Many Shots, Many Kills (1-4)
フント・デス・モナーツ(店舗)の大改革に着手してから、無事に1週間が経過した。客演スケジュールの混乱は一旦リセットされ、新たな依頼については「オーナーが正式に代替わりして、新店舗がオープンするまでは、新規には引き受けない」という方針で話が進んでいる。
一方で、このままご贔屓様に何のお礼もなしにサヨウナラではマズいだろう、という意識もメンバーの間ではかなり強くなってきている。彼女らだって人の子だ。彼女らの技芸に拍手を送り、ときに励まし、ときに慰め、ときに愚痴を言い合った常連さんたちに感情的な紐帯を感じてしまうのは、当然のことと言える。
と、いうわけで、僕はプロデューサー業の真似事も兼ねて、常連さんだけを招いた特別なお別れ会を開かないか、と提案してみた。これには真っ先にベアトリーセ様が食いついたが、真っ先に表情を曇らせたのも彼女だった――現状、そんなイベントを開催する日程的余裕は、どこにも存在しないのだ。
でも僕の目には、この手の特別なパーティをするならここしかない、というタイミングが見えていた。フント・デス・モナーツが一時閉店した、翌日。0900時からクラウスさんたちのチームが入って、古い調度品をすべて撤去し終わるのが、1900時の予定。と、いうことは、だいたい2100時から翌朝0600時くらいまでは、フント・デス・モナーツ最後の立食パーティを開催できる。
まぁこの長時間に渡っての完全立食はキツイ(客が)から、実際には折り椅子なんかを用意することになると思うが、常連だけの特別なお別れ会をやるにはもってこいだ。トリーシャ嬢やベラ嬢のような広い空間を使うパフォーマンスは普段よりやりやすくなるだろうし、アイン嬢やシュネー嬢が伴奏をするのも楽だろう。
この計画はシュネー嬢以下全員の賛同を得て、常連客への秘密の告知がその日の夜から早速始まった。なんのかんので、彼女たちはパーティが好きだ。
でも翌日の夜、仕事が終わってフント・デス・モナーツを訪れた僕は、ちょっと困ったような表情をしたアイン嬢に迎えられることになる。彼女は僕に「シュネーが4番の個室で待っています」と告げると接客に戻ったが、僕が4番の個室に入ると中ではレイチェル女史が待っていて、彼女に先導されて僕らは地下に向かうことになった。
地下の司令室では、シュネー嬢が露骨に不機嫌なオーラを漂わせながら、机の上に広げた地図らしきものをコツコツと人差し指で叩き続けていた。
とりあえず僕は、彼女をあまり刺激しないような言葉を選びながら、要件を聞いてみる。でも彼女の返答を聞いて、僕も思わず眉を潜めた。
「警察局外事課の突撃隊が、トリーシャとベラを借りたいと言ってきた。
レインラント共和国解放戦線の過激派が、ヴージェ国境を越えて帝国国内に密入国しようとしているらしい。銃火器や爆薬はもちろん、迫撃砲まで運搬しているそうだ」
レインライト共和国解放戦線というのは、100年ほど前にこの偉大なレインラント帝国を一瞬だけ不法占拠した反政府組織“レインラント共和国”の残党だ。野盗の群れによる支離滅裂な“革命政府”は帝都を中心として30年ほど持ちこたえたが、やがて自壊して内戦を引き起こした。10年に渡る陰惨な内戦は、帝国全土を激しく摩耗させた。
あの無意味な革命ごっこがなければ、レインラント帝国が先の大戦で屈辱的な敗北を喫することもまたあり得なかった。けれどあんなにも自明な大失敗を、解放戦線のテロリストどもは「自由な市民による黄金時代」と翼賛し、暗黒時代を再来させるための武装闘争を繰り広げている。
「ネタ元は、ヴージェ共和国との国境地帯で不法越境と密輸を生業にしてる犯罪組織からのタレコミだそうだ。
解放戦線は運び屋連中が要求するカネを現金で用意しきれず、手持ちの武器を下取りさせる形で支払ったらしい。そんな馬鹿げた支払いをする顧客は、官憲に売られても当然というところだろう」
なんともはや、頭でっかちな妄想家らしい失態だ。レインラント帝国における反社会的勢力である違法な運び屋――つまり彼らと同じレインラント市民であれば、理想を共有できるとでも信じたか。
現実はそこまで甘くない。運び屋たちは解放戦線の理想に共鳴したのではなく、解放戦線が運ぶ火器を見てその場で彼らを売るのはリスクが高すぎると判断しただけのことだ。だから自分たちの安全を確保してから、テロリストどもの情報を警察局に売って、運賃の不足分を取り返したというわけだ。
依頼人を売るのは裏社会の道義に反する。が、支払うべきものを支払わなかった依頼人なら売られて当然というのも、裏社会の道義だ。
問題は――僕に言わせてみれば――外事課がこの件を独力で解決しようとしているということだ。確かにヴージェ共和国から入ってきた犯罪者に対応するのは外事課(正確には外事3課)の仕事だが、解放戦線のようなテロリストを検挙するのは内事課の領分だ。
なかでも僕ら内事2課は、マフィアからテロリストまで、国内に巣食う組織犯罪と戦うための集団だ。外事課の独断専行には、かなりムっとくる。
……などということを考えていると、それが表情に出ていたのか、ジュネー嬢の声がより一層不機嫌さを増した。
「私に言わせてみれば、あなた方の非効率的な縦割り主義に縄張り意識など、宇宙の果てよりも遠くにある、どうでもいい話題だ。
最大の問題は、こんな行き当たりばったりな作戦に部下を投入せなばならんということだ。指揮権をこちらに寄越せと言ってみたが、連中は私の要求を冗談だと受け取ったようだ。まったくもって話にならん」
行き当たりばったりの作戦。そりゃあシュネー嬢の脚本に比べれば、世の作戦の99%は「行き当たりばったり」だろう。
ただ、シュネー嬢が憂慮していることも、理解できる。今回国境を越えた解放戦線は、重武装だという。つまり、万が一の事故も起きやすい。追い詰められれば自爆も辞さない連中なだけに、万が一の事故は、十分に起こりうる範囲にある。完璧主義者のシュネー嬢なら、「絶対に起きる」と言うところか。
とはいえ、外事課からの要請ということは、外事課の主たるマーショヴァー卿の承認があっての要請ということになる。ベアトリーセ様としてもいろいろ考えただろうが、トリーシャ嬢とベラ嬢を投入してでも確実に仕留めねばならぬ相手と判断した、ということだろう。
「作戦は、いつ決行されるんです?」
勇気を振り絞って、外事課の機密情報を聞いてみる。
「5日後の夜だ」
シュネー嬢は、ぶっちぎりの機密情報を、なんでもない世間話かのように暴露した。うーむ。それだけ僕は信頼されている、ということなのか。
であれば、僕としてもその信頼に応えるべきだろう。
「分かりました。クラマー中佐に、内密に相談してみます。シュネーさんにとっては下らない縄張り争いかもしれませんが、内事2課としては看過できない越権行為です。
クラマー中佐としても、知ってしまったが最後、なんらかの援助をねじ込むことになるかと思います。トリーシャ嬢やベラ嬢には遠く及ばないにしても、内事課の特殊部隊だって馬鹿にしたものじゃありません。彼女らをきちんとバックアップしてくれると思います」
シュネー嬢の黒いフードが、不満気に傾ぐ。彼女が何を言いたいかは、さすがに僕でもわかる。
「安心してください。特殊部隊隊員ともなれば、妙な縄張り意識はありません。腕前も経験も確かですし、外事課の突撃隊との共同作戦に従事したことも多々あります。
なにより、そこで無様なトラブルが起こるような采配を、クラマー中佐がするはずがありません」
切り札中の切り札とも言える養父の名を出したら、シュネー嬢もいくぶん納得したようだ。しばらく机の上の地図を指先で叩いていたが、やがて意を決したかのように「わかった」と言うと、立ち上がった。
「私は引き続き外事課と交渉を進める。
あなたはクラマー中佐に支援を要請してほしい。
行け――真実のために」
「真実のために」
僕はそう唱和すると、地下の司令室を後にした。




