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月の猟犬  作者: ふじやま
資料
33/67

レインラント帝国・歴史概説

(1910年にレインラント帝国の公立中等学校で用いられていた歴史教科書より抜粋)

 1819年、帝国南部で始まったゴルツ派による清貧運動は、奢侈を極め、政治への介入も目立っていたレインラント教会に対する、力強いカウンターとなった。


 しかしこの運動は、瞬く間に政治的に利用されるようになる。

 当時のレインラントでは、工業化に成功した北部と、穀倉地帯である南部で、経済格差が拡大しつつあった。このことに不満を抱いていた南部諸州の貴族たちは、ゴルツ派の運動を支援するという名目で、ときの皇帝陛下ビューラー1世に背く反乱分子に支援を行っていったのだ。


 支援を得た反乱分子の中でも、汚職が露見して追放されたデニス・ミコラーシュ元中将を中心とした組織がその勢力を拡大。革命軍を名乗り、帝国の統治に対する反旗を翻した。


 かくして始まった革命戦争において、当時の帝国軍は、その弱点を露呈させることになった。長らく実戦から離れていた帝国軍においては汚職が横行しており、モラルの低い将軍も目立った。

 愚劣な将軍の中には、帝国軍の情報を自称革命軍にリークして報酬を得たり、あるいはライバルたる将軍の作戦情報をリークして「不慮の戦死」を狙う者さえいた(国賊であるエルシュペー伯トーレスは、この頃から叛徒デニス・ミコラーシュと内通していた疑いが濃い)。


 帝国軍は苦戦を続けたが、それでも帝国軍が自称革命軍を圧倒していたのは、動かぬ事実であった。卑劣な裏切りによってウルム要塞を守備していたフィッツ伯クレーメンス卿は降伏を余儀なくされたが、クレーメンス卿の果敢なる奮戦により得られた時間的余裕を利用して、帝国軍は内部の綱紀粛正を断行。それ以降の戦いは、帝国軍の連戦連勝となった。


 だがこのとき陋劣なるヴージェ皇国はファールン王国に対する詐術的外交を成功させ、両国はレインラント帝国に対し宣戦布告を行った。ヴージェ皇国の軟弱な軍勢は問題とならなかったが、ファールン王国猟兵たちは敵ながら鬼神のごとく勇戦し、帝国軍は戦線を縮小していくほかなかった。

 この状況に際し、自称革命軍の頭領たる叛徒デニス・ミコラーシュは、帝国軍との和睦を提案した。彼らは、もしこのまま帝国軍が敗北すれば、次は自分たちがファールン猟兵に鎧袖一触で駆逐されると悟ったのだ。


 かくして始まった和平交渉において、ビューラー1世陛下は偉大な聖断を行った。叛徒どもにあえて国号を譲ることで、まずは対外戦争に集中するという決断が下されたのである。

 時の内務省長官オチェナーシェク公ヤロスラーフ卿はこのとき、「政治の有り様を知らぬ叛徒どもは、30年かからず自壊する。だがヴージェとファールンに帝国が蹂躙されれば、帝国の歴史は300年後退する」と語り、叛徒どもの要求に自ら応えて内務省解体に同意している。


 かくして1823年、自称革命軍は国号をレインラント共和国と変え、その代償としてそのすべての軍権を帝国軍に移譲した。

 自称革命軍という兵卒を得た帝国軍は、クレーメンス卿ら勇猛なる将軍たちの獅子奮迅たる戦いによりヴージェの弱兵を一蹴した後、ついにファールン猟兵たちをも打ち破ったのである。

 これにより戦意を喪失したヴージェ皇国は帝国に降伏。自分たちが皇国に騙されていたことに気づいたファールン王国は帝国に謝罪し、帝国はこの誠意ある謝罪を受け入れた。苛烈な戦争は、ここに幕を閉じたのである。


 その後、1826年からは自称革命軍による、道化じみた帝国の統治が始まった。


 なにしろ、革命軍と言えば聞こえは良いが、その内実は愚鈍な田舎者か、さもなくば汚職や犯罪によって地位を追われた性根邪悪な卑怯者たちである。彼らが国家経営に手を染めた結果、偉大なる帝国はすぐさま彼らの色に染まった――文化は堕落し、役人は賄賂なしでは決して動かず、学問の世界には粛清の嵐が吹き荒れ、軍においては名誉ある武勇ではなく人殺しを好む残虐非道な人物ばかりが昇進した。


 この時期において、我々が教訓として知るべき、3人の罪人がいる。


 まずは〈狂人〉ティサ。幼い頃から革命軍に取り込まれた彼は、革命という狂気にその精神を完全に蝕まれた。

 帝国臣民にとって不幸だったのは、彼には数学者としての才能があったということだ。

 数学には、罪はない。だがそれを邪悪な狂人が駆使した結果、彼が姿を現した戦場においては、敵味方ともに尋常ならざる数の死者を出すこととなった。彼は数学を悪用し、「もっとも多くの兵士が死ぬ作戦」を次々に立案していったのである。


 続いて、国賊エルシュペー伯トーレス。

 彼は偉大なる貴族の血を引きながらも、人殺しの快楽に溺れた。確かに彼は戦場において比類なき武勲を打ち立てたかのように見えるが、彼の戦いにはただ死があるのみで、そこに名誉はなかった。

 このこともまた、我々が心に刻むべき教訓である。戦争という狂気は、彼のような嗜虐的な人物を、あたかも勇敢な英雄のごとく見せてしまうことがあるのだ。


 最後に、〈姦婦〉リュシール。

 彼女は生まれ素性も知れぬ女で、最終的には国賊トーレス卿の愛人の座に収まった。トーレス卿が戦死した後は、伯爵夫人を僭称している。彼女はその地位を利用し、軍の将兵が用いるべき資材や資金を次々に着服。レインラントに新たな文化を作るという名目で、淫乱卑猥な趣味に濫費していった。

 彼女について我々が学ぶべきは、彼女を支援していた者達の存在である。彼女はヴージェ皇国が送り込んだ工作員であることが、後の調査で明らかになっている。彼女のように、レインラントの伝統に反する堕落した性質を持った人物を見た場合、我々はそこに憐憫を抱くより先に、諸外国による工作の可能性を考慮する必要がある。


 1848年、オチェナーシェク公ヤロスラーフ卿がかつて予言したように、自称革命軍による政治の真似事(・・・・・・)は終わりを告げた。

 上に示した3人の大罪人のような者達が国政を壟断することにより、臣民の生活は大いに困窮した。生活苦を訴える臣民たちは帝都の皇帝通りに集まったが、叛徒デニス・ミコラーシュが率いる私兵が彼ら貧しき臣民に対して発砲を開始。帝都は血に染まったのである。

 この「皇帝通りの虐殺」を発端として、自称革命軍は崩壊した。彼らは四分五裂し、それぞれの出身地に逃げ戻って、そこで私兵を集めて一軍を成した。現代の歴史研究者は、彼らを藩王と呼んでいる。

 藩王の中には、〈帝国の守護者〉フェルディナント・ヴラナー中将のように、多大な犠牲を払って帝都からビューラー1世陛下を脱出させ、その後も決死の戦いによって皇帝陛下の安全を守りぬいた英雄もいたが、これは例外中の例外だった。帝国各地で私兵による軍勢を作り上げた藩王たちは、その後10年に渡って帝国の支配を巡って争うことになる。


 この虚しい内戦は、1858年にようやく終結する。偉大なる帝国軍は、この困難な戦いにおいても、ついに秩序を回復させることに成功したのだ。

 最後の藩王となったフェルディナント・ヴラナー中将は、帝国軍に投降した。帝国軍は10年の長きに渡って皇帝陛下を守りぬいたヴラナー中将の投降を、最敬礼を持って迎え入れた。

 この名誉ある投降をもって10年戦争は幕を閉じ、ビューラー1世陛下はふたたび偉大なる玉座へと戻られたのである。


 我々はいまこそ、歴史に学ばねばならない。


 異能を持つかのように思えても、その性が邪悪であれば、その異能は邪なる結果しか生まない――〈狂人〉ティサのごとく。

 勇猛なように思えても、それは戦場という異常な空間によって生まれる幻影かもしれない――国賊トーレス卿のごとく。

 伝統を打破し新しい生き方を示すと語る者は、レインラントの麗しき歴史を破壊せんとする卑劣な工作員かもしれない――〈姦婦〉リュシールのごとく。

 多くの同時代人から謗られ、あらんかぎりの悪名を集めたとしても、批判する側がこそがただの山師どもであり、邪悪と謗られる者こそが真の忠臣であるかもしれない――〈帝国の守護者〉フェルディナント・ヴラナー中将のように。


 この困難な時代において、我々は歴史の真実を知らねばならない。

 それこそが、偉大なる帝国に相応しい、輝かしい未来へと繋がる道を拓く、第一歩となるのだ。



 エクムント・ベーレンス:『レインラント帝国・歴史概説』;1908

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