Many Shots, Many Kills (3-4)
ノーラ少尉暗殺計画が動き始めたとはいえ、フント・デス・モナーツの常連客に告知した「お別れパーティ」をキャンセルするわけにはいかない。なにせベアトリーセ様が作戦を発動した翌日の夜が、パーティ当日であるわけだし。ここでキャンセルというのは、ドタキャンにも程がある(念のため、パーティで技芸を披露することになっているアイン嬢・トリーシャ嬢・ベラ嬢には「作戦が近いからあまり無理しないように」と連絡してはいるが)。
ともあれパーティ当日、フント・デス・モナーツには朝からクラウス氏が率いる屈強な男たちと可憐な乙女たちが詰めかけ、男たちは家財道具をどんどん運び出し、乙女たちはテキパキと店内の清掃を進めていった。
いやあ、この勢いで片付けが進むんだったら昼までに作業が終わっちゃうんじゃ……と思って見ていた(手伝わせてもらえなかった)が、運んでも運んでも出るわ出るわ、あの狭い店のどこにこんなに大量のモノがあったんだと驚くくらいに搬出作業が終わらない。
そのうち店の外で待機していたトラックが積載限界に達し、搬出作業は一旦休憩となった。店内を覗いてみると、さほどモノが減ったようには見えない。なにこれ怖い。
で、こんな謎のゴミ屋敷を作った主犯たるシュネー嬢は、今なお鬼気迫る勢いで黒板に何かを書いては消し、書いては消し、時折巨大な模造紙に何かを書きつけ、しばらくそこに並んだ記号や数字を睨みつけてから、また黒板に向かって何かを書きつけては消すという作業に没頭している。
いやはや、あんなに余人を寄せ付けないオーラを放ちながら仕事に集中しているシュネー嬢にコーヒーを差し入れられるのだから、ベアトリーセ様はマジで凄い。
運び出しの作業は微妙に遅れたが、2010時には全作業が完了となった。マーショヴァー家の屈強な下男たちともだいぶ意気投合した僕は(最後の3時間は僕も作業を手伝った)、ポケットマネーで店のビールを4ケース買い取り、彼らに持って帰ってもらうことにする。そもそもビールの在庫はダブつき気味になっていて、このままだとパーティ終了後に余剰を一旦廃棄することになりかねなかったのだ。
食べ物や飲み物を残したり捨てたりするのが生理的に許せない僕としては、良い飲み手が現れてくれてありがとう、といったところだ。
そんなこんなで、フント・デス・モナーツの店内はすっかり空っぽになった。
ああいや、本当に空っぽになったわけではなく、小さなステージだけは残されている。僕にしてみれば「経費節減のためにも、このタイミングで捨ててください」と言いたいところなのだが、一応は特注品らしく、トリーシャ嬢やベラ嬢が踊ったりするとなると「床よりはずっとマシ」だそうだ。僕にはピンとこない話なのだが、技芸においても玄人はだしの彼女らが言うのだから、そうなのだろう。
一方で、新たに運び込まれたものもある。当初は休憩用に折り椅子を用意する予定だったが、ベアトリーセ様が「それはいくらなんでも殺風景だ」と主張した結果、今夜限りの臨時改装が行われたのだ。
下男たちの献身的な働きにより、床にのたくっていた煤けた絨毯の上にはマーショヴァー家秘蔵のタタミなる厚手のカーペットが敷かれ、こ汚い壁紙の前にも絵柄入りのパーテーションが置かれた。マーショヴァー家の先代は東洋趣味にハマっていたらしく、これらはすべて先代の遺品だとか。
部分的とはいえ超高級品が惜しげなく投入されたフント・デス・モナーツの店内からは、これまでのいかがわしい雰囲気が一掃された。
マーショヴァー家のメイド部隊が磨き上げたシャンデリアは煌煌と輝き、蓄音機からは帝都でも人気のシャンソンが流れる。タタミ・カーペットの上に置かれた木製のローテーブルはなかなかに趣があり、モノクロで虎や鳥が描かれたパーテーションも実にエキゾチックだ。カーペットやパーテーションの原産地であるフソウ国で日常的な宗教儀式に使われているというインセンスも、ちょっと変わった香りで面白い。
実を言えば、アイン嬢がこの急な臨時改装に対応できるかどうか、不安はあった。でもレイチェル女史に手を引かれながら店内をぐるりと一周したところで、アイン嬢は何がどこにあるか把握したらしい。さすがだ。新しい環境に緊張しているのか、表情がちょっと微妙な感じになっているのが、気がかりと言えば気がかりなところではあるが。
かように僅かな不安要素を抱えながらのパーティとなったが、蓋を開けてみると、実によく盛り上がった。
オープニングは、アイン嬢によるヴァイオリン独奏。サクラが咲き誇る様子を描いたというフソウ伝統の楽曲は、シンプルなメロディながらも実に美しい。その後は打って変わってシュミットやモラスの超絶技巧が続き、アレッサンドリーノの奇想曲では感極まって涙を浮かべる女性客もいた。
また、それぞれのテーブルに並べられた小料理も、客の心を掴んだ。本当はベアトリーセ様が手料理を供する予定だったが、さすがに作戦前とあっては無理ということで、「もっとも信用する料理人に任せた」らしい。
見かけこそ大衆料理だが、超一級の宮廷料理人が腕前を振るった小品は、味の芸術品と呼ぶに相応しい。
パーティ参加者は皆、よく食べ、よく飲み、よく喋り、よく笑った。アイン嬢のヴァイオリンを伴奏にして披露されたベラ嬢のダンスは斬新かつドラマチックで、客は皆、拍手を惜しまなかった。凛々しい男装でステージに上がったトリーシャ嬢は、人間とは思えない跳躍力を駆使して大胆な軽業を次々に披露し、これまた拍手喝采を浴びる。
それからアイン嬢・ベラ嬢・トリーシャ嬢の舞台衣装を作った人物としてレイチェル女史がステージに招かれると、これまた大きな拍手が湧き上がった。ステージを下りたレイチェル女史は主に女性客に取り囲まれ、彼女がサーブするテーブルの一帯は瞬く間にファッション談義で染まった。
時間は矢のように過ぎ去り、2300時の段階で一部の客が帰り、0000時でまた帰宅の波が押し寄せた。
日付が変わるあたりで客が帰っていくのには、理由がある。この手の特別な接待を伴う飲み屋は、法的には、0100時をもって営業を終えねばならないからだ。違反しているからといって即座に警察が踏み込んでくるようなことはないけれど(その程度の軽犯罪だし、警察局だって締めつけ過ぎは逆効果なことくらい理解している)、踏み込んできたら逮捕は確実。だから無駄に罰金を払いたくない理性ある客は、0000時あたりで帰宅していく。
……ということは、逆に言えば、0100時からは選び抜かれた常連たちによる、金に糸目をつけない無礼講の時間となる。
そういう状況なので、長らく事務所に引きこもって小窓から店内をチラチラ見ていただけだった僕も、0100時をもってフロアに顔を出すことにした。
勝手口から事務室を出て、正面玄関から店に入り直した僕のことを、常連客は「深夜になるまで来れなかったワケアリ客」と考えたようだ。僕はすぐに常連客らに受け入れられ、穏やかな歓談の輪に入ることができた。幸いにして(もちろん事務室からも偵察はしておいたが)、僕の顔を知っている客もいなかった。
そうやって常連客と談笑しながら飲んでいると、柱時計が0300時を告げる鐘を鳴らした。いよいよ旧フント・デス・モナーツでの、ラストステージだ。
はるばるリレイア共和国から取り寄せた鉄弦のギターを手したアイン嬢が、異国情緒に溢れたタンゴを演奏し始めた。レイチェル女史も同型のギターを手に、アイン嬢とデュオで演奏する。アイン嬢ほどではないにしても、レイチェル女史も相当に上手い。
と、そこでタキシード姿のトリーシャ嬢と真っ赤なドレス姿のベラ嬢がステージに上がり、情熱的なダンスが始まった。
扇情的でありつつも、激情が迸るかのような、見事なダンス。
アイン嬢とレイチェル女史の演奏がステージ上の二人をさらに駆り立て、観客は激しさを増すダンスを固唾を呑んで見守る。
燃え盛る炎のような二人の舞踊を見ながら、僕はふと、思った。
同性愛が違法? 不健全で不毛?
いいじゃないか。二人はこんなにも愛し合ってるんだから。
この純粋な愛の営みを前に、あらゆる言葉は無力だ。
警察局員としては失格だが、僕は彼女らの愛を美しいと思い、また尊いとも思い――そして何より、激しく愛しあう二人の姿に欲情していた。
不道徳と言うなら、言えばいい。
これを目の前にしてピクリとも心身が反応しないなら、そいつは路傍の石も同然だ。
音楽は更に昂ぶり、ベラ嬢はトリーシャ嬢に全身を預けるかのように絡みつき、トリーシャ嬢は大胆なリフトやサポートで燃えるように美しいベラ嬢の姿をステージの上に描き出す。
僕も含めた観客たちは叫びだしたい気持ちを押し殺しながら、二人の愛の行方を追う。
もしそれが許されるなら。
僕もテーブルを叩き、足を踏み鳴らして、あの渦巻く炎が刻むリズムに、己のリズムを溶け合わせたい。
それは僕だけでなく、彼女らのダンスを見る全員が感じている欲求のはずだ。
けれどその原始的な欲求を堪えることには、それはそれで背徳的な悦びがあった。
フント・デス・モナーツに相応しい、実に紳士的な法悦ではあるが、それがこんなことであるなら、僕はもっと早くこれを知るべきだった。
アイン嬢がギターの腹を叩いて刻むリズムが、レイチェル女史がギターをかき鳴らしながら低い声で歌うその歌声が、そしてステージ上で傲然と燃え上がる炎のような二人が、更に場を高揚へと導く。
もう無理だ、この先にはついていけない、堪忍してくれ――そんなことを思いながら、でも僕ら下界の民は彼女たちから迸る煮えたぎった感情と欲望のごった煮を腹に詰め込み続ける。
それは永遠に続く、背徳と法悦の宴。
でも、どんな舞台にも終わりはある。シュネー嬢の完璧な脚本が、ソーニャ嬢の究極の博打が、ひとつの終焉に向かって突き進むように。この舞台も、やがて終わる。
そんな予感に涙しながら、僕は終わりの到来を覚悟した。
その終わりは、予期せぬ形で訪れた。
黒衣のトリーシャ嬢が、太陽を掲げるかのようにベラ嬢をリフトしたその瞬間、トリーシャ嬢の足元でバキッと嫌な音がした。
あっ、と思う間もなく、古いステージの床が抜ける。バランスを崩したベラ嬢を抱きかかえるようにしながら、トリーシャ嬢は無理やりステージの外へと倒れこんだ。観客の悲鳴が交差する。
不幸中の幸いというべきか、タタミ・カーペットは必要十分に柔らかく、トリーシャ嬢にもベラ嬢にも大きな怪我はなさそうだった。トリーシャ嬢は苦笑いするとベラ嬢の手を取って立ち上がり、「私達よりも先にステージが逝ってしまったようだ。文字通りの最後のステージに、なにとぞ盛大な拍手を」と語り、どうやら二人が無事そうだと知った観客たちは、最初はパラパラと、やがて熱烈に拍手を贈った。
その後もパーティは続き、0500時をもって最後の乾杯を行い、0600時には完全撤収となった。常連たちは「何としてでも会員権を買います」と誓ったり、「客演するときは絶対に見に行くよ」と約束したりしながら、それぞれの家路についていった。
かくして、フント・デス・モナーツの“お別れパーティ”は、常連客全員の心に強い印象を刻んで、幕を閉じた。
でも僕は、これを「めでたしめでたし」とは、言えない。
まったくもって、言えない。
レイチェル女史は厳しい顔で、トリーシャ嬢の右足首と右手首に巻かれた包帯を巻き直している。0400時頃、最後の乾杯の準備と称して簡易キッチンに向かった二人が、そこで応急手当をしていたことに、僕は気づいていた。
おそらく、トリーシャ嬢は最低でも捻挫、悪くすると骨にヒビを入れている。正確な診断はレイチェル女史の言葉を待つしかないが、素人目にも1週間以内に完治する怪我とは思えない。
クソ。こんなことなら0100時の段階で、風紀紊乱の現行犯で全員逮捕しておけばよかった。
そうすれば、作戦行動に支障をきたしかねない怪我なんて――。
そんな無意味な後悔をしながら、僕はトリーシャ嬢の診察をするレイチェル女史の表情を伺うことしかできずにいた。




