Many Shots, Many Kills (1-3)
改装が決まったとはいえ、今からすぐに工事に着手というわけにもいかず(ベアトリーセ様はその気マンマンだったが)、いろいろ討議した後、2週間ほどの「改装セール」を行うことになった。
改装に至る表向きの物語としては、「とあるお貴族様からキャバレー“フント・デス・モナーツ”をまるごと買い上げたいというオファーが舞い込んだので、現状での営業はまもなく終了となる。改装後は会員制のクラブ的な運用になる予定。長らくのご愛顧ありがとうございました」といったところ。
こんな薄汚いキャバレーでもそこそこ常連さんはついていたので(理由もわかる)、会員権が買えそうにない人々にとっては事実上の閉店となるというお知らせには、残念がる声も少なくなかった。とはいえ他店への客演は続けるとも言ってあるので、彼女らの技芸に惚れ込んでいた常連さんの中には「ならいいか」的な反応を示す人も多い。なお、レイチェル女史がつまみ食いしていたお客様に関しては、女史のほうできちんとケジメをつけることとあいなった。
この移行期間には、もう1つの理由もある。適当な安請け合いで無茶苦茶になっている各人の芸人としてのスケジュール管理を抜本的に見直すために、準備期間が必要だったからだ。
というわけで翌日以降はマーショヴァー家の執事であるクラウス氏も会議に合流し、改装計画を練ると同時に、僕が要求する仕様を満たす人物の選定も行ってもらった。簡単に言えば、マーショヴァー家に絶対的な忠誠を誓っていて、帝都のいささか後ろ暗い社会に対して面が割れてなくて、かつ押しが強い外見を備えた人物だ。
クラウス氏は少し考えたあと、適切な人物を紹介してくれた。ベルディフと名乗るその男は、思わず僕が怯みそうになるほどの強面で、鍛えられた大きな身体を有している。聞いてみたらマーショヴァー家に代々仕える庭師だそうで、とても繊細で優しい人物だとのこと。ううむ、このあたりが悪い方向に出るといろいろアレなのだけど、まぁ大丈夫だろう。
かくしてベルディフ氏という「見るからに怖そうなお兄さん」を確保した僕は、フント・デス・モナーツの面々にダブル(ないしトリプル)ブッキングを謝罪しキャンセルする旅に出るよう、要求した。もちろんベルディフ氏が同伴だ。
ベルディフ氏の役割は、彼女らの不始末を主に代わって謝罪し、誠意を示すとともに、今後はこのような不義理を重ねさせないことを誓わせるといったところ。
要は「彼女らの背後にはそこそこ大きな貴族がついたぞ」ということを匂わせつつ、「でも今後とも客演には出ますし、是非とも呼んでくださいね」と営業をする、僕の代理人だ。本来なら僕が同伴してこのあたりのアレコレを言いくるめればいいのだけれども、警察局内事2課の副課長がそんな仕事をするわけにはいかない。彼女らが客演に出るような店の場合、僕と少なからぬ因縁のあるオーナーだって少なくないし。
ベルディフ作戦は想像以上の上首尾に終わった。ベルディフ氏は毎回毎回冷や汗をかいたそうだが、この界隈で彼のような迫力ある偉丈夫が頭を下げてきたうえ、妥当な金額の賠償金を提示してきたとあれば、常識ある交渉相手なら「乗るしかない、この千載一遇のチャンスに」と考えるだろう。
何より、ベルディフ氏の姿を前にして「しめた、契約違反を理由に絞れるだけ絞りとるぞ」と決意するような愚か者は、この界隈を泳げるようになる前に、郊外のプレツェン湖で永遠に泳ぐことを強いられるというのが習わしだ――つまり、適切な淘汰が働いているのだ。
ベルディフ作戦が順調に進行する背後で、僕は各人のスケジュール管理について、新しい方法を構築していた。
といっても何ら新しい方法論ではなく、それこそレイチェル女史であれば見慣れているであろう、ありきたりな手法だ。地下の司令室に大きな黒板とカレンダーを用意して、各人のスケジュールを各人がそれに書き入れる。それだけ。
いやはや、「なんでこの程度のこともやってないんだ!」と説教したくなる状況ではある。
幸い、新しい(そしてオードドックスな)スケジュール管理システムはフント・デス・モナーツのメンバーに大好評で、トリーシャ嬢とベラ嬢はキャアキャア言いながら直近の予定を書き込んでいった。医局で同じシステムを使っているであろうレイチェル女史は実に慣れたものだったし、ベアトリーセ様も「想像以上に良いものだな」とご満悦だ。
一方、黒板を前に「困りました」というオーラを全開にしていたアイン嬢だったが、もちろん僕もその対策は考えてある。
1日ごとに枠線が切られた黒板には、1枠ごとに点字が刻印されている。それで日付を確認してもらって、客演予定が入った日は四角形、上の店での公演がある日は三角形の磁石を置いてもらう。何時からのスケジュールかは表示できないが、同じ日に2つの予定が入らないようにするのが一番重要なので、この方式でも要件は満たしている。やり方を理解したアイン嬢は、「これなら私でも使えます」と上機嫌だ。
ちなみに、黒板に磁石が張り付くのを見たフント・デス・モナーツ一同は、大いに驚いたようだ。
これは警察局内事7課、通称〈装備課〉が試作した最新式の黒板なればこそ、だ。鉄板を加工して作ったこの新型黒板は、内事2課の中央に置かれた大型木製黒板を瞬く間に代替した(ちなみに新型黒板の最大の弱点はその馬鹿げた製造コストだが、マーショヴァー家のお財布であれば問題ない範囲でもあるので、無理を言って購入してもらった)。
新型黒板の性能を見て、一気にテンションが上がったのはシュネー嬢だ。アイン嬢専用の磁石マーカーをつけてははがし、つけてははがし、子供のように何度も何度も繰り返している。そのうち気がついたのか、書類を一枚手に取ると磁石でそれを黒板に貼り付け、書類が落ちてこないことに改めて大興奮した。
「これは――革命的だ。いや、革命だ。
貴重な写真だろうが何だろうが、これを使えば傷をつけることなく掲示できる。しかもそこに白墨で注釈もつけられる。
ベアトリーセ、近々で良いから、これをもう1枚購入する予算を組んでもらえないだろうか? 作戦立案もブリーフィングも、これがあれば劇的に効率が上がる」
「うむ。これは私も書斎に1枚欲しいな。きっとクラウスも欲しがるだろうし、外事課にも制式採用させたいところだ。
エーデシュ少尉、この新兵器は、複数枚発注すれば単価が下がるものなのか? もしそうなら、ある程度数をまとめて注文したいのだが」
なんだか話が大きくなってきたが、マーショヴァー家から大規模に発注があったとなれば、装備課の連中も士気が上がるだろう。なにせ彼らが自信満々で陸軍参謀本部に新型黒板をプレゼンしたら、「黒板ごときに貴重な鉄を使うとは、事務屋の発想は理解不能だ」と追い払われたらしいから。
ベアトリーセ様には「製造元に聞いてみます」と返事をして、僕は新型黒板で延々と遊び続ける一同を見守った。いやはや、彼女たちは飛び抜けた異能の持ち主だが、こうやって新しい玩具を前にはしゃいでいるところを見ると、歳相応の女性たちだなあと感じざるを得ない。
ともあれ、これでスケジュール問題もある程度まで改善するだろう。
……と、この段階では、僕はまだ呑気にそんなことを考えていた。




