Many Shots, Many Kills (4-2)
ルンヴィク軍曹は、枕元の吸飲から水を一口飲むと、話し始めた。
「自分がこっちに呼ばれたのは、お察しの通りの理由っす。
そもそも現状は、サブマシンガンがどうのってレベルの話じゃあないんすよ。
犯罪者どもは手榴弾に狙撃銃、果ては重機関銃まで持ってる。
それに比べて、こっちは拳銃と小銃、追加装備は銃剣とサーベルっすよ?
そもそもが喧嘩にならないっす」
この問題は、帝国警察局においても重大な問題となっている案件だ。
今はまだ、帝都のマフィアたちは比較的落ち着いている。でも彼らが本気で抗争を始めたら、帝都でもルンヴィク軍曹が語るような戦いが始まるだろう。
「だからあの条約は、一部なりとも改正すべきっす。
でもヴージェの連中は、頑固なくらい改正要求に応じなかったっすよ。
連中はね、ファールンやレインラントがどんなに荒れても、ざまあみろとしか思わない。
その結果、犯罪組織がバカでかくなって、やがてはヴージェ国内でも暴れだすって道理が、連中にはわからんのです。大規模な組織犯罪には、人種だの国籍だの思想だの国境だの、その手のものは何もかも意味がないってのが、わからんのですよ」
それもまた、今まさに起こりつつある状況だ。
レインラント=ヴージェ間の非武装地帯は重武装のマフィアたちにとって格好の避難所となっている。今のところ彼らは主にレインラント帝国を荒らしているが、その矛先がヴージェ共和国に向かない保証など、どこにもない。
「ま、実のところ、ヴージェ機動警察の連中に限って言えば、このままじゃヤバイってのに気づいてるっすよ。国境沿いの犯罪者どもがすごい勢いで重武装化してて、機動警察にもぼちぼち殉職者が出始めてますからね。
でもね、彼らがどんなにヤバイヤバイと言ったところで、華の都でこの世の春を謳歌してるヴージェの市民連中にとってみれば、『そんな小競り合いはどうでもいい。レインラントやファールンの野蛮人たちがまた攻撃してくる可能性を高めるほうが問題だ。これは安全保障の問題なのだ』ってことになる。
で、ヴージェ共和国の政治家どもが、機動警察とヴージェ市民の、どっちの言い分を聞くかといえば、当然市民の味方なわけっすよ。
そうじゃなきゃ、次の選挙に勝てないっすからね」
やり場のない怒りがこみ上げる。彼らは自分で自分の首を締めつつあるのに、そうやって窒息死することより、未だに外国が自分たちを攻め滅ぼすことを恐れている。そもそも先の大戦だって、先に仕掛けてきたのは連中だったというのに。
「アルベルティーナが死んで、彼女の葬式の場で、自分はノーラと初めてサシで会いました。なにせ相手は王立猟兵隊でもトップ級っす。自分なんかが気軽に会える相手じゃあなかったっすからね。
それで、アルベルティーナの思い出話をしながら飲んでいるうちに、自分らはそういう関係になりました。ノーラはトリーシャ准尉との恋愛に行き詰まってたから、まあその、いろいろ修羅場めいたものはありましたが。
ともあれ自分らは、ある1つの問題については、完全に意気投合してました。つまり、レインラントとファールンの、部分的再武装の実現っす。それが自分らにとっての、輝かしいゴールになるはずでした。アルベルティーナはもちろん、戦後に殉職していった多くの戦友たちの無念は、確かな正義として実を結ぶ、はず、でした」
一瞬の、沈黙。
「でも協議はお流れ。ノーラは狂ったみたいに家中の家具やら食器やらをぶっ壊しまくった挙句、姿を消したっす。
自分はノーラがどこに行ったのかを探す気力もなく、死人みたいに、軍にへばりついてました」
僕はルンヴィク軍曹の昔話を聞きながら、あの改正案が流れたとき、トリーシャ嬢やベラ嬢はどうだったのだろうと、ふと思った。
ノーラ少尉のように荒れたのだろうか。
それともルンヴィク軍曹のように絶望に呑まれたのだろうか。
僕はそのことを少しだけ想像してから、考えるのをやめた。
2人のあのダンスが、すべてを語っている。
言葉ではとうてい語り得ない痛みを真正面から抱きしめながら、2人は共に、最も暗い夜を乗り越えたのだ。
「それから1年ほど経って、レインラントから2通の手紙が来たっす。
1通はノーラからの手紙で、自分が“リュシール”に選ばれたことだとか、レインラントを革命することで真の独立と再軍備への道が拓かれるとか、そういうことが書いてありました。検閲されることが分かりきってたから、自分らにしか分からないはずの符丁を使いまくった手紙っすけどね。
で、もう1通は、レインラント警察局外事課からのお手紙っす。ファールンとレインラントの正しい未来のために、自分の力を貸してほしい、みたいな感じでしたね。
まあ、ここまで露骨にやられたら、いくら鈍い自分でも分かるっすよ。ノーラはレインラント共和国解放戦線のテロ屋として御社の外事課にマークされてるけど、今はやむなく泳がされてるんだってね。そりゃあ、元王立猟兵隊のエースが、他所様の国でテロ屋やってるなんてことになったら、外交問題っすからねえ。
だからこの事態を穏便に片付けられて、かつ部分的再武装への道が拓けるような、そんなカードの1枚として、自分は御社の外事課に引きぬかれました。
ま、そんな感じっすね。あとはもう、少尉殿がご想像してるであろう、その通りのことが起きたってことっすよ」
外事課とファールン王国の再武装推進派は、テロリストによる凶悪犯罪と戦うに際し、それを制圧する火力が明白に不足していたという状況をもう一度作り出した。そしてマスコミを使って負傷者や殉職者を英雄と祭り上げ、再武装を要求する世論を再燃させている。
もちろん、それだけでは前回の再武装運動と同じ結果に終わるだろう。だから今回は戦場をヴージェ共和国との国境付近に設定した。ヴージェの市民に、「これは他人事じゃないんだぞ」とアピールすることにしたのだ。
これはまったくの憶測だが、ノーラ少尉が立てこもっている非武装地帯の別荘も、外事課が前々から用意していたのだろう。そして解放戦線に潜入させた捜査官を使い、正常な判断力を失ったノーラ少尉をその用意された死地へと導いた。
自分たちの目と鼻の先にある非武装地帯で、重武装のテロリストとの戦争が起きたとなれば、ヴージェ共和国における再武装容認論の強化にも期待できる。今頃はヴージェ共和国機動警察も、この件を材料として再武装容認論を煽っていることだろう。
軽い嫌悪感を覚えた僕は、小さく首を振る。
外事課による今回の脚本は、実に不格好だ。無駄なアクションが多いし、確実を期せない部分もあちこちに残っている。
でも、この脚本からは、執念と決意の深さを感じる。
美しくなくとも、“強い”脚本――実に忌々しいがそう評価するほかない。
でも今は、そんなことはどうでもいい。
僕にとって、脚本の内容は、問題の核心ではない。
だから僕は努めて平静を保ちながら、「あなたを呼んだ責任者は、誰です?」と聞く。
ルンヴィク軍曹の返答は、ため息と苦笑だった。
「たとえうわごととしてでも、それが言えないことくらい、分かるっしょ?
でも少尉殿のために1つだけ耳寄りな情報をお教えしますと、自分を呼んだのはマーショヴァー卿じゃありません。
マーショヴァー卿は、そこまで悪趣味じゃあないっすよ。
なにせ自分はノーラの元恋人っす。つまり、猟兵隊史に残るような大恋愛を繰り広げてたトリーシャ准尉から、ノーラを寝取った男です。
おまけにノーラは酔った勢いでベラ特務軍曹もつまみ食いしちゃってたそうで、だからってのもなんか釈然としないんすが、自分はベラ特務軍曹にもめっちゃ恨まれてます。
そりゃあ、自分も、トリーシャ准尉も、ベラ特務軍曹も、元王立猟兵隊のプロだっていう誇りはあります。ありますけど、さすがにこのメンツで毎日顔を突き合わせて、上手くやって行けるとは思えません。
つうかそんなド修羅場、自分から願いさげっす」
……なるほど。なるほど、そうか。冷静に考えれば、まったくもってその通りだ。
ええい、僕もシュネー嬢のことを笑えない。こんなにも自明な人間の機微を、完璧に見落としていたのだから。
それはともあれ、黒幕がベアトリーセ様ではないことが分かったのは、大きな収穫だ。
もし、すべてを仕切っていたのがベアトリーセ様なら。
あの人が、よくいる帝国を憂うるお貴族様同様、トリーシャ嬢やベラ嬢にもう一度血を吐くような思いをさせてでも帝国の安寧を目指す人物であったなら。元王立猟兵隊員3人がかりでも、まともな装備なしには筋金入りのテロリストとは戦えないという事実を演出するために、恋人殺しを命じたのだというなら。
そのときは、僕は命がけでクラマー中佐を説得し、フント・デス・モナーツを告発する方向で動き始めたかもしれない。そして養父もきっと、僕の意見に同意するだろう。人として最低限の倫理も弁えぬ者が、賢しらに正義を口にし、必要な犠牲を自明として行動することを、僕ら帝国警察局は絶対に許容しない。
だからベアトリーセ様がこの件を仕切っていないという証言に、僕は大いに安堵していた。
でもそうやって安堵しているのは、僕の半分だ。
僕の残り半分は、怒っていた。
どうしようもなく燃え盛る、理不尽で昏い炎が、僕の心臓を焦がしていた。
僕ら内事2課だって、拳銃と警棒を握りしめ、重武装の凶悪犯が立てこもる建物に突入したことは、何度もある。
そうして突入した結果、犯人どもの凶弾に倒れた同僚は、1人や2人じゃあない。
なぜマーショヴァー卿は、この状況を変えるべくあらゆる手を使ってくれていないのか。どんな倫理上の困難があろうとも、現状は糺されるべきではないのか。そんなに僕ら警察局員の命は安いのか。
外事課内部で無様な脚本を書いている糞野郎どもも、同罪だ。連中は、内事2課の僕らが帝国の安寧のために捧げてきた犠牲では、生け贄として価値がないとでも言いたいのか。
だから僕は、ルンヴィク軍曹に最後の質問をする。
「軍曹。あなたはノーラ少尉を撃たなかった。
あれは、そういう命令があったからですか? それとも――」
ずっと天井を見上げていた軍曹は、僕のこの言葉を聞いて、初めて僕の顔を見た。勁い瞳が、僕の瞳を捉える。
「絶対に殺すなっていう命令は、そりゃまあ、あったっすよ。
でもそんな命令がなくたって、自分はノーラを撃てなかった。
撃てやしない。撃てるもんか。
王立猟兵隊員は、ひとつの家族っす。どんなに苦しいときも、どんなに辛いときも、互いに支え合うのが王立猟兵隊だ。
エーデシュ少尉殿。あなたはそんな家族を、撃てるっすか?」
僕は目を閉じ、小さくため息をつく。
「僕も、家族とは素晴らしいものだと思います。
でも、どんなに素晴らしい家族であっても、壊れてしまうことはある。
何をしたってもう修復できないくらいに、壊れてしまうことは、ある。
ルンヴィク軍曹。あなたはそんな家族を、どうしたかったんです?」
絶句する軍曹に背を向け、僕は軍曹の病室を出た。




