Many Shots, Many Kills (2-3)
迫撃砲による砲撃と対戦車ライフルを含んだ狙撃は、ノーラ少尉が掲げた反撃ののろしに過ぎなかった。
指揮車から見て12時の方向と9時の方向から、断続的な銃声が聞こえ始める。発射速度が早いサブマシンガン特有の、金切り声を数百倍に拡大したような音。
それを聞いて、隣で伏せているセベッソン大尉が「マズいな」と呟く。
先の大戦で通商連合側に敗北した我らが帝国とその同盟国は、通商連合が押し付けてきた屈辱的な和平条約を飲むしかなかった。膨大な賠償金や領土割譲以外にも、その条約は帝国軍の手足を雁字搦めにする内容となっている。
歩兵の装備に関する条項も、その1つだ。先の大戦末期において大活躍した短機関銃を帝国軍が配備することは、条約によって禁じられている。
もちろん、帝国においても「はいそうですか」と条約を守る者ばかりではないというのは、言うまでもない。マフィアやテロ屋、あるいは彼らに雇われる非合法な傭兵といった、社会の枠外で生きる連中は、特にそうだ(ちなみにフント・デス・モナーツの女子たちも、この「社会の枠外で生きる人々」に含まれる)。
けれど僕ら警察局は、条約に縛られざるを得ない。トリーシャ嬢もベラ嬢も、今夜ばかりは拳銃と小銃しか持っていない。それゆえ、僕らは拳銃と小銃を使って、サブマシンガンで武装した連中とやりあわねばならない。
小銃は火力としては十分なのだが、警察局が直面する銃撃戦は平均して8m、長くても50m程度の距離で発生する。この距離において、サブマシンガンの持つ制圧力は、しばしば犯人の逃亡を助け、ときに捜査官の命を奪っている。
ノーラ少尉は、僕ら警察局が抱えるこの装備上の問題を、正確に見抜いていた。
見通しの悪い森の中での交戦は、どうしても戦闘距離が短くなる。ここは、サブマシンガンの取り回しの良さと短距離における火力密度が最大限に活きる戦場なのだ。
このままでは片側から制圧射撃を受けて木陰に釘付けにされ、そこを狙撃されたり、もう片側からの斉射を受けたりすることになる。突撃隊の古強者たちも、計画された十字砲火のど真ん中に置かれたら、長くは持たない。
しかも、迫撃砲による砲撃はなおも続いている。普通なら「全滅」の2文字が脳裏によぎる場面だ。
でも僕らだって、この手の待ち伏せがあることは予期してきたし、泥縄とはいえ作戦を練り、訓練もしてきた。
セベッソン大尉は頭を振って「クソが」と怒鳴ると、指揮笛を力強く吹き鳴らした。作戦を第2段階に進めるという合図だ。ま、こんな合図なんてなくても現場の隊員たちは既に第2段階に向けて動いているだろうけれど、「上はちゃんと状況を把握してますよ」というアピールは重要だ。とても。
案の定、笛の音も終わらぬうちに、最初に野営地に突入した突撃隊隊員が一人、また一人と後方に戻ってくる。
ノーラ少尉による、「野営地へと誘引した敵戦力を包囲して一気に叩く」という作戦を予期していた僕らは、最初に野営地に投入する戦力を最小限に留めていた。
もちろん、最小限といってもそれは数の上での話で、突入したメンバーは双子コンビやルンヴィク軍曹といった人外魔境な世界に住む連中だ。丁寧に構築された罠のど真ん中に飛び込むのだから、そうでなくてはあっさり全滅してしまう。
指揮車まで駆け足で戻ってきた突撃隊のエリート隊員が、セベッソン大尉に大声で報告する。
「砲撃でバウマンが殺られた! ダウプナーとシュタルケが重傷、アルティヒが左手の指を何本かふっ飛ばされた! それ以外に大きな損害はない!
今はゲストのお嬢さんとルンヴィクがしんがりで踏ん張ってる! あいつら、本物のバケモノだ!」
報告を聞いたセベッソン大尉の顔が、怒りと苦渋に歪む。外事局の最精鋭たる突撃隊員に死者が出たからには、この作戦は必ず成功させせねばならない。さもなくば最悪、大尉のクビが飛ぶ。
でも、大尉の次なる指示が出る前に、指揮車の近くで女性の大声が響いた。ベラ嬢だ。
「敵の迫撃砲、照準変更! 総員散開! 急げ! 死ぬぞ!」
僕は頭で何か考えるより先に指揮車を飛び出し、可能な限り遠くまで走ってから、地面にダイブした。その直後、全身がバラバラになりそうな衝撃と轟音が轟く。
でも、これは終わりではない。ノーラ少尉が持ち込んだという迫撃砲の砲撃レートは、1分あたり最大12発。つまり最短で5秒後に、次の砲撃が来る。5秒以内にもう一度立ち上がって、走って、伏せる。さもなくば、それなりに良い確率で僕は木っ端微塵の肉片になる。
朦朧とする頭を振ってヨロヨロと立ち上がった僕の襟首を、誰かが引っ掴んだ。その勢いで、僕はまた地面に引き倒される。直後、またしても強烈な衝撃と轟音。僅かな間をおいて、上からパラパラと土くれが降ってきた。
「ワオ、わりと近かった。じゃあ、乗って」
僕の上に覆いかぶさっていたベラ嬢が素早く立ち上がると、未だに状況を把握できていない僕を、彼女の愛車の側車に押し込んだ。僕の脳裏に質問ないし抗弁の言葉が一瞬だけ浮かんだが、素早くその言葉を飲み込む。
今は、僕が何かを考えるタイミングではない。ただただ盲目的に、ベラ嬢の言葉に従うべき時だ。どんな馬鹿げた選択に思えても、それが一番、合理的なのだから。
とはいえベラ嬢がアクセルを全開にし、十字砲火が織りなす地上の地獄に向かって突進しはじめたとなると、さすがに僕もベラ嬢の正気を疑うほかなくなる。
いや、待った。死ぬ。これ死ぬって。絶対死ぬって!
銃弾に当たらなくたって、この速度で木に正面衝突しただけでも死ぬって!
心のなかで響く僕の悲鳴を知ってか知らずか、十字砲火のど真ん中に踊りでたベラ嬢は、ヘッドライトをオンにした。途端に精度を増した敵の銃撃が、オートバイへと集中する。嵐のように飛来する拳銃弾が周囲の土をえぐり、樹皮を吹き飛ばし、数発が側車後部に命中してガスガスッという嫌な音をたてる。
狂気だ。そう、思った。
ベラ嬢はきっと、戦場の狂気に呑まれたのだ。
そしてそれを裏付けるかのように、ベラ嬢は大声で歌っていた。古いファールン語の歌。何を歌っているかは分からないが、そういえばファールン猟兵の間では最後の突撃のときに歌う、それ専用の歌があるという。たぶん、それだ。
僕は覚悟を決めて、短く神に祈る。
でもそのとき、ベラ嬢が急にハンドルを右に切った。僕はあわや車外に放り出されそうになったけれど、懸命に堪える。ひときわ重たい銃声がして、耳の下をぶん殴られたかのような衝撃が走った。撃たれた。僕は目を閉じる。
――ああ、いや、大丈夫だ。
自分から目を閉じられるということは、僕は撃たれてない。まだ。
「降車!」
オートバイが急停止した。もう、ヘッドライトも消されている。
ベラ嬢の怒号に従って、側車から転げ落ちるように降りる。
「立て! 立って走れ、エーデシュ少尉!
我らが勝利と生命は前方にあるぞ!」
泥まみれの僕を無理やり立たせたのは、トリーシャ嬢だ。
わけも分からないまま、僕は全力疾走するベラ嬢とトリーシャ嬢の後ろに続いて、走る。
「〈紅乙女〉の尻にしかれてるっすね。
ご苦労さんっす、少尉殿」
僕の真後ろからは、ルンヴィク軍曹の声がする。
僕は状況を理解しようと足掻く理性を捨て去り、とにかく走れる限りの全速力で走ることにした。




