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月の猟犬  作者: ふじやま
2nd episode:Many Shots, Many Kills
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Many Shots, Many Kills (3-3)

 特別休暇の初日、僕はアサイチで図書館に出向いて過去の新聞を漁り、いくつかの名前にあたりをつけた。それから「私物の忘れ物をしました」という名目で警察局のゲートをくぐると、まずは内事課の資料室に向かい、しかるに外事課の資料室にも顔を出す。いまの僕は外事課に出向している立場なので、前者は顔パスで通り、後者は身分証で通れる。

 この簡単な調査で、僕の推理は大幅に補強された。相変わらず情況証拠ばかりが積み重なっていく状態ではあるが、最終的に話を聞くべき相手を追い詰めるには、まずは外堀を埋め尽くさねばならない。


 ともあれ午後一杯を資料室で過ごしたかいもあり、資料室が閉鎖される1700時までに、僕は必要な記録をいくつか掘り起こすことに成功した。集めた資料を内事課のコーヒーラウンジで整理し、1755時にはゲートに戻る。ゲートを警備するスタッフが「随分と忘れ物がたくさんあったようですね」と真顔で聞いてきたので、僕も真顔で「思ったより手間取りました」と返答しておく。

 しかるに1800時にはクラマー中佐がゲートを抜けてきたので、素早く横に並んで歩く。「たまには飲みに」「不要だ」「では僕の推測は」「正しい」というおっそろしくコンパクトな会話を交わした僕は、中佐に一礼してからフント・デス・モナーツへと向かった。


 フント・デス・モナーツに到着すると、すぐさま地下から呼び出された。未だに果てが見えない経理書類の山を一瞥してから、階下に向かう。


 司令室には、シュネー嬢とベアトリーセ様、そしてソーニャ嬢が待ち構えていた。ベアトリーセ様の服装が昨晩と同じということは、ベアトリーセ様はここにお泊りしたということか。もう少し大貴族の当主としての自覚を……などと思ったが、そのあたりはマーショヴァー家の執事であるクラウス氏に任せることにして、僕は作戦会議が開かれているテーブルの末席に座った。


「さて、全員揃ったね。じゃあ、ボクから報告といこうか」


 いつもどおり、少しおどけたように喋り始めたソーニャ嬢に、シュネー嬢とベアトリーセ様が頷く。僕はと言えば、どうしてもソーニャ嬢を軽く睨みつけてしまう。まったく、警告するならするで、もうちょっと分かりやすい言い方をしてくれてもよかったと思うんだけど!

 そんな僕の視線を軽く受け流して、ソーニャ嬢は報告(・・)をし始めた。


「ノーラ少尉と解放戦線の同志諸君(ゆかいななかまたち)の行方だけど、厄介なところに逃げ込まれたね。

 彼女たちはいま、レインラント=ヴージェ国境の北辺に広がる湖沼地帯に潜伏してる。60年ほど前にレインラントのお貴族様が作った別荘を応急修理して、臨時の要塞みたいにして立てこもってる状況だ。別荘は湖のど真ん中にあって、ボートなしじゃあたどり着けない」


 やっぱり、ソーニャ嬢はノーラ少尉の動向を正確に掴んでいた。彼女と会ったときに「敵の正体がボクには(・・・・)分からない(・・・・・)」と言い放ったその言葉はまったくの嘘で、彼女は言外に別の事実を伝えようとしていたのだ。

 そしてクラマー中佐はそれを即座に読み解いたからこそ、内事課からは僕だけを派遣するという選択をした。


 でも、いまは答え合わせの時間ではない。問題は、ノーラ少尉だ。


 ノーラ少尉たちが立てこもっているのは、実に面倒極まりない地域だ。レインラント=ヴージェ国境の北辺は、和平条約によって非武装地帯となっている。帝国警察局と言えども、この地域では武器を携帯して活動することが許されていない。おかげで治安は荒れ放題だ。

 しかもあのあたりの湖沼地帯は、もとは風光明媚な保養地で、えらく見晴らしが良い。貴族の別荘が建っているような場所なら、周囲1kmは見通しが効くだろう。近づこうとすれば、ボートだのなんだのを湖に浮かべる前の段階で、確実にバレる。


「ノーラ少尉の負傷はわりと重いみたいで、もう2週間くらいはそこで静養する必要があるっぽい。てことは、1週間もあれば動き出すだろう。王立猟兵隊の身体能力は、バケモノの一言に尽きるからね。

 ということで、ノーラ少尉を殺るなら、この1週間以内が勝負だ。時間が経てば経つほどノーラ少尉は元気になるから、仕掛けるなら早いほうがいい。

 ボクからの報告は、以上。さっきからエーデシュ少尉に怖い目で睨まれてるから、現状に対する感想を言うのはやめとくね」


 いやいやいや、そこで僕に責任転嫁ですか!?

 ってか、そもそもこの場ってソーニャ嬢の感想(・・)が必要な場面じゃないですよね!?

 ……などと大人げない思いが込み上がってきたが、これはさすがに自分でも大人げないと思うので、心の奥にしまいこんでおくことにする。


「ノーラ少尉は、必ずや殺されねばならない。

 警察局を動かしている暇はない。我々だけで、彼女を狩る」


 宣言したのはベアトリーセ様。それには僕も同感だけれど、内心で「やっぱりか」という感慨もよぎる。僕の推理においてはベアトリーセ様は今回の件における主犯(・・)候補の一人で、今の発言は僕の推理の中で主犯が取るべき行動とピタリ一致する。

 本件の主犯にとって、ノーラ少尉は役目を終えた。今や彼女は死なねばならない(・・・・・・・・)


 ベアトリーセ様の宣言を聞いて、シュネー嬢は小さく頷いた。


「了解した。

 これより内務省外事8課特別工作班は、元ファールン王国王立猟兵隊所属、ノーラ・ヴァリアン少尉の暗殺計画に着手する。

 確実を期すためにも、作戦の決行は5日後を想定する。早期着手が必要な場合は3日後の決行だ。それ以前に動かねばならない場合は、残念だが見逃すしかない。これでいいか、ベアトリーセ?」


 自信にあふれたシュネー嬢の言葉に、ベアトリーセ様は力強く頷く。


「今回の作戦は、場合によっては非常にカネがかかる可能性がある。

 もうちょっと準備期間が取れるか、さもなくばターゲットがここまで特殊でなければ良かったのだが。ベアトリーセ、それでも構わないな?」


 僕は思わず「うわ」と小さく声を出していた。わりと世間知らずなシュネー嬢をして、「カネがかかる」と断言する作戦。彼女は何をしようとしているのだろう?


「無論だ。で、いくら必要だ?」


 ベアトリーセ様の簡潔な返答。どれくらい必要になるのか、僕も気になる。

 でもそこに口を挟んだのは、ソーニャ嬢だった。


「ベアトリーセがいまつけてるブローチくらい、じゃない?

 だよね、シュネー?」


 シュネー嬢は小さく頷いて、ソーニャ嬢の予想を肯定する。

 ベアトリーセ様は何の迷いもなくブローチを外すと、シュネー嬢の前に置いた。


「ならばこれを使ってくれ。

 3代前の当主がヴージェ皇国で作らせた、一品物だ。

 ヴージェ革命で、これを作れる職人はみな殺された。

 王立猟兵隊の精鋭を殺す代金になるなら、ご先祖も許してくださるだろう」


 ベアトリーセ様は男前っぷりを存分に発揮してそう言い放ち、シュネー嬢は机の上に置かれたブローチを丁寧にハンカチでくるんだ。ソーニャ嬢は「また捌きにくいものを」とか因果応報なことをブツブツ言いながら、ハンカチに包まれたそれ(・・)を受け取る。

 ともあれ、これで作戦会議は終了なようだった。シュネー嬢は立ち上がると小さな木製黒板を何枚も壁に並べ、白墨で何やら書き込み始める。ソーニャ嬢もまた、シュネー嬢のハンカチに包まれたブローチをポケットにしまいこんでから、席を立つ。


 ベアトリーセ様もまた席を立つと、それぞれの仕事(・・)を始めた2人に向かって、声をかけた。


「私情を優先するような任務を発してしまい、すまない。

 だが、どうか頼む。今回ばかりは、真実のためではなく、正義のために」


 黒板に猛然と何かを書いていたシュネー嬢は振り返ることもなく頷き、ソーニャ嬢はクツクツと笑って小さく敬礼する。ベアトリーセ様は二人に一礼すると、司令室を去っていった。


 シュネー嬢が動かす白墨の音が響き続ける司令室に一人残された僕は、ベアトリーセ様の言葉を反芻する。


「真実のためではなく、正義のために」


 さてさて。問題はそれが、誰のどんな(・・・・・)正義かということだ。


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