Many Shots, Many Kills (2-1)
ソーニャ嬢と再会し、クラマー中佐は高価なワインを注文する。分からないこと。出向はいつも突然決まる。脳筋セベッソン。ルンヴィク軍曹。ファールン王国陸軍王立猟兵隊。ノーラ少尉と〈紅乙女〉。理想家の行動様式。考えない、という考え方。迫撃砲。戦場と狂気の関係。月下の狼たち。悪夢、夢、悪夢。そして時間は止まり、動き出す。
翌日、いつもどおりキッカリ1800時に警察局を出たクラマー中佐を警察局の正面ゲートで待ち伏せして、僕らは「久々に外で飲む」ことにした。なんとなく選んだ店は、いつぞやの、ソーニャ嬢と初めて会った店。何か特別な理由があってそこにしたというわけではなく、適度に尾行を撒くことを意識しながら街を歩いていたら、たまたまその店が近かったというだけだ。
だから、店に入ったらカウンターにソーニャ嬢が座っていたときは、心臓が止まるかと思うほど驚いた。
彼女は僕のそんな反応を見てクツクツと笑うと、クラマー中佐に向かっておどけた感じで敬礼を送る。中佐は彼女の敬礼をガン無視して、彼女から1つ席を離してカウンターについた。慌てて僕も中佐の隣に座る。
「まずは、再会を祝して乾杯しようじゃない。
ていうかさ、この店を貸し切りにするお代、ここのマスターには払ってないから、せめて高めのお酒を頼んであげて?」
ソーニャ嬢の薦めに従い、クラマー中佐が店で一番高いワインのボトルを注文した。ソーニャ嬢が低く口笛を吹くくらいのお値段。
マスターは埃を被ったボトルをワインラックの奥底から出してくると、カウンターにグラスを3つ並べ、抜栓もせずに姿を消した。やむなく僕が手持ちの十徳ナイフで抜栓し、全員のグラスにサーブする。保存状態は良好なようで、花束のような華やかな香りが立ち上がった。
特に誰が音頭を取るというわけでもなく、全員で軽くグラスを掲げる。香りも素晴らしければ、味も申し分ない。
「さて。じゃあ仕事の話と行こう。
まずはエーデシュ少尉から、かな」
ソーニャ嬢に言われるがまま、僕はシュネー嬢から聞いた話をクラマー中佐に伝える。
外事課が極秘で作戦を動かそうとしているという僕の話を聞いて、クラマー中佐はしばらく押し黙った。そうやってたっぷり5分は黙りこんだ後、「介入せざるを得ない、か」と、一言。それから刺すような視線をソーニャ嬢に向ける。
並の男なら一発で萎縮してしまうような鋭い視線を浴びたソーニャ嬢は、普段通りのリラックスした態度のまま、グラスの中身を干した。それからテーブルの上に放り出してあったタバコを手に取ると、火をつける。
「中佐の懸念も、妥当なところだね。
この襲撃は、敵側に漏れてる。水漏れのルートは不明。敵側の目的も不明。ひとつだけ確実なのは、連中はやる気だってことくらい。要は、これは罠ってこと」
ソーニャ嬢の言葉を聞いて、中佐の視線が一層険しくなった。何が楽しいのか、ソーニャ嬢はクツクツと笑うと、口から長々と紫煙を吐き出す。
「ボクから言えるのは、敵の正体がボクには分からないってこと。
シュネーは手を引きたがってるけど、ベアトリーセは強気だ。
外事課による襲撃作戦は、実行される。トリーシャとベラも参加する」
そこまで言うとソーニャ嬢はスツールを降り、挨拶も何もないまま夜の街へと消えていった。中佐はそんな彼女を目で追うこともせず、再び沈思黙考に入る。僕はいまひとつ状況についていけず、気まずい感じでちびちびとワインを飲んだ。
だから中佐が急にぐいっとグラスを干し、僕に向かって命令を下したとき、心の準備とかその手のものが何もできていなかった僕は、思わずワインを吹きそうになってしまった。
「エーデシュ少尉。貴様を一時的に外事3課に出向させる。
本作戦には、外事3課の局員として参加せよ。
内事2課は本件に直接の介入を行わないものとする」
結局、その夜は中佐と2人で1ボトル空けることになったが、僕は酔いを感じる余裕すらなかった。むしろ、内事課の特殊部隊が動いてくれるだろうと踏んでいた(しかもシュネー嬢にそれを半ば約束した)のに、それが空振りに終わった挙句、内事課からは僕だけが現場に派遣されるという状況は、ただただ胃が痛い。
かといって「中佐はいったい何を考えているんですか」と聞くわけにもいかず、僕らは内事2課局員の勤務態度に関する情報を細々交換しながら酒を飲み、店を出た。
翌朝警察局に出勤した僕は、前の夜に中佐が言った通り、外事3課に出向せよという辞令を受けた。その日の午前中をフルに使って各種引き継ぎを終えた僕は(クラマー中佐は「なぜ夜のうちに準備しておかなかった」と言わんばかりの目で僕を見ていたが)、午後イチで外事3課に向かい、セベッソン大尉の部下として迎えられた。
内事課と外事課は仲が悪いが、内事2課と外事3課に限って言えば、少し前に行った合同捜査の影響か、僕を同僚として扱ってくれる局員も多い。おかげで僕も仕事がしやすい。
一方で直属の上司となったセベッソン大尉は「クラマー中佐がお前を送り込んでくるとは」と苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、大尉が抱え込んでいた書類仕事を午後のうちにすべて片付けてあげたらキモいくらいの笑顔になって、その日の夜は一緒に飲みに行くことになった。
翌日の午後、外事課突撃隊の面々と、外事3課の捜査班を中心とした会議が行われた。ブリーフィングというよりは、顔合わせという意味のほうが大きな会議だ。
会議の席には戦闘服に身を包んだトリーシャ嬢とベラ嬢も姿を現し、僕の姿を認めるとニヤリと笑って敬礼をよこしてきた。僕もきっちり敬礼を返す。案の定、セベッソン大尉が僕の脇腹を肘でつつき、「なんでお前があの連中と知り合いなんだ?」と聞いてきたので、「以前現場でちょっとトラブルがありまして」と打ち合わせ通りのカバーストーリーを開陳しておく。
もちろん、双子コンビと僕はまったくの見ず知らずだという設定で、この作戦に挑むという選択肢もあった。でもこの作戦は高確率で切迫した状況に陥る。そこで迅速な連携を取るためには、彼女らと僕の間にはちょっとした因縁があることにしておいたほうが無難だ。
セベッソン大尉も深く追求する気はないらしく、冗談半分で「だったら後であの美人さんを紹介してくれ」と言うと、作戦の概要を説明するために指揮棒を取った。セベッソン大尉は、今回の作戦の参謀長ポジションだ。
かくして簡潔かつ要を得た作戦解説が始まった。僕はこれといって仕事もないので、トリーシャ嬢とベラ嬢の隣に座ってセベッソン大尉の話しを聞くことにする。古強者揃いの突撃隊の中にあってもなお、あからさまに特異な雰囲気を漂わせた彼女らの周囲は、真空地帯かのように空席が残っていたからだ。
説明は順調に進行した。ソーニャ嬢はセベッソン大尉のことを“脳筋”と馬鹿にするが、大尉のプレゼンはなかなかに堂に入っている。僕自身、情報が水漏れしていること、確実に待ち伏せされることを知っていなければ、この襲撃作戦の完璧な成功を疑わなかっただろう。
でも、作戦のターゲットの顔写真が黒板に張り出されたところで、トリーシャ嬢とベラ嬢が息を呑んだのが分かった。ベラ嬢に至っては一瞬立ち上がりそうになったのを、懸命に堪えている。
何度も深呼吸を繰り返したトリーシャ嬢は、獲物を狙う鷹のような目で写真を睨みつけると、両手を強く握りしめた。ベラ嬢は明らかに動揺していて、ちらちらと姉の横顔を見る。
会議室のドアが乱暴に開かれ、髭面の小柄な男が息を切らせて飛び込んできたのは、そのときだった。予期せぬ闖入者に向かって、セベッソン大尉が露骨な嫌悪の視線を向ける。
男はその視線を綺麗に無視すると、室内をさっと一瞥してから姿勢をただして敬礼し、大声で「レインラント帝国警察局外事課突撃隊所属、ルンヴィク軍曹。やむを得ぬ軍務の延長により、大幅に遅刻したことを謝罪いたします」と叫んだ。なるほど、突撃隊の隊員か。セベッソン大尉も「仕方ない」という表情で、彼に着席を促す。
でもルンヴィク軍曹は、その指示に従わなかった。彼は直立不動のままシニカルな笑顔を浮かべ、セベッソン大尉に向かってとんでもない質問を投げかけたのだ。
「ところで指揮官殿、自分はこの作戦の目的を、解放戦線のクソどもをブチ殺すことだと聞いてたんですが、それって本当なんすかね?
私見を述べさせていただくなら、指揮官殿がこの作戦における要確保ターゲットとして示しているその写真の女は、ただのテロ屋じゃないっすよ」
会議室に集まった全員――正確にはトリーシャ嬢とベラ嬢を除いた全員――が、一斉にルンヴィク軍曹に注目する。
「その女は、ノーラ・ヴァリアン。今はどうか知りませんが、ファールン王国陸軍王立猟兵隊の少尉ですよ。
失礼ながら、もし彼女の素性をご存知なかったってことなら、この作戦は抜本的に考えなおしたほうがいいっすね」
室内は騒然とし始めたが、セベッソン大尉は突然のクレームにも動じなかった。むしろ軍曹の指摘に頷いた上で、「軍曹はどこからその情報を得たのか」と冷静に問いなおした。さすがは未来の警察局長官を狙う男、たいした胆力だ。
でも遺憾ながら、この場の勝負はルンヴィク軍曹の勝利に終わる。
「自分は、帝国陸軍に雇われる前は、ファールン王国陸軍の王立猟兵隊所属でしてね。ノーラ少尉は自分と同じ大隊にいた、とびきり優秀な猟兵っす。
自分の言葉じゃ足りないってなら、そこの〈紅乙女〉――いや失礼、トリーシャ元准尉殿とベラ元特務軍曹殿にも聞いてみるといいっすよ。お二人ともノーラ少尉と小隊を組んでた、バケモノっすから」




