使のような仕事が発生するたびに、僕のような立場の人間を殺したり仲間にしたりしていたのでは、効率が悪すぎる。
だからこういう伝令役は、誰か専任の人物がいたはず。
実際、シュネー嬢も、僕を新たな連絡役として雇用する、と言いましたね?
前任者が誰だったか、とは聞きません。前任者は、どうなったんです?」
シュネー嬢は静かに肩をすくめる。
「前任者は勇敢な帝国軍人だった。
そして彼の帝国軍人精神にとって、我々のような女達は、守るべき存在だった。
かくして、起こるべきことが起こった。
客観的に言って彼は愚かだったが、それでも我々は今も彼を尊敬しているし、彼を失ったのは残念だ」
なるほど。
僕は銃を腰に戻すと、無言でシュネー嬢に右手を差し出した。
「僕にも男としての見栄はあるし、軍人としての矜持もある。
でも客観的に言って、皆さんを僕が守る必要も意味も、ない。
事実、アイン嬢がその気になれば、僕はその瞬間に死んでいただろうし。
だから僕は皆さんを守らない。
それでも雇用して頂けるなら、お願いします」
シュネー嬢は、そんな僕の手を握る。
「ああ。そのほうが、助かる。
よろしく頼む、ナギー・エーデシュ少尉」
シュネー嬢の手は、まるで雪のように、白かった。




