Many Shots, Many Kills (4-1)
耐え難さの限界を超えたとき人間は率先して死を選ぶことによって終わりを得ようとすることがある、という物語。あるいは、終わりを得るための代金と誇りについて。
レイチェル女史の診断によれば、トリーシャ嬢の右足首は軽い捻挫程度の怪我で、半日くらい湿布しておけば大丈夫ということらしい。
問題は右手首で、こちらは骨にヒビが入っている。トリーシャ嬢の旺盛な治癒力を前提に考えて、完治には1ヶ月という見立てだ。つまり何をどうしようとも、3日ないし5日後の作戦には間に合わない。
レイチェル女史とトリーシャ嬢から報告を受けたシュネー嬢は、怒り狂うかと思いきや、「そうか」と言ったきり黒板に向き直った。トリーシャ嬢は一瞬だけ天を仰いでから敬礼し、レイチェル女史はため息をついて踵を返した。
シュネー嬢の短すぎる一言を翻訳すれば、ノーラ少尉暗殺作戦において、シュネー嬢はトリーシャ嬢の狙撃を計画の内部にそもそも織り込んでいない、ということだ。シュネー嬢は、トリーシャ嬢にはかつての恋人にして戦友であるノーラ少尉を撃てないと考えている。
ただしそれは、指揮官としてのシュネー嬢としては、という話だ。
シュネー嬢がトリーシャ嬢に、かつての戦友にして恋人を殺すような任務を与えまいとしているのは明らかだ。軍人として信頼するしない以前の問題として、家族にも等しい仲間として、トリーシャ嬢にそんな非人道的な任務を与えたくないと思っている。
そんなことは、フント・デス・モナーツに籍を置く者なら皆わかっている。
ぶっきらぼうで、言葉が足りず、ときに冷淡にすら思えるシュネー嬢は、実際にはとても繊細で、仲間の痛みを自分の痛みであるかのように感じるナイーブな精神を有している。
でも、そうやってシュネー嬢が身を切るような思いをしていると分かってしまうからこそ、トリーシャ嬢はいっそう苦しむ。
「こんな怪我をしたのは、私の無意識の現れだ。
私はきっと、ノーラを撃ちたくないんだ。
撃たずにすむ理由が、欲しかったんだよ。
――何もかも、シュネーにはお見通しだったようだが」
レイチェル女史に包帯を巻き直してもらいながら、誰に言うともなく呟くトリーシャ嬢の姿は、ただただ痛々しかった。
僕としては、フント・デス・モナーツのメンバーがここまで互いを深く信頼し、尊敬しあっているということは、この組織の強さの現れだと思う。
素人さんはドライな人間関係で構築された組織を「プロっぽい」と理解することも多いが、人間の極限を試すかのような任務に挑むとき、そこでものをいうのは個々人の確かな技量に基づく、集団としての熱量だ。人間は自分が信じる戦友のために戦うときに最も力を発揮できるというのは、先の大戦の中で統計的に証明された現実なのだ。
とはいえ、だからといって今みたいに、互いを互いの優しさと信頼で傷つけ合うのは、あまりにも不毛だ。
あまりにも不毛だし、こんな状況を作り出した人間のことを、僕は許せない。
つまり。
僕は、真実を明らかにしたい。
一連のこれを仕組んだのが誰なのかを――あるいは少なくとも誰ではないのかを知りたい。
ただ真実のためではなく、僕にとっての正義のために。
決意を固めた僕は、警察局の病院に向かった。
ノーラ少尉に撃たれたルンヴィク軍曹は、一時は危険な状況だったが、もう意識が回復している。面会謝絶のプレートも外され、今では時折、外事課突撃隊の同僚が見舞いに来ている――とレイチェル女史から聞いている
そんな状況だったから、僕が彼の病室を訪れたときも、彼は僕のことをさほど警戒していないようだった。むしろ、僕のことも見舞客の一人だと思ったようだ。
そんな軍曹に、僕は単刀直入に質問することにした。
「すべては計画通り、ですか。ルンヴィク軍曹」
軍曹は「へ?」と間の抜けた声をだしてみせたが、僕は彼の瞳の奥に闘争心の炎が点ったのを見逃さない。
軍人たるもの、攻撃されたら必ず反撃する。ルンヴィク軍曹のようなずば抜けたエリートなら、これはもう本能に刻まれているはずだ。なぜなら軍は兵士をそのように作り上げるから。
そしてルンヴィク軍曹は、僕の言葉を意味不明な言葉ではなく、攻撃として認識した。
そのことには、すぐに軍曹も気づいたようだ。表情を引き締めると「さすがは内事2課の若き副課長。思った以上にやるっすね、少尉殿」と、僕の宣戦布告を真正面から受け止めた。
ならばもう、小細工はなしだ。ここからは、戦争なのだから。
「最初におかしいと思ったのは、僕の情報源からの情報でした。
僕もこんな仕事をしてますから、裏社会に通じた情報屋に知り合いがいるんですよ。当然、ノーラ少尉の件も知っていた。なにせ解放戦線の動きが最初に露見した理由は、運び屋に支払いを渋ったせいでしたからね。裏社会の情報通が、そのあたりの話を探っていないはずがない」
そう。実際、ソーニャ嬢はノーラ少尉のことを実に詳しく知っていた。
「でも僕の情報源は、『敵に対して警察局の情報はダダ漏れしている。でも自分には敵の正体がわからない』と言ってきましてね。
そのときは、そんなものか、と思ったんですが。でも冷静に考えれば、あの情報屋が知らないってのは、異常なんです。なにしろ裏社会のことなら何でも知ってるような情報屋なんでね」
つまり、あのときソーニャ嬢が本当に言いたかったのは、「ノーラ少尉に関する情報は、ボクの立場では本来知り得ないレイヤーにある」ということだ。
となると、ここで大きな矛盾が生まれる。
解放戦線の動向は、運び屋のタレコミがきっかけで判明したはずだ。
なのにソーニャ嬢は、その運び屋がどこのファミリーの者で、彼らが運んだ解放戦線の人数がどれくらいで、首謀者がどんな人物なのか、何一つとして裏社会には情報が流れていないと言う。
そんなことは、絶対にあり得ない。
と、すれば、シュネー嬢が外事課から聞かされた情報は、外事課内部が出処と考えるほかない。
つまりこの件の黒幕は、外事課だ。「支払いをケチられた運び屋」など存在せず、外事課が独自の調査で掴んだ情報を、「タレコミがあった」という体裁でパッケージングしたのだ。
僕の養父は、そのことを一瞬で読み解いた。
だから内事課の特殊部隊を動かさず、僕だけを派遣するという形をとった。
僕個人が現場に出張るだけなら、フント・デス・モナーツのメンバーに僕を守ってもらうことも可能だと踏んだのだろう。そして実際、作戦は養父の予想通りの展開となった。
「それで僕は、この事件は外事課による自作自演なんじゃないかと疑いました。
でもそれもまた、変だ。外事課が自分から虎の子の突撃隊に被害を出そうとするだなんて、まるで筋が通らない」
ここが2つ目の問題だった。圧倒的な戦闘力を誇るノーラ少尉の逮捕に拘り、どう考えても高確率で突撃隊員に損害が出るような作戦を実行する。外事課がこんな自滅的な自作自演をする意味がわからない。
「だけど1つだけ、実に迂遠な陰謀の可能性があることに、気付きました。
ルンヴィク軍曹――あなたはファールン王国王立猟兵隊に所属していた頃、とある大規模な人質事件において人質救出部隊として投入され、そこでバディを失っていますね?」
図書館の古新聞と外事課の資料室を漁った結果、僕は軍曹のバディが立てこもり犯に射殺されていることを知った。
犯人たちはサブマシンガンで武装しており、突入部隊はそれを知りながら、拳銃だけで武装して突入した。帝国が飲んだ和平条約は、ファールン王国もほぼ同等のものを飲んでいる。ゆえに彼らも、サブマシンガンの装備が禁じられている。
結果、起こるべきことが起こった。犯人たちは王立猟兵隊のエリート部隊を純粋な火力の差で圧倒し、激しい銃撃戦は最終的に猟兵隊の勝利に終わったものの、猟兵隊は多大な損害を出した。
そのときの突入で殉職した、軍曹のバディの名は、アルベルティーナ・ヴァリアン。裏付けは取れなかったが、ほぼ疑いなくノーラ・ヴァリアン少尉の姉、ないし妹だ。
「あの事件で、ファールン国内では、治安維持活動に際してはサブマシンガンの装備が許可されるべきだという世論が高まりました。実際、事件から2年後には、条約がそのラインで改正される機運もあった。
でもヴージェ共和国が強硬に反対し、改正案はお流れとなった」
ヴージェ共和国は、先の大戦で最も多くの戦死者を出した国だ。未だに懲罰的な条約の維持を期待する声――つまり「俺達の恨みを思い知れ」的な怨恨――は根強い。
「条約改正案が流れた1年後、あなたは王立猟兵隊を辞めて我が国に移住、警察局に入職した。なんとも、異例ずくめですね。王立猟兵隊を中途除隊することといい、ウチの外事課が移住したての外国人をあっさり採用することといい。
もうこのときに、この計画は動き始めていたんですね? ウチの外事課の、誰が軍曹を呼びました?」
ルンヴィク軍曹は、黙って天井を見つめている。
僕はそんなルンヴィク軍曹の横顔を睨みつける。
重たい沈黙が落ちる。
でも数分が経って、軍曹はポツリと呟いた。
「よく、調べたっすね。参った。降参っす」
どうやら、僕は戦争に勝ったようだ。
でもこの勝利に、実体はない。そのことが軍曹にも分かっているから、軍曹は僕に勝利を譲ったとも言える。
案の定、軍曹は言葉を続ける。
「とはいえ、少尉殿は何の証拠もお持ちじゃないっすよね。
だから自分がこれから話すことも、自分が怪我の痛みにうなされながら呟いた、ただのうわごとってことで。
少尉殿も、そういうつもりで来たっすよね?」
やれやれ。王立猟兵隊の元隊員は、どいつもこいつも食えない奴だ。
でも、そこまで見ぬかれていたなら仕方ない。僕は首を縦に振る。
「僕も降参だよ。だから軍曹のうわごとを聞かせてほしい」




