Many Shots, Many Kills (3-1)
公式見解。セベッソン大尉、奇跡の生還。最高のご褒美。泥酔するマーショヴァー卿と〈姦婦〉リュシール。ピカレスク・ロマンによる政治。隔靴掻痒。分からないこと、再び。死体であるべき人物にまつわる思索。才能と技術について。ともあれノーラ少尉と愉快な仲間たちは滅ぼされるべきである。正義の為の戦いに必要となるもの。お別れパーティ。シノワズリ。タンゴは燃え、ステージは焼け落ちる。
公式見解としては、外事課による襲撃作戦は成功に終わった。
解放戦線の現時点における死者は24名、逮捕者8名。大量の武器と爆薬、そしてカレドニア連合王国製の試作迫撃砲1門が押収され、外務省は喜々として連合王国の領事館に“厳重な抗議”を入れた。
だがこの作戦で、外事課突撃隊もまた大きな損害を受けた。
突撃隊と外事3課で、あわせて4人の殉職者が出ている。職場復帰が不能なレベルでの重傷者は3名で、うち1名は殉職者名簿に乗るかどうかの瀬戸際だ。配置転換が必要なレベルの負傷者は3名、それ未満の負傷者は16名(なおルンヴィク軍曹は一命を取り留めたものの、まだ意識が戻らないらしい)。負傷者リストにはセベッソン大尉の名前も載っている。
そしてこれだけ大きな損害を出しながら、今回のメインターゲットであったノーラ少尉を取り逃がしたというのは、どうしようもなく致命的だ。
ノーラ少尉を取り逃した、まさにその現場にいた一人である僕は緊急査問会に呼ばれ、その場で自分が見たことをすべて証言することになった。外事課上層部は、あの場にいた元王立猟兵隊員全員が共謀していたのではないかという、至極もっともな疑いを抱いているようだった。
でも結局、マーショヴァー卿が査問会に姿を見せ、トリーシャ嬢とベラ嬢の身元を保証したことにより、査問会はお開きとなった。マーショヴァー卿自ら「今回の作戦失敗の責任は、すべて自分にある」と宣言した以上、突撃隊に生じた損害の責任を誰に押し付けるべきかで腹の探り合いをしていた査問会は意味を失う。
ちなみに、目の前でマーショヴァー卿の宣言を聞いた僕が、内心で「セベッソン大尉、奇跡の生還!」みたいなことを思っていたのは秘密だ。
本来ならセベッソン大尉は良くて左遷、悪くて辞職の強要という立場だった。でもマーショヴァー卿が責任を負うと宣言したことで、彼は晴れて名誉の負傷者として勲章を受ける立場に昇格したわけだ。
実際、作戦の顛末を奉じる号外はこぞって外事課突撃隊の雄々しい奮戦を賞賛し、負傷しながらも指揮を最後までとったセベッソン大尉を英雄と称える記事も散見できる。
いやはや、あの状況で死ななかったことといい、出世コースからの脱落を回避したどころか英雄の名声を勝ち取ったことといい、つくづく彼は運がいい。
まあでも、セベッソン大尉のことは正直、どうでもいい。
問題なのは、こちら側だ。
まず、マーショヴァー卿――もといベアトリーセ様。これだけの大失敗の責任を負うと言うからには、相応の態度で示す必要があるだろう。ベアトリーセ様の政敵にしてみれば、ここでどれだけベアトリーセ様に譲歩を迫れるかが勝負、というところか。
これはこれで想像するだに胃が痛い案件だが、もっと直接的に胃が痛いのが双子コンビの状況だ。
査問会の翌日、トリーシャ嬢はフント・デス・モナーツの“上の店”で豪快に飲みまくっていた。ことさら大声で歓声を上げ、笑い、大げさに拍手する彼女の姿は、控えめに言って痛々しかった。常連客も、トリーシャ嬢がプライベートで何かあったのだろうと察して、腫れ物に触るかのような扱いだ。
一方でベラ嬢は心ここにあらずといった様子で、お客のグラスが空になっても何もしなければ、自分のグラスが空になっても何もしない。見かねたお客がベラ嬢の飲み物まで作ってあげている有様で、どっちが接待されているのだかわからない。
……もっとも、双子コンビを目当てにご来店あそばす常連さん曰く、「あの子たちはときどきあんな感じになるから、それを見て二人の間で何が起こったかを妄想すると、超滾る」(30代女性)「今夜はほんとうにありがとうございます最高のご褒美です」(20代男性)らしいので、きっとこれはこれでいいんだろう。フント・デス・モナーツは、紳士淑女のための店だ。
特殊な客の特殊な嗜好のことはさておき、マネージャー役を務める僕としては、双子コンビが精神的にかなり参っている様子なのが、とても気になる。でもシュネー嬢には「メンタルの管理には手を出すな」と最初に厳命されているので、僕から声をかけるというのも憚られる。
いやでもこれ、放ってはおけないだろ……などと事務室で経理書類と向き合いながらウンウン唸っていると、地下から呼び出しを受けた。やむなく、4番の個室を経由して地下に向かう。
地下の司令室には、相変わらず黒いフードで顔を隠したまま沈思黙考するシュネー嬢と、憤懣やるかたなしといった顔でボトルからワインをラッパ飲みしているベアトリーセ様が待っていた。
ベアトリーセ様は僕の姿を見るなり、「来たか、座れ!」と大声でご命令になられた。このモードに入ったベアトリーセ様がたいそうめんどくさいのは熟知しているのだが、逃げるわけにもいかない。僕は覚悟を決めて、おとなしくベアトリーセ様と差し向かいになる席に着席する。
「どいつもこいつも、ふざけるな、だ!
許さんぞ。天が許そうとも、私は決して許さんからな!」
あからさまに安いワインのボトルを、テーブルの上に叩きつけるように置きながら、ベアトリーセ様が宣言する。僕はその迫力にいささか腰が引ける思いだったが、同時に嫌な予感に支配され始めてもいた。
ベアトリーセ様は、感情豊かな方だ。大貴族の当主として見ても、あるいは高貴な地位にある女性として見ても、ちょっと豪放磊落すぎるところがある。何かあると僕の背中を叩いたり脇腹に軽いパンチを打ち込んできたりと、模範的な淑女としては断じて許されないくらい気軽にボディタッチしてくるのも、実にマズい。
けれどベアトリーセ様が大貴族たるマーショヴァー家当主として不足があるかと聞かれれば、答えは否だ。判断の確かさと速さ、その果敢さと苛烈さは、マーショヴァー家が当代において成し遂げてきた実績にもよく現れている。
そのベアトリーセ様がここまで感情の赴くがままに激発するからには、そこには相応の理由があるはずだ。
「解放戦線のクズどもが何を言おうが、好きにすればいい!
だがリュシールの名を使うことだけは、許さん!
それだけは、マーショヴァーの名誉に賭けて、許すことはできん!」
――ええと。まるで話の方向が見えない。
僕は助け舟を求めて、シュネー嬢に視線を送る。
シュネー嬢は仕方ないと言わんばかりにため息をつくと、天上の声で語り始めた。その声を聞いて、憤激に身を任せるばかりになっていたベアトリーセ様もが、ふと表情を緩める。
でもシュネー嬢が語ったことは、穏やかさからは程遠い内容だった。
「今回の件で解放戦線側を指揮っていたノーラ少尉は、エルシュペー伯爵夫人リュシールの子孫を名乗っている。
私のほうでも調べてみたが、ノーラ少尉は、約80年前にレインラント共和国が内戦で崩壊した後、ファールン王国に亡命した共和国派軍人の薫陶を受けて育ったようだ。
だからノーラ少尉としても、“リュシールの子孫”という称号を得るのは名誉なことだったのではないだろうか」
いやはや、何のリュシールかと思えば、〈姦婦〉リュシールとは!
〈姦婦〉リュシールというのは、レインラント共和国なる烏合の衆を構成していた山師の一人で、レインラント帝国の屋台骨を傾がせた悪女だ。もともとどこの馬の骨とも知れぬ平民だったのが、国賊たるエルシュペー伯トーレス卿の愛人となり、伯爵の死後には伯爵夫人を僭称するようになった。
ちなみに彼女はトーレス卿の愛人でありながらも、〈狂人〉ティサ中将とも不義を働いていたという噂がある。〈狂人〉ティサ中将は、あの悲惨な内戦における最悪の将軍で、彼の命令で虐殺された民間人は最低でも10万人に達すると見られる。
そんな人格破綻者である〈姦婦〉リュシールだが、解放戦線の間では〈革命の導き手〉として人気が高く、今回のノーラ少尉のように「自分はリュシールの子孫だ」と言い出すテロ屋は珍しくない。実際、彼女はいろいろな要人を食っていたようだから(70歳近い老人の愛人だった時期もあるといわれる)、トーレス卿の愛人となる前に子供を何人か産んでいたとしても不思議ではない。
が、いずれにしてもそれは誇るべき血筋からは程遠い。しかも姦婦リュシールは独力で伯爵夫人を僭称する地位にまで成り上がったのではなく、その背後でヴージェ皇国(当時)が蠢いていたのも分かっている。つまりは卑劣な工作員の血統だ。
ベアトリーセ様が「リュシールの名を使うことだけは許さない」と力説するのはもっともだし、そんな卑怯者を称揚するテロ屋の美意識はつくづく理解不能だ。
なるほどなあ、と納得しかけた僕に向かって、シュネー嬢はさらに衝撃的な言葉を積み重ねる。
「問題は、リュシールは時のレインラント皇帝、ビューラー1世のご落胤だ、という噂が根強く存在するということだ。
これは、事実か否かが問題なのではない。レインラント帝国の貴族社会においても、この噂は連綿と語り継がれている。それゆえ“リュシールの子孫”が現れたということになると、腹に一物秘めた野心家たちが急に活性化する。
今回、ベアトリーセが苦労しているのも、それが直接の理由だ」
なにそれめんどくさい。
いやさ、そりゃあ庶民の間でも「〈姦婦〉リュシールはビューラー1世がお手つきにした二等市民のメイドが産んだ娘」という噂には、一定の人気がある。本来であれば帝室の末席で姫として生きるはずだった娘が、得られるべき地位を得られず、成長とともに悪の道に堕ち、やがては帝国の安寧すら揺るがして、華々しく死ぬ。いわゆるピカレスク・ロマンというやつだ。
これが物語として面白いというのは、僕にもわかる――が、所詮は物語。ただのフィクションだ。それを根拠にして政治をしてしまうような連中と渡り合うとなれば、ベアトリーセ様だって大酒を飲みたくなる夜もあるだろう。
僕がベアトリーセ様の孤独な戦いに思いを馳せていると、ゴトンと鈍い音がして、ベアトリーセ様の頭が机にぶつかった。ベアトリーセ様はすっかり酔いつぶれて眠ってしまったようで、シュネー嬢も僅かに苦笑いしている。
ともあれ、このままこんなところで寝かしておくわけにもいくまい。シュネー嬢に目をやると、彼女は司令室の奥にある扉を指差した。なるほど、あれが仮眠室か。
かくして僕はベアトリーセ様の身体を担ぐと、仮眠室のベッドまで搬送した。小さな寝息をたてるベアトリーセ様の身体は、想像よりずっと軽くて、柔らかかった。




