Many Shots, Many Kills (3-2)
ベアトリーセ様を簡易ベッドに置き、念のため様態をレイチェル女史に診てもらうようシュネー嬢にお願いしてから、僕は上の店に戻った。時刻はちょうどてっぺんを回ろうかという頃合いで、健全極まりないことにお客はみな帰っていた。今夜はもう誰もこないでしょうということで、ドアには「閉店」の看板がかけられている。
いやいや、キャバレーの稼ぎどきはこれからだっていう時間にコレはマズいでしょ。帳簿も見事なくらいに真っ赤だし。
……などといったことを漠然と考えながら、僕は何かが妙に引っかかっているような、何かを忘れているような、なんとも言えない不快感を感じていた。僕は、何か気づくべきことに、気づけていない――の、では?
ううむ。
幸い、僕は明日から2週間の休暇だ。本来は休暇じゃなかったのだけれど、襲撃作戦直後の査問会やら何やらでバタバタした挙句、作戦に参加した局員には強制的に特別休暇が発給されたという次第。
僕は事務室から折り椅子を一脚持ちだして、店の端に腰掛ける(あのソファに腰を下ろすのだけは御免こうむる)。それからアイン嬢に頼んで、炭酸水を出してもらった。アイン嬢が素直に簡易キッチンに向かいそうになったので、僕は慌てて彼女に炭酸水の代金を渡す。「スタッフは店の在庫を勝手に飲食して良い」などという規則は、どこにもない。ないんですよ、皆さん。
さて。
温い炭酸水を飲みながら、僕は自分が何を見落としているのか、考えてみることにする。
こういうとき、靴の底から足裏を掻くようなヒントを与えてくれているのは、たいていソーニャ嬢なのだが……。
「姉さんは何も分かってない!」
物思いに耽る僕の目の前で、トリーシャ嬢とベラ嬢が口論している。どちらもアルコールが多めに入っているせいか、普段より顔が赤い。アイン嬢は「始まっちゃいましたね」みたいな空気を放っているが、酔っぱらいの喧嘩には口を出さないに限る。
それより僕は、この混沌とした絵図の背景にあると思しき、あまり美しからぬ脚本を解読する必要がある。誰が主導したかは知らないが、僕自身もその下手くそな脚本に巻き込まれ、無駄に死線を潜らさせられたのだ。このまま「無事に生き残れてよかったですね」で引き下がることなんて、できない。
一発殴られて、そのまま引き下がるような人間が、帝国軍人なんてやってられっか。軍人舐めるなよ。落とし前はつけてもらおうじゃないか。
「ノーラはもう、ただのテロ屋じゃない!
そのうえ、ルンヴィクを撃ったんだよ!?
ほんのちょっとでも運が悪かったら、ルンヴィクは死んでた!
ノーラは王立猟兵隊の面汚しだよ!」
……あー、まあ、ベラ嬢の怒りは、もっともだ。王立猟兵隊において、隊員たちは家族も同然だと聞く。それだけに規律を乱し、非道なテロに走り、あまつさえかつての戦友を撃ったとなれば、“面汚し”と罵倒されても仕方ない。
いやでも、それはいま僕が考える話ではない。
「だから殺せ、と? そんなに簡単な話じゃあないだろう。
それに、もともとあの作戦はノーラを逮捕するのが目的だったのを忘れたか?」
わりと冷静なトリーシャ嬢の声に、僕も無意識のうちに頷く。
――そう。そうだ。
そして、それがそもそも、おかしい。
ノーラ少尉は、リュシールの子孫を名乗っている。つまり彼女はレインラント帝室の血を引いている、と主張している。しかも彼女は、レインラント帝国の同盟国であるファールン王国の特殊部隊出身。
客観的に言えばただのテロリストでしかない彼女を、帝国が生きたまま捕らえるメリットがどこにあるのだろう?
もし姦婦リュシールにまつわる都市伝説が正しければ、彼女は帝室の汚点だ。たとえそうでなくとも、レインラント・ファールン間の外交関係にも悪影響を及ぼしかねない危険人物なのだ。
帝国にとってもファールン王国にとっても、裁判所で何か余計なことを語り出す前に、死体になっていてほしい存在のはずだ。
どう考えたってノーラ少尉は暗殺対象であり、捕獲対象には成り得ない。
だが実際には捕獲命令が下され、それは最後まで変更されなかった。
ここには何か、理由があるはずだ。
真相に一歩近づいた予感を前に、僕はぐいっと炭酸水を呷る。
とはいえ、その理由が何かということになると、まるで手がかりがない。警察局史に残る優れた潜入捜査官が、実はマフィアの手先だったなんて事件すらあったというのが、悲しいかな帝国警察局の現状だ。今回の件に関わっているのも、警察局内部の人間だけだとは限らない。
「姉さんは、まだノーラのことが好きなんでしょ!? だから撃てなかったんでしょう!?
そりゃそうだよね。あれだけアツアツだったのに、そもそも別れたっていうのがおかしいよね。
どうせ、あたしもルンヴィクも、当て馬の、カモフラージュなんでしょ?
じゃなきゃノーラも、ルンヴィクを撃ったりしないよね!」
ベラ嬢が支離滅裂なことを叫び、僕は炭酸水が気管に入って激しくむせた。
ええと? トリーシャ嬢とノーラ少尉が――その、つまり、恋人同士だった? で、別れたあとはそれぞれ、ベラ嬢とルンヴィク軍曹をパートナーに? でもそれはカモフラージュ? そ、それは、いったい?
「馬鹿なことを。
私とノーラは、確かにお互いに執着していた。でも互いに互いを手に入れてみたら、自分たちが欲しかったのはこれじゃないと悟った。
だからノーラは私の元を去り、ルンヴィクを得た。
私とノーラのことは、なにもかも、終わった話だ」
トリーシャ嬢の衝撃的な告白を聞いた僕の残念な脳は、なおも状況を飲み込めずにいた。いやだって、トリーシャ嬢もノーラ少尉も、女性じゃないか。それが、互いに執着? 手に入れる? 終わった話? なんでそこでそういう男女の修羅場ワードが乱舞するんだ?
救いを求めて周囲に目をやると、アイン嬢はうっとりとしたようにトリーシャ嬢の告白に聞き入り、レイチェル女史は「若いっていいわね」的な笑みを浮かべている。
えー。なんで僕だけがついていけてないんですか。ついていけてない僕のほうが異常なんですか。
いや、ほんとのことを言えば、分かる。僕だって、理解してる。
要はトリーシャ嬢とノーラ少尉は同性愛者で、しかもかなりガチだ。二人の関係を語るにあたって、修羅場ワードが自然と飛び交うくらいに。
ついでに言えば、ファールン王国においては宗教権威が早めに崩壊したこともあって、同性愛が比較的広く容認されているってのも、知識としては知っている。
同性愛は、レインラント帝国とカレドニア連合王国においては刑法に基づく処罰対象であり、〈退廃と芸術の国〉の名をほしいがままにするヴージェ共和国においてさえごく最近まで違法だった。でもファールン王国においては、先の大戦以前から合法化されていたのだ。
でもさ。だからといってさあ。
いやはや。世の中には、知らないほうが良かったことが、まだまだたくさん――ある……。
――ん?
知らないほうが――良いこと?
知らない――こと?
いや、それは……つまり――?
慎重に、炭酸水を一口。ああ、ビールが飲みたい。
でもこの考えをまとめるまでは、酒はダメだ。
考えれば、考えるほど――筋道が……通る。
この仮説であれば、今回のドタバタ劇の脚本を仕込んだ輩が何を考えているのか、すべてを説明できる。証拠が情況証拠しかないのが残念なところだが、僕だって警察局員だ。捜査し、尋問すればいいだけのこと。
オーケー。考えはまとまった。
なおも続く姉妹喧嘩をうっとりと聞くアイン嬢に「悪趣味ですよ」と注意する代わりに、僕は彼女にお願いして、簡易キッチンからビールを持ってきてもらう。ポケットの十徳ナイフで開栓し、景気付けとばかりに瓶から直接ビールを呷った。
呷ったの、だが。
「嘘だよ! 姉さんは、あたしなんて好きじゃないんだ!
わかるもん! あたしなんか、胸ないし、美人じゃないし、チビだし、姉さんとかノーラみたいなテクもないし、そんなあたしが好きだなんて、絶対あり得ないじゃない!」
ベラ嬢の爆弾発言に、僕はビールを吹き出しそうになる。
爆弾を投げつけられたトリーシャ嬢は、いたって落ち着いていた。
半泣きになりながら喚くベラ嬢の頬にすっと手を差し伸べると、その可愛らしい小さな唇を、自分の唇で塞ぐ。ベラ嬢はほんの少しだけ抵抗するそぶりをみせたが、すぐに姉との濃厚なキスに没頭し始めた。
僕はビール代を机の上に置くと、ビール瓶を片手に、夜の街に出ることにする。
まったく――フント・デス・モナーツは実に、紳士と淑女のための店だ。




