Das Wunderkind Is Still Under Studying(4-9)
その後、フント・デス・モナーツの面々に謝って謝って謝り倒して、アイン嬢やレイチェル女史からは「これからも頼みますよ」的なことを言われてみたりして、なんとか僕は今回の大失態を許してもらえるような流れとなった。
だいぶアルコールが回っているベアトリーセ様からは、「許そう!」と大声で叫ばれたあと、小一時間くらい「いかにフィッツ伯が狡猾な悪人であったか(+胸の悪くなるような悪事の具体例)」「マーショヴァー家の庭である外事課に、英雄の肩書をぶら下げた悪党が居座り続けるのが、どれほど屈辱的であったか」を語られたが、この愚痴の相手をするのは謝罪の一環と考えることにする。
謝罪の旅を終えて一息ついた僕は、さっきの小さなテーブルで、シュネー嬢とソーニャ嬢が何やら話しこんでいるのに、気がついた。
シュネー嬢はちびちびとグラスを傾け、ソーニャ嬢はタバコを吹かす。
それが一服の絵のように印象的で、僕は思わず見とれていた。
と、ソーニャ嬢が僕に気づいたのか、手招きをする。
いささか嫌な予感がしたが、従うしかない。
「ちょうど良かった。そろそろボクは、おいとましなくちゃいけない。
〈魔弾の射手〉としての仕事が、山積みなんでね」
なんとも、慌ただしい。
が、そこでふと、重大なことに気がついた。
「待ってください、ソーニャさん。
もしかして、ですが、〈魔弾の射手〉としてのあなたはいま、相当に悪い立場に陥っているのでは?」
考えれば考えるほど、〈魔弾の射手〉はいま、マズい立場にいる。
クラマー中佐を拉致したが、逃げられた。
挙句、クラマー中佐に、アジトに保管していた麻薬を奪還された。
このあたりは〈魔弾の射手〉の責任とはいえないとしても、裏社会では十分に「責任」を問われる範囲だろう。
その上、〈魔弾の射手〉が主体となって進めていたクルスカ・ファミリーとの麻薬取引は、ご破産となった。それどころか、これをきっかけとして帝都のマフィアは反ストラーダで団結する兆しを見せている。
どう考えたって、これは、マズい。ここまで来たら、僕らの社会においてすら、進退を問われるレベルの責任問題だ。
でもソーニャ嬢は――〈魔弾の射手〉は、鮮やかに笑った。
「君の弱点の根源が、分かった。
君は実に明晰な頭脳を持ってるくせに、ある程度以上に君が親近感を抱く人間が状況に関与すると、途端にその明晰さが衰える。妙に子供っぽい甘えが出たり、馬鹿みたいに結論を急いだり、視点のバランスを欠いたりする。
これは、大問題だよ。シュネー、彼のこの悪い癖、なんとかしてあげて。
で、だ。君の無用な心配について、別れの挨拶がわりに解説しとくよ」
ソーニャ嬢は、クツクツと笑いながら、タバコを一服。
「いいかい。帝都の裏社会から見える風景は、こうだ。
ストラーダ一家のアジトから脱出してきたクラマー中佐は、その手土産として、ブレンターノが持っていたはずの麻薬を持ち帰った。
さあ、この材料をもとに、帝都のマフィアどもは、何を推理する?」
絶句する僕に向かって彼女はもう一度クツクツと笑うと、「じゃあね」と言ってシュネーと握手し、それから他のメンバーと別れの挨拶を交わすべく、去っていった。
〈魔弾の射手〉の立場は、確かに、悪い。極めて。
だがその悪さは、僕の推理とは、真逆の悪さだ。
(マフィアから見て)ブレンターノ殺しを仕切った最有力候補者であるクラマー中佐は、その最も危険な時期において〈魔弾の射手〉の手引きで姿を消し、そして無事に帰ってきた。しかも、ブレンターノが持っていた麻薬をお土産にして。
つまりこれは、〈魔弾の射手〉――ひいてはストラーダ一家による、帝都マフィアに対する、宣戦布告だ。〈魔弾の射手〉は、帝都のマフィアに向かって「お前らの便利な情報源だったブレンターノは、我々が殺した」と宣言したのだ。
おそらく〈魔弾の射手〉は、ボス・ストラーダから、「帝都の澄ましズラしたクソどもに、喧嘩をふっかけてこい」とでも命令されているのだろう。
そして僕が面会した帝都のマフィア幹部たちが口を揃えて「ヤクだけはいかん」と主張したというのは、連中が反ストラーダで結束した兆しなんていうレベルではなく、彼女が見事、帝都のマフィアすべてをストラーダの敵として結束させたという証だ。
ストラーダ一家には、自信があるのだ。
帝都のマフィアが団結してもなお、ストラーダが勝つ、という。
そして彼らは、チマチマと外交しながらひとつずつファミリーを潰していくより、「まとめて潰す」ことを選んだ。
その尖兵が、〈魔弾の射手〉なのだ。
だからいま、帝都における〈魔弾の射手〉の立場は、恐ろしく悪い。
帝都のマフィア全員が、己のメンツに賭けて、彼女に最悪の死を与えようと息巻いているはずだ。
その修羅の庭に、彼女は悠然と帰っていこうとしている。
僕は思わずシュネー嬢を見て、ソーニャ嬢を止めるべきだと言おうとして――その言葉を飲み込んだ。
ソーニャ嬢が、帝都のマフィアごときに殺されるところを、僕は想像できない。たとえそれが、帝都のマフィア全員を相手とした戦いであったとしても。
それはシュネー嬢にしても同じことだ。もし彼女が「今から帝都のマフィアをすべて廃滅する」と言ったなら、その宣言通り、彼女は完璧なシナリオをもってマフィアどもをひとり残らず地獄に叩き落とすだろう。
彼女らを、僕の尺度で測っては、いけない。
月の猟犬。
その名が示す通り、彼女らは、異世界の猟犬たちなのだ。
でも僕は、それがなんだか、寂しかった。
そこに僕が入っていけないから、ではない。むしろそれはこっちから勘弁願いたい。超人の国際見本市みたいな集団に、僕が実務担当として入っていくとか、冗談もほどほどに願いたい。連絡係としての責務すらきちんと果たせなかった、この僕が。
だから、そうじゃなくて――そうじゃ、なくて。
ああいや、くそ、なんだろう。
上手く言える気がしない。




