表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月の猟犬  作者: ふじやま
2nd episode:Many Shots, Many Kills
40/67

Many Shots, Many Kills (2-2)

 結局その日の会議はお開きとなり、緊迫する外事3課とは裏腹に僕は華麗な定時退局とあいなった。

 セベッソン大尉は外事2課(ファールン王国担当)との緊急会議に大わらわで、僕としても残業して手伝うに吝かではない(そしてセベッソン大尉も情けなさそうな目で「手伝ってもらえれば大助かりなんだがな」とボヤいていた)。でも外事課の内輪(ファミリー)が集まる機密会議に、内事課から出向したての僕が関与するのは無理筋だ。

 折角なのでフント・デス・モナーツに出向いてシュネー嬢に相談を……と思ったが、行ってみるとシュネー嬢は店にも地下にもおらず、店はアイン嬢とレイチェル女史が2人で回していた。大変そうだと思ったけれどお客は1人しかおらず、レイチェル女史が接客をしていたので、僕はとっとと家に帰るしかなかった。


 そんなこんなで翌日以降も僕は微妙に蚊帳の外に置かれ続け、徐々に戦場の様相を呈していく外事3課オフィスの惨状に申し訳なさを感じつつも、定時退局を繰り返す日々が続いた。

 改めて作戦会議が開かれたのは、作戦決行日の前日。ルンヴィク軍曹からはノーラ少尉が好む戦術に関する説明が行われ、「少尉はバケモノですが、解放戦線の他のメンバーは概ね素人集団というところです。手の込んだ待ち伏せが予想されますが、最初の一発で死ななきゃ逆転は容易っす」という、笑っていいのか悪いのかわからない言葉でその説明は結ばれた。


 軍人としては平凡な能力しか持ち合わせない僕としては、その「最初の一発で死ななければ」というのが非常に高いハードルのように思える。でもトリーシャ嬢が「最初の奇襲からは私が守ってやる」と言ってくれたので、素直にその言葉を信じることにした。


 しかし、こうなってくると「誰がこの作戦を解放戦線にリークしているか」ということが、より一層気になる。

 ルンヴィク軍曹いわく、ノーラ少尉はトリーシャ嬢(暗闇の中で600mの狙撃を成功させる)やベラ嬢(定員オーバーのサイドカーを駆って不整地を平均時速90kmで走り抜ける)に勝るとも劣らない戦闘能力を誇るバケモノだという。それだけの能力を持った上で、ソーニャ嬢にも尻尾を掴ませない情報管理能力を備え、かつ外事課の機密情報をキャッチできる諜報能力を持つとなると、さすがに超人にもほどがある。

 となると、帝国警察局内部に解放戦線のスパイが入り込んでいて、ノーラ少尉をサポートしていると考えるべきだろう。

 けれど常識的に考えれば、これだけの大規模な襲撃計画を外事課が動かしているとなれば、ノーラ少尉以外は戦力として微妙な解放戦線は、行方をくらまそうとするのではないか? なにせこっちにはノーラ少尉の元同僚が3人もいる。互いに手の内を知り尽くした間柄で、人数で負けているとなれば、普通は撤退するだろう。

 だのに解放戦線を監視している外事課スタッフによれば、彼らの野営地に目立った動きはないという。どうも話の辻褄が合わない。


 話をさらに面倒にしているのは、ノーラ少尉がファールン王国出身だ、ということだ。下手するとまだ現役のファールン軍人である可能性すらある。この場合、ノーラ少尉はファールン王国が帝国に送り込んできた破壊工作員ということになる。

 が、これもまた不自然だ。先の大戦においてファールン王国は帝国の同盟国で、今も両国の関係は良好だ。しかもファールン王国は“共和制”をひどく嫌悪しており、革命(・・)を目指す解放戦線を支援するなど絶対にあり得ない。


 おそらく僕は、何か重大なことを見落としているか、知り得ぬ立場にいる。シュネー嬢であれば、この状況からでもすべてを見通してみせるのだろうけれど、僕にはまったくの五里霧中だ。

 困り果てた僕はトリーシャ嬢に意見を聞いてみたが、トリーシャ嬢も苦い笑みを浮かべつつ「ノーラは理想家肌だから、解放戦線の思想に共鳴したのかもな」という非現実的なご意見を口にするような状況。念のため「本気で言ってます?」と聞いてみたが、トリーシャ嬢はタバコを吹かしながら「わからん」と首を振るばかりだ。


 ともあれその日はそれ以上何事もなく、襲撃作戦の準備が粛々と進められた。

 僕も久々に大規模かつ本格的な戦闘が予想される作戦の現場に参加するということで、準備に追われた。装備の確認は当然として、いざというときに誰がどのように僕を護衛するのか、また緊急時に僕がどのように動くべきかといった打ち合わせが繰り返される。

 シュネー嬢が聞いたら激怒するであろう泥縄式の準備だが、本来この手の訓練と打ち合わせは、最初の顔合わせ会議が終わったらすぐに始まっているはずだったものだ。なので僕は途中から深く考えることを止め、「トリーシャ嬢とベラ嬢の指示に可及的速やかに従う自分」を作り上げることに専念した。これが味方に最も負荷をかけず、かつ僕の生存率も最も高くなる選択のはずだ。


 作戦決行当日になっても朝から準備は続き、訓練が一段落ついたのが昼過ぎ。食事したり仮眠したりして夕方まで思い思いに過ごし、1800時に集合。トラックに乗って、西部国境に広がる森林地帯に向かう。外事課の監視班いわく、解放戦線が森の奥に張った野営地には未だ動きなし。

 まったく。少なくともノーラ少尉はこちらの動きを掴んでいるだろうに、それでも動きがないとなると、これはもう不気味を通り越して異様だ。

 よほどとんでもない待ち伏せが計画されているとしか思えないのだが、双子コンビにしてもルンヴィク軍曹にしても、ノーラ少尉はお得意の後の先(バックハンドブロウ)を狙っているだろう、と語るばかり。要は突撃隊に野営地を攻撃させておいて、突撃隊が嵩にかかって野営地に踏み込んだところで仕込んでおいたトラップを動かし、同時に反撃に出る――堅実といえば堅実、ありきたりといえばありきたりな狙いだ。


 2115時。嫌な予感しかしない僕をよそに、いよいよ襲撃が始まった。

 トリーシャ嬢のクロスボウによる狙撃が野営地の見張りを撃ち抜き、それに合わせるように外事課突撃隊の前衛隊員たちが音もなく突撃していく。筋金入りのテロリストたち相手に、降伏勧告など行う必要はない。突入した隊員たちは、短いサーベルやナイフを使って次々に解放戦線を刈り取っていく。

 2117時、最初の銃声が鳴り響く。襲撃に気づいた解放戦線兵士が、闇雲に発砲しはじめたのだ。だがそれは、解放戦線のテロ屋にとって、より悪い地獄の幕開けとなった。静音戦闘に徹する必要がなくなった突撃隊は一斉に拳銃やショットガンを構えると、正確無比な射撃で敵を射殺しはじめたのだ。


 指揮車から戦闘の様子を見守っていたセベッソン大尉は、突撃隊の圧倒的な戦いっぷりを見ながら、「待ち伏せがあるんじゃなかったのか」と呟く。僕も言葉にこそ出さないが、内心は不安で一杯だ。

 この襲撃作戦は、うまく行きすぎている。


 でもそのとき、笛が短く3回吹き鳴らされた。前衛隊員たちと一緒に野営地に飛び込んだルンヴィク軍曹が、「ノーラ少尉なら罠を仕掛けるであろう場所」を捜索し、案の定そこに仕掛けられていた爆薬の起爆装置を解除したという合図だ。


 最高の知らせを受けて、セベッソン大尉も僕も、一層表情が渋くなる。

 繰り返しになるが、この襲撃作戦は、あまりにもうまく行きすぎている。


 そしてその不安は、きっちりと的中した。


 銃声が木霊する野営地に、「ミュルブルー!」という絶叫が木霊する。ベラ嬢の声だ。僕もセベッソン大尉も、慌てて指揮車の床に伏せる。突撃隊の隊員たちも、一斉に木々を遮蔽に取って伏せ――そして、神に祈った。


 数秒の間をおいて凄まじい衝撃が指揮車を揺らし、強烈な爆発音が全身を叩いた。

 ミュルブルー。ファールン語における「迫撃砲」。

 ベラ嬢は、あの銃撃戦のど真ん中に身を置きながら、はるか上空から落下してくる迫撃砲弾の微かな飛来音を聞き取ったのだ。なんという集中力。

 無論、願わくばレインラント語で警告してほしかったところでは、ある。でも先の大戦中、同盟国だったファールン王国の兵士たちが祈るように叫んだ言葉のいくつかは、歴戦の兵士たちの間では共通語の一部となっている。


 迫撃砲による最初の攻撃は、幸運なことに、仕掛けられていた爆薬を起爆させることはなかった。でもこれはどう見ても時間の問題だ。セベッソン大尉は「総員散開!」と叫んだが、その声とほぼ同時に、指揮車近くで直前までタバコを吸っていた外事3課の局員が倒れる。

 地面に伏した局員には、頭がなかった。おそらくは対戦車ライフルによる狙撃だ。凄まじい反動を誇る、扱いにくい武器だが、その弾丸は指揮車の装甲板くらいなら軽く貫通する。


 かくして、外事課による襲撃作戦とノーラ少尉による待ち伏せ作戦が真っ向から激突する混沌の戦場が、ついに幕を開けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ