Many Shots, Many Kills (1-2)
その日、僕とシュネー嬢とベアトリーセ様は、地下に場所を移して討議を重ねることになった。
シュネー嬢もベアトリーセ様も、店舗として見た“フント・デス・モナーツ”が非常に良くない状況にあること、また抜本的な改革が必要であることを認め、ベアトリーセ様はこの改革のために必要な予算は自分が責任持って捻出すると誓ってくれた。
となると、そこから先は実務的な問題だ。
店舗運営にのみ従事するスタッフが必要だという僕の主張に対して、二人はしばし熟慮したのち、同意した。実のところ現状でも、地下施設の維持管理にあたってはマーショヴァー家の執事であるクラウス氏が指揮をとって、専属のチームを動かしているらしい。そりゃそうだ。こんな広い地下空間を清潔に維持するとなれば、相当に手間がかかる。
ベアトリーセ様いわく、「だから店舗の清掃もクラウスらがやってくれていると思っていた」とのこと。シュネー嬢は始終無言だったので、おそらく彼女は僕が指摘して初めて「誰かが掃除しないと部屋は荒れる」ことに思い至ったのだろう。あれだけ緻密なシナリオを書く彼女なのに、ここまで絶望的なくらいに抜けたところがあるというのは、意外と言えば意外だ。
ともあれ、掃除をしてくれる口の固い人が既にいるということは、分かった。ならば彼らに上の店もまとめて掃除してもらえばいいんじゃ……と思ったのだが、それが上手く回っていないのが現状であり、つまりそこには何か理由がある。
こういう問題は、当事者に聞き込みするに限る。というわけで僕は地下訓練所でトリーシャ嬢を相手に格闘戦訓練をしていたアイン嬢を呼んで、事情を聞いてみた。
アイン嬢の証言を総合すると話は簡単で、地下の維持管理を任されているクラウス氏には、上の店のような空間を適切に掃除するのは無理、ということらしい。
そりゃそうだ。僕だって上の店を「掃除しろ」と言われたら、「一度全部燃やしましょう」と提案したくなる。歴史ある大貴族たるマーショヴァー家に仕えるプロフェッショナルたるクラウス氏にしてみれば、提案もクソもなく全部燃やすしか選択肢がないだろう。
そこで普段はアイン嬢がこまめなメンテナンスをし、月に1度、彼女の指揮である程度まで大掛かりな清掃が行われている、と。
なんとも喜劇的な状況だが、これはこれでなかなかに頭の痛い問題だ。
ああいう店の掃除に慣れた清掃員なら、いくらでも見つかる。でも彼らがうっかりフント・デス・モナーツの本当の姿に触れてしまう危険性を考えると、迂闊にその手の清掃員を雇うわけにはいかない。「無価値な平民め、秘密を知ってしまったからには死んでもらう」なんていう前時代的な理屈を気ままに振り回せるほど、レインラント帝国は野蛮ではないのだ。
……などと悩んでいる僕を尻目に、ベアトリーセ様は問題を一発で解決する方策を提案した。
「上の店を改装しよう」
ああ、はい。ええ。そりゃまあ、抜本的に解決します。
「この問題の要点は、クラウスが率いるチームが店舗の適切なメンテナンスを行えない、という一点に絞り込める。クラウスは非常に有能な男だが、彼ではこの課題を解決できないというのも、理解できる。
ならば店舗の側を、クラウスがメンテナンスできるような内装にしてしまえば良い。それで万事解決だ。クラウスも常々、『あのような店はマーショヴァー家にふさわしくない』と口うるさかったからな」
僕は思わず「改装しようと言うのは簡単ですが、お金がかかりますよ」と言おうとして、その指摘の馬鹿馬鹿しさに思い当たり、口を閉じる。ベアトリーセ様にとってみれば、場末のキャバレーの内装を入れ替えるくらい、ポケットマネーでなんとでもなる範囲だろう。
かといってこれは、他のメンバーにまったく確認しないまま進めていい話でもない。
「改装するのは良い手ですが……シュネーさん的に、改装しちゃっていいんですか? 上の店をあの状態で維持しているのには、何か意味があるのでは?」
恐る恐る、僕はシュネー嬢に聞いてみる。フント・デス・モナーツは、歴史ある秘密組織だ。非合理的に思えることでも、何か重要な意味が隠されている可能性はある。
でもシュネー嬢はあっさりと首を横に振った。
「意味などない。外事8課を率いた前任者からこの地下施設を引き継いだとき、上は会員制のレストランだった。前任者の料理の腕前は、ベアトリーセとタメを張れるほど素晴らしかったからな。
だが私が作ったチームでは、レストランは維持できない。ベアトリーセに毎晩料理を作らせるわけにはいかないし、それ以外のメンバーは客に出せるレベルの料理など作れない。だから厨房を縮小して、代わりにステージを置き、飲み屋にした。それだけだ。
私も、今の店が気に入っているわけではない。はっきり言って、下品だ。だがカネをかけるなら、店の内装などよりも、チームの福利厚生や安全確保のために使いたい……と、思っていた」
マジですか!?
あー、いやでも、まだ判断は下せない。アイン嬢は何らかの愛着があればこそ、休暇を潰してまであの店をメンテナンスしてきたんじゃ?
「ええと、私は御存知の通り目が見えませんので、お店のことは雰囲気しか分かりません。ただ、私達のお店ですから、お掃除しなきゃと……。
あ、でもあの臭いがなんとかなるなら、私も嬉しいです」
楚々とした立ち姿のまま、明確に改装を支持するアイン嬢。
おーい。そういう不満があるなら、早めにボスに報告しよう?
と、訓練を終えたらしいトリーシャ嬢とベラ嬢も集まってきた。
「上を改装? あたしも賛成だ。
あのステージ、あたしがジャンプすると、着地したときに嫌な音がするんだ。踏み抜きそうで怖い」
などとトリーシャ嬢が語れば、ベラ嬢も頷く。
「賛成。あのお店、汚い」
ベラ嬢、それはいくらなんでも言い過ぎでは……いや、僕も同感だけど。
「そうねえ、衛生面から言っても現状は問題アリね。
最低でもソファは全部入れ替えたほうがいいわ」
レイチェル女史、そう思ってるならもっと早く、ご自分から提案してください。つうか結局、誰一人としてあの店の現状に納得してないんじゃないか!
ああいや、ソーニャ嬢は、もしかしたら……
「ソーニャも上の店は嫌っている。
あの店では、賭博行為が禁止されているからな」
空気を読んで僕に教えてくれたのはシュネー嬢。なるほど、商売として賭博を行うためには免許が必要だから、ソーニャ嬢が勝手に賭場を開いたのがバレれば警察局沙汰になる。
それにしても、なんとなく予想はしてたけど、ソーニャ嬢はそこまで博打が好きなのか。
「うむ、では決まりだ。
上の店の営業を一時停止し、改装しよう。しかるに改装期間を利用して、スケジュール管理の問題も片付ける。
ふうむ……それにしても、男のくせに細かいことを気にするヤツだと思ったが、エーデシュ少尉の提案は実に実りある結果を産んだな!
皆もこれを機会に、小さな不満であっても遠慮なく申請するようにしてほしい。互いに遠慮しあった挙句、互いに同じ不満を我慢させあっていたなどという状況は、これっきりにしよう。
ありがとう、エーデシュ少尉! フント・デス・モナーツを代表して、改めて君に感謝する!」
ベアトリーセ様は大声で僕を賞賛すると、バンバンと僕の背中を叩いた。皆も苦笑しながら、にこやかに頷いている。
その笑顔を見て、僕は素直に嬉しく思った。




