Many Shots, Many Kills (1-1)
帰るべき家と、その改革。冗談の成立条件について。小学生男子。焼き畑式で行われるべき清掃と、その対策。譲り合いは必ずしも幸福を生産しない。ベルディフ作戦。〈装備課〉の革命的新兵器。立食パーティを立案する。レインラント共和国解放戦線。運び屋からのタレコミ。宇宙の果てでの行き当たりばったり。切り札。
「……前回のアレがありましたから?
僕だってこんなことは言いたかないですよ?
言いたかないですがね?」
目の前に広げた大型のカレンダーを前に、僕はかなり怒っていた。
周囲を固める華やかな女性たちが、微妙に僕から目を背ける。
「いくらなんでも、これはひどい。
皆さん、本業でこんな醜態を晒すことはあり得ないでしょう?
いくら副業だからって、これじゃクレームが来ても当然ですよ!
客演のダブルブッキングは当たり前、トリプルブッキングまでやらかしてるじゃないですか!」
気まずそうに目をそらす女性たちに軽くイラっときた僕は、思わず机を叩いて熱弁してしまう。確かに彼女たちは法的に見て限りなくグレーな不正規工作員にして潜入捜査官ではあるけれど、それでもその正式な肩書きは“内務省外事8課特殊工作班”――つまりは公僕であり、現レインラント皇帝ビューラー4世陛下の忠実な下僕だ。
それがこんな杜撰な仕事を放置しているだなんて、信じられない。いくらなんでも公僕としての意識が低すぎる。我々は帝国国民の税金を俸給として拝領する以上、国民の模範たる存在でなくてはならないのに!
「む、むう、その、何だ、エーデシュ少尉。
君の主張は、うむ、まったくもって、正しい。反論の余地もない。
だがその、あー、我々もだな。
このフント・デス・モナーツを、皆の帰るべき家とすべく、できる限りのことは……」
僕はひときわ強く机を叩いた。衝撃でコーヒーカップが軽く跳ね、ソーサーとの間でカチャンと音を立てる。
「ベアトリーセ様! いえマーショヴァー卿!
いやしくもビューラー4世陛下の最も忠実な下僕にして、国家国民すべての模範たるべき栄誉と伝統あるマーショヴァーの名を継ぐ閣下が!
率先して見苦しい言い訳をするとは、どういう了見ですか!」
僕の怒号を前に、ベアトリーセ様がしゅんと肩を落とした。不敬罪スレスレの叱責だが、こういうときは社会的な権威や序列に関わりなく譴責しなくては、示しがつかないどころか組織を腐らせる直接的な原因になる。
案の定、何か言いたげだったシュネー嬢やレイチェル女史も、気圧されたかのように黙りこんだ。
「ともかく。
これからシュネーさんとベアトリーセ様と僕で、皆さんのスケジュールを全面的に見直します。興行も、訓練も、任務も、休暇も、全部です! 必要に応じ、この店舗の運営にのみ関与するスタッフの雇用も視野に入れます!」
僕の大胆な提言に、シュネー嬢が「冗談じゃない」みたいなことを口走る。
「シュネーさん! 僕の提案が『冗談じゃない』と思えるなら、部隊の指揮官として、部下の管理をもっと真剣に行ってください!
いいですか? この小汚い“フント・デス・モナーツ”なる場末のキャバレーを、2週間に渡る休暇の間ずっと無人のまま放置していたのなら、我々は今頃カビと埃で全員喘息の発作めいたものを起こしています!
そうなっていないのは、この2週間、誰かがこの店を掃除していたからです! そうですよね、アインさん?」
僕の(あまりにも自明な)指摘に際し、シュネー嬢とベアトリーセ様が「今気づいた」とばかりに慌ててアイン嬢の顔を見た。ええい、貴様らは男子か! 母親に部屋の掃除をしてもらわない限り、部屋にゴミを溜め込み続ける小学生男子どもか!
一方で僕に名指しされたアイン嬢は、ちょっと困ったような微笑を浮かべながら、「ええ、その、私の趣味で……」みたいなことを口走る。さすがアイン嬢、カンが鋭い。彼女の直感に逆らわず、僕は彼女にカミナリを落とす。
「ほう! まさかあなたまで、そんな言い訳を?
任務終了後の休暇は、危険な任務に従事する公僕の義務です。
“掃除が趣味”だ、なんていう釈明は結構! あなたには休暇期間を利用して心身ともに休養させ、新たな任務に立ち向かう準備を整えておく義務がある! そのために店舗の掃除という業務の遂行がどうしても必要だと言うのであれば、あなたにはカウンセリングが必要です!
ですよね、ドクトル・レイチェル?」
困ったわねと言わんばかりの表情で、でも深々と頷くレイチェル女史。
その隣で、アイン嬢が休暇の間ずっと掃除婦をしていたなんて想像すらしていなかったであろうシュネー嬢とベアトリーセ様は青い顔をしている。で、状況は理解してたんだけど口にすると厄介なことになるとも分かっていたから黙っていたであろう元軍人組(つまりトリーシャ嬢とベラ嬢の双子コンビ)は、露骨に視線を泳がせる。
「トリーシャさん、ベラさん、あなた方も同罪ですよ!
あなた方はファールン王国の軍人として、整理整頓と備品の維持管理は兵士にとっての基礎中の基礎であることをよくよく叩きこまれてきたはずだ! それともファールン軍にはそんな規律はありませんでしたか? そんなハズがないですよね?
そのあなた方が、整理整頓や備品管理が勝手に行われることなどあり得ないということに、気づいていなかったとは思えない!」
参った、と言わんばかりにトリーシャ嬢が両手を上げる。ベラ嬢も「地下の訓練所はあたしらも掃除してたのに」と余計な告白をしながら、姉に続いてしぶしぶ降参した。
「ともあれ。
このように、少なくとも“フント・デス・モナーツ”という店舗の経営に関しては、徹底した見直しが必要です。
なるほど、この店に警察局内務2課が風紀紊乱を罪状として踏み込んでくることは、あり得ないでしょう。内務2課副課長としては極めて遺憾ながら、絶対にないと申し上げるほかない。
でも帝国労働局は、また別です! 彼らが労働環境監査で踏み込んでくることまでは、僕にもクラマー中佐にも止められない……ああ、その表情を見るに、労働局にはマーショヴァー家の威光も届かないのですね? いや、違うな――もしかすると今はじめて、そのことに思い当たりましたね、閣下?」
顔色が真っ青を通り越して真っ白になりかけているベアトリーセ様を一瞥してから、僕は結論を下す。
「以上を踏まえ、シュネーさんが改めて許可を出すまでは、皆さんは勝手に他店からの客演依頼を受けないようにしてください。現状のスケジュール管理状況では、不義理を増やすだけです。
もっとも、客演の受諾が任務に必要という場合もあるかと思います。それについては個別にシュネーさんの許可をとってください。
面倒かもしれませんが、この面倒な状況を長く続けたいわけではありませんから、シュネーさんとベアトリーセ様と僕で、可及的速やかに状況の改善計画を立案します。
これでよろしいですね、シュネーさん、ベアトリーセ様?」
シュネー嬢はおずおずと頷き、ベアトリーセ様は神妙な顔で「了承した」と宣言する。
「では、お伝えしたいことは以上です。
貴重なお時間、どうもありがとうございました」
僕がそう宣言すると、どこかホッとした空気が流れ、シュネー嬢とベアトリーセ様以外のメンバーは事務室から退出しようとする。
僕はそのうちの一人に、声をかけた。
「それから、レイチェルさん――いえ、“フント・デス・モナーツ”の経理担当者様」
レイチェル女史が、ギクリといった感じで足を止める。
「こんな帳簿は、帳簿とは言いません。
あとでじっくりお話を伺います」




